番外編 南郷剛2

 去りゆく二人の男子生徒を背に、再び体育館前へ目を向ける。

 そこには変わらず、留まり続ける女子生徒たち。何やら帰り支度に、手間取っている様子。


 全く。あの子たちは、何をやっているんだ? ……ん?


 視界の端に見慣れぬものを視認し、気になって上空を見上げる。

 見上げた上空には、光る飛翔体が走っている。火の衣を纏っているようで赤く、地上に向かい落下して見えた。


 なんだ? 一体?


 疑問を抱き注視している間に、飛翔体は目が眩むような光を発した。続いて轟く、凄まじい爆発音。大気を揺るがすような爆風が全身を襲い、上空からは地上へ破片が落下して見える。

 そして数秒後には、地震が発生。縦に横にと、激しい揺れ。足腰に力を入れなければ、転んでしまいそうであった。


 これはとても、マズい状況なのではなかろうか?


 爆風に揺れと一段落したところで、周囲を見渡し事態の把握に努める。

 再び見つめる上空には、飛翔体が複数あった。どれもこれもが赤き火の衣を纏い、地上に向かい落下して見える。


 私は教師だ。何はともあれ、生徒たちを守らなくては。


「身を低く、少し待っていてくれっ!」


 身を屈めて頭を覆う女子生徒たちに、防御姿勢の継続を指示。校門へ向かった男子生徒たちを追う。

 校舎の外周を走り、角を曲がった地点。前方で上空を気にする、男子生徒たちを発見した。


「二人とも! 大丈夫か!?」

「どうなってんすか!? これ!?」


 声かけに反応した伊東君は、事態が飲み込めず右往左往している。


「話はあとだっ!? とりあえず二人とも、私に付いてくるんだっ!」


 誘導しては先頭を走り、無言で続く男子生徒たち。そのまま体育館前へ戻り、女子生徒たちと合流した。


 他に誰もいないと思うが。一応か。

 

「大きな声を出すから。みんな、そのつもりでいろよ」 


 注意に従って、耳を塞ぐ生徒たち。


「誰かいないかああぁ!! 残っていたらあぁ!! ここまで来てくれええぇ!!」


 思いっきり息を吸い込み、あらん限りの大声で叫ぶ。

 今も騒然とする中。しかし三十秒ほど待つも、何もアクションはなかった。


 これ以上は、生徒たちを危険に晒すことになる。


「先生! これから、どうするつもりですかっ!?」


 体育館前で待っていた男子生徒は、先の見通しを確認するため問うた。


「備蓄倉庫に避難する! 体育館の地下は備蓄倉庫になっているから、シェルターや防空壕の代わりに。身を守るに、最適な場所となるはずだ」


 改築してから体育館の地下には、非常時に備えての備蓄倉庫が造られた。 

 近年における、地球環境の変化。地震や洪水。その他の災害に対処するため、一つ保険的な対策としてである。


「頭を低く! 気をつけて進むんだっ!」」


 注意をして体育館を進む中でも、外では大きな爆発音が鳴り響いていた。時には縦に横にと、足を取られる激しい揺れ。

 それでも体育館の地下へ着き、南京錠で施錠される扉の前にきた。


「少し待ってくれ。すぐに鍵を開けるから」


 定期的な補充を除けば、備蓄倉庫は滅多に使われない。そのため日頃は常に、南京錠で施錠されている。

 しかし今回は、見回りをしていた身。幸運にも、鍵は手元にあるのだ。


「よしっ! 開いた! さあ早く、中へ入るんだっ!」


 開錠すると生徒たちを優先させ、最後尾で備蓄倉庫へ入る。

 全員の顔を確認し、揃っていると認識。備蓄倉庫の扉を閉めた。

 

「真っ暗で何も見えないよ!? どうなってるの!?」


 暗闇が支配する空間の中で、戸惑う一ノ瀬の声。扉を閉めたことにより、外の光は遮断。

 備蓄倉庫は地下。外の光を入れる窓もないため、完全な暗闇状態となってしまった。


「明かりを点けようにも。まずは……」


 備蓄倉庫は暗く、ほとんど何も見えない。このままでは電源スイッチを探そうにも、にっちもさっちも行かないだろう。


「みんな。スマートフォンを出してくれ。光で照らして、スイッチを探すんだ」


 この発言を皮切りに、ポツポツと光を発すスマートフォン。画面から漏れ出る光で、生徒たちの顔も見えるようになった。

 

