第31話 愛の力
―*―*―美月視点 ―*―*―
事故を起こした乗用車。蓮夜さんは車内に残る人を、助け出そうとしている。
しかし運転席に後部座席と、ともにドアは開かず。どうにも苦戦している様子だ。
私も、できることをやらないと。
後方に屍怪が迫る中で、必死に打開策を探す。
助手席側に回り込み、ドアを開けようと挑戦。しかしこちらも運転席と同様に、ドアは凹み歪み変形。開く気配は、微塵もなかった。
助手席も、ダメそうですね。他に救出できそうな場所は――――。
残す挑戦できる場所は、助手席側の後部座席のみ。祈るような気持ちで、ドアを引く。
「ガタッ!」
引くとドアと車体の間に、僅かな隙間ができた。
それは他の場所に見られぬ、光明。開く可能性を、大いに感じさせた。
私の力でこれなら。男の蓮夜さんなら、開けられるかもしれません!
「蓮夜さん! 助手席側! こちらの後部座席が開きそうです! 私の力では無理そうですけど! 蓮夜さんなら!」
朗報を伝えるため。運転席側で奮闘する、蓮夜さんに向け叫ぶ。
「マジかよっ! すぐに行く!」
助手席側に可能性を感じては、急ぎ駆けてくる蓮夜さん。
「これだけグラグラと動いていれば。力任せでいけそうだな!」
蓮夜さんはドアの動きを確認すると、希望から明るい表情を見せた。
そしてドアを掴み、反動をつけて一回二回。
「ガタンッ!」
数度のチャレンジを経て、後部座席のドアは開かれた。
「運転席にいるのは、夫なんですっ! どうかっ! どうか助けてください!!」
車内から飛び出してきた女性は、蓮夜さんの服を掴み嘆願を始めた。
夫が残されているためか。パニック状態の女性。白のTシャツに、黒のパンツ。左手の薬指には、宝石の付いた指輪をはめている。
「落ち着いてください! 俺が中に入って、見てみますから!」
パニック状態にある女性の肩を掴み、引き離そうとする蓮夜さん。
「この人を頼む」
言われ女性を託されると、蓮夜さんは車内へ入っていった。
「どうして、こんな。酷い目に、遭わないといけないの? 私たちが何か、悪いことをした?」
体を震わし言う女性は、精神的に不安定になっているようだ。
事故後であることに加え、迫る屍怪。夫である男性の救出も、今はまだ叶わず。仕方ないと言われれば、仕方ない話だろう。
「大丈夫ですか!?」
車内に残される男性に対し、蓮夜さんは声をかけている。
そして数秒後。蓮夜さんは焦りを露わに、車内から顔を出した。
「車が走ってきた方向から、屍怪が迫っているんだっ! 意識がない状態で動かすのは、良くないだろうけど。このまま何もしないのは、もっとマズい!」
蓮夜さんが告げる話は、全員の窮地を再認識させるもの。そして運転席に残る男性は、意識ないままとわかる。
「上手くできるか、わからないですけど。力尽くで、引っ張り出してもいいですかっ!?」
蓮夜さんが提案したのは、苦肉の策となる強硬手段。
しかし急を要する事態となれば、女性も首を縦に振り了承。残された時間が少ないため、やむなしとの判断だろう。
怪我人を動かす行為は、本当なら良くないでしょうけど。
今の状況下では、仕方ないですよね。
「おい。蓮夜。こりゃあ、ヤバいじゃん」
状況を見守っていた啓太さんは、下を向き深刻そうな顔をしている。
釣られて下を見ると、車からポタポタと落ちる液体。道路は黒く濡れて、水溜まりができている。
「これって、もしかして。ガソリン?」
鼻を突く特有の臭い。液体の正体は、車の燃料。ガソリンだった。
「みんなは車から、離れていてくれ!」
ガソリンが漏れていると知り、蓮夜さんは退避を要求。
そんな中でも後部座席から、引っ張り出そうと挑戦。しかし上手く行かないようで、ほどなくして外へと脱出。助手席のドアを開けようと、再び奮戦を始めた。
私が挑戦したときは、開きませんでしたけど。
助手席が開けば、救出できそうですし。ドアが開けば良いのですけど。
「しゃーねな。手伝うしかないじゃん!」
袖を捲って啓太さんは、助手席を開けるに参戦。蓮夜さんと二人で、ドアを引き始めた。
しかし、容易に開かぬ助手席のドア。蓮夜さんと啓太さん。男二人の力を合わせても、一筋縄でいかないようだ。
屍怪と思われる集団は、もう百メートルくらい前でしょうか。
確実に近づいてくる、屍怪の集団。このままでは時期に、この場へ到着してしまうだろう。
「もう無理だ。その人は諦めるしかないよ」
蓮夜さんの肩を掴み、夕山さんは言った。
「これ以上は、僕らも危ないよ。それに助けられたとしても、意識のない怪我人。屍怪が迫る中で、担いで逃げようとでも言うの?」
蓮夜さんと向き合い、意見を述べる夕山さん。
「だからって、簡単に見捨てられるかよっ!? この人は、生きてるんだぞっ!!」
承服しかねると、蓮夜さんは激昂。
「心中でもする気? ここまで来て、無謀もいいところだよ」
対する夕山さんは、鼻で笑い反論している。
「そんな気はねぇよ! だからって、何か。方法があるはずだっ!」
蓮夜さんも言葉を返しては、互いに引かない口論が始まった。
「なんなの。一体……」
夫である男性の救出を待つ女性は、下唇を噛んで体を震わせている。
救出するための算段ではなく、見捨てるか否かの口論。女性としては、耐え難い状況だろう。
「大丈夫ですか?」
精神面を不安視し、状態を問う。
そこで女性が見せた表情は、怒りに震える鬼の形相。眉間にシワを寄せ、ギラギラと鋭い眼光。それはあまりの迫力で、尻込みするレベルだった。
「あなたっ! あなたっ! 今すぐに、助けるからっ!!」
女性は叫び声を発し、車へ向かっていく。そして助手席の窓を叩き、ついにはドアを蹴り始めた。
助けたい気持ちは、わかるのですが。過激な行動に出てしまうのは。
乗用車からはガソリンが漏れ、いつ爆発するかも定かでない状況。今はどんな些細な行動が引き金となり、最悪の事態に繋がるかわからない。
しかし女性は何を置いても、男性の救出を優先したいのだろう。一向に開く気配ないドアに、何度も蹴りを入れ続けている。
「落ち着いてください! 万が一にも引火すれば、一貫の終わりになってしまいますよっ!」
最悪の事態を避けるため、自制を求め訴える。
「ガタンッ!」
と、まさに愛の力。奇跡とも言うべきか。固く閉ざされていた助手席のドアは、音を立てスーッと開かれた。
「まさか本当に、開くなんて」
突然の好転に、驚き呆然。
「ああ。あなた。どうしてこんな姿に」
女性は迷わず車内へ入り、男性の状態に嘆いている。
「助手席のドアが開きました!! ここからなら、救出できるかもしれません!」
それでも助け出すに、一筋の光。
「よしっ! 助手席からなら、引っ張り出せるはずだっ!」
ドアが開いたと知り、駆けてくる蓮夜さん。迎え入れる場所を空け、助け出すに最適な環境を整える。
しかし蓮夜さんはなぜだか、険しい顔つきとなった。
「美月! 伏せろ!!」
後方を見つめて蓮夜さんは、今までにない大きな声で叫んだ。
それは今までになく、真に迫るものであった。
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