番外編 南郷剛3

 スマートフォンの光を頼りに、電源スイッチを発見。

 しかし何度スイッチを押そうとも、明かりが点くことはなかった。どうやらこの事態を受け、停電してしまったようだ。


「ダンボールの中から、ランタンを探そうか。ランタンなら、明かりを灯せるだろうからね」


 何はともあれ、明かりを点けることを優先。備蓄倉庫に置かれるダンボールから、ランタンを探すことに決める。

 全員で動き出しては、手分けしての物探し。ほどなくして、ランタンを発見。明かりを灯すと、備蓄倉庫内は局所的に明るくなった。


 光があるだけでも、気持ちはだいぶ落ち着くようだ。

 生徒たちのピリピリした雰囲気も、若干だが薄れたように思える。


「まあ、知っている人同士もいると思うけど。簡単に自己紹介をしようか」


 ランタンを囲んで腰を下ろし、まずは自己紹介から始めることにした。


「言い出しっぺの、まずは私から。スポーツ科の社会科担当。南郷剛。一年D組の担任だ」 


 全員が知り合いというわけではない。顔と名前を一致させたほうが、話も効率的に進むと判断してだ。


「スポーツ科の一年D組。一ノ瀬彩加。テニス部所属です」

「葛西真弥。あとは彩加と同じです」


 続き自己紹介をする、一ノ瀬に葛西。


「僕は田北たきたすすむ。進学科の一年。勉強する時間を減らしたくないので、部活動は行っていません」


 ハッキリとした口調で自己紹介をするのは、パッツン頭に丸眼鏡を掛けた田北君。


「俺は伊東いとう元気げんき! スポーツ科のE組! サッカー部所属! 名前に因んで、元気には自信あり!」


 漂っていた負の雰囲気を払拭するが如く、明るく元気に自己紹介したのは伊東君。部室棟から出てきた、軽やかな茶髪の男子生徒だ。


「定番の自己紹介だな。伊東」

「定番のフレーズがあって羨ましいのか? 田北?」

「そんなわけあるか」


 辛辣なツッコミを入れる田北君に、伊東君は笑顔で返している。見るにどうやら二人は、相当に親しい関係のようだ。


「ああっ! 思い出したっ! 田北君って、新入生代表の挨拶をしていた人だよねっ!?」


 一つの事実に気づき、驚き立ち上がる一ノ瀬。


「新入生代表って。進学科入試トップの人がやるんだよね」


 対面する葛西は冷静に、補足情報を加えている。


「おうっ! そうだぜっ! 田北は入試トップだったんだっ! スゲーだろっ!」

「なんで伊東が偉そうにしてるんだよ」


 自分事のよう誇らしげに胸を張る伊東君に、他人事のよう田北君は冷めていた。

 二人の掛け合いにより、どこか場の空気は和んだ気がした。そのため生徒たちの表情も、僅かに緩んで見える。


「とりあえず、電話をしてみようか。繋がれば、助けも呼べるだろうからね」


 自己紹介を終えたところで、外部との連絡を試みることにした。

 電話をかける相手は、警察や消防と公共機関。しかしどちらも繋がらず、家族や友人。思い思いの相手に、発信することになった。


「ここまで繋がらないとなると、回線が混み合っているかもしれないね。時間をおいて、あとでかけてみようか」


 自身を含め生徒たちも、誰一人として電話は繋がらなかった。

 全てが待機音のまま、音信不通の状態。外の事態を考えれば、電話が集中しているのだろう。


「やっぱり、戦争なのか?」


 打つ手を失ったところで、伊東君はポツリと呟いた。


「わからないよ。そんなの」


 質問に対して、淡々と返す田北君。


「戦争だったらよ。外のみんなは、死んじまったのかな?」


 考えを巡らせていた伊東君は、物事をネガティブに捉え始めたようだ。


「きっと、みんなも避難して無事だよっ! ねっ! 真弥ちゃん!」


 誰も応えなき嫌な間から、発言をしたのは一ノ瀬。


「……そうだといいけど」


 同意を求められても、葛西は不安そうにしていた。


「それによぉ。いつまでここに居ればいいんだ? 待ってたって、助けは来ないんだろ?」


 外への連絡ができていない状況では、伊東君の言う通り救助は来ない。

 どのくらいの時間。この場に留まるべきか。答えなき問いに、生徒たちの視線は自然と集まった。


「んんっ! 外が安全か、わからないからね。とりあえず私としては、連絡が取れるまで。この場に留まったほうが、良いと思うんだが」


 咳払いを一つ、現実的な案を提示。外の状況がわからない状態では、安全か否かも判断できない。

 連絡が取れれば、外の状況は知れる。となれば今はまだ、待つべきだと思った。


「外は危険かもしれませんからね。賢明な判断だと思います。僕も賛成です」


 即座に賛成票を投じたのは、眼鏡をクイっと上げる田北君。


「連絡が取れなかったら、どうするんだよ?」


 現在の状況から鑑みて、伊東君の質問は鋭い。


「そうなったら……最悪を想定して、動くしかないんじゃないか」

「田北。最悪って何だよ?」


 考慮を経て答えた田北君に、伊東君はさらなる追求をしている。


 『最悪』か。私が思いつくのも、戦争。

 それもただの戦争ではなく、核と言ったところか。


「核とかじゃないかな?」


 田北君が導き出した答えは、奇しくも考えと一致した。


「核だと一体どうなるんだよ?」


 伊東君は止まることなく、質問攻めを継続している。

 考えているようで、口を噤む田北君。教師という立場。生徒に変わって説明するは、当然の責務というものであろう。


「ああ。それはだね。爆風や熱放射により、甚大な被害が生じるのは当然。爆発の影響で、大気が汚染されてしまうんだ。放射能を含んだ黒い雨や、死の灰は有名だけど。聞いたことないかな?」


 放射性降下物の一種とされる、黒い雨や死の灰。気流や風の影響で、範囲を拡大して降下。人体へ悪影響も及ぼす、非常に厄介な代物である。


「えーっと。なんとなくだけど。聞いたことあるかなぁ」


 苦笑いをして、答える伊東君。視線を右上に逸らし、鼻の頭を掻く仕草。知らないと判断するに、あからさまな態度だろう。


 うん。これは、知りそうもないね。


「大気の汚染は、二週間で千分の一に減衰すると言われている。だから最初の二週間を乗り切れば、放射能症など生死に関わる症状を回避。生命を維持できるとも言われているんだよ」


 大まかではあるものの、要点となる部分は説明した。


「先生の言う通り。核だった場合。二週間は留まったほうが、安全ということですね」


 真剣に話を聞いていた田北君は、さすがに飲み込みが早い。


「なるほど」


 呟き頷く伊東君も、続き理解した様子。


「まあ核は、最悪を想定したらの話だ。連絡が取れれば、すぐにみんな助かるさ」

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