「なんだよ!? さっきのあれっ!?」


 光が発せられたタイミングで、伊東君は事態の説明を求めた。


「伊東。外の光景を見ただろ。ここにいる全員。事態の説明なんて、できるはずがない。可能性を幾つ示せても、結局は根拠がないんだ。ただ外は、かなり危険な状況になっている。それは間違いないだろ」


 諭すよう言葉を返したのは、丸い眼鏡を掛けた男子生徒。


「先生はどう思いますか? 僕の見立てでは、他国の攻撃。その可能性が、一番高いと思うのですが」


 男子生徒は冷静に考えた上で、質問を投げてきた。


「んん。ああー。その可能性は、捨てきれないだろうね」


 しかし自身としても、未だ事態を整理できず。様々な場面を想定し、今後の展望も危惧。思考回路が追いつかず、結果として気の抜けた返事になってしまった。


「ちょっと待てよ! 他国が攻撃ってマジか! それって、戦争ってことかよ!?」


 自ら発した『戦争』とういうワードを引き金に、感情的になって地団駄を踏む伊東君。


「落ち着けよ! 伊東っ!」


 取り乱す行動を見兼ねて、男子生徒は落ち着くよう求めている。


 女子生徒たちは、大丈夫だろうか? 一ノ瀬の声は、倉庫に来てからも聞いたが。

 葛西の声は、一度も聞いていない気がする。


 備蓄倉庫を照らす光は四つ。ここにいる人間は、五人。光は一つ足りない。

 と言うことは、一人。スマートフォンを出していない者がいる。それは備蓄倉庫に来てから一言も発していない、女子生徒の葛西だと想像できた。


「葛西。大丈夫か? もしかして、怪我でもしたのか?」


 備蓄倉庫に逃げ込むまで、慌て混乱の中を行動していた。

 できる限り注意を払い、警戒したつもりではある。しかしそれでも何かを見落とし、怪我をした可能性は否定できない。


「モジャ先生。真弥ちゃんは大丈夫だよ。でも、震えて動けないみたい」


 返答のない葛西に代わり、答えたのは一ノ瀬。

 暗い備蓄倉庫内で、体を震わす葛西。事態の把握もままならず、先行きも見通せない状況。今はまだ落ち着きを取り戻せず、正常な判断を行えないようだ。


 この場にいるのは教師である私と、四人の生徒。

 となれば……頼られるべき存在は、教師である私のはずだ。


 高校生を子どもだと、思ってはいない。

 しかし大人でも判断が難しい状況。人生経験の少ない高校生では、対応に苦慮するのは明白だろう。


 私は教師だ。生徒たちと異なり、定期的に講習も受けている。

 こんな状況だ。まずは私自身が、しっかりとせねばなるまい。


「みんな。落ち着いて聞いてくれ。外の状況は、わからない。それぞれに心配事もあるだろう。しかし今は、私たち自身が無事でいること。それが何より優先だ。そのために全員。協力して欲しい」


 未だ落ち着かず混乱状態にある中、全員の協力を取り付けるため言う。

 普段より一段階ほど声を低く、真剣な眼差しを向けて告げた。そのため生徒たちも各々に、深刻な事態と悟ったようだ。


「ってかよく考えれば、戦争なんて起こるはずがないよな!? ここは安全大国の日本だぜっ!?」


 伊東君は考えを巡らせた末に、ポジティブ思考へと移行したようだ。

 それでも体を震わせ、落ち着きのない態度。それは内心の不安を、投影しているようだった。


 まあ、騒がれるより良いが。

 にしても、備蓄倉庫に逃げ込むことになるとは。その点。少数だったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。


 備蓄倉庫の広さは、普通の教室と代わりない。この空間に多人数となれば、間違いなく収まらなかっただろう。

 学校の方針としては、災害があったとき。避難計画に基づき、グラウンドもしくは体育館に集合。その後に避難所への移動など。備蓄倉庫に避難することは、誰も想定していなかったことである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る