第30話 事故
「ってな感じの事があったわけよ」
バス停に置かれたベンチに座るハルノは、先ほどまでの出来事を話している。
現在地は道路を挟み、スーパーマーケットの対面。女性陣はバス停のベンチ。男性陣は後方にある花壇の縁に座り、食事の最中である。
慣れちまったからか。
屍怪は外へ出られないようだし。今やみんな、気にせずって感じだな。
自動ドアを閉めた後。ほどなくして、屍怪も到着。外へ出ようと、執拗に叩き始めた。
しかし耐久性が勝っては、破壊すること叶わず。自動ドアが破られぬと認識しては、今や誰も気に留めずといった感じである。
この場所からなら、スーパーの様子も確認できるし。
それに全体的に開けていて、見通しも良い。休むには、打ってつけの場所だよな。
「陳列棚が倒れたなんて。大変だったんですね」
美月は語られる話を、興味深そうに聞いている。
「だから迂回する羽目になったのよ。店内には屍怪も現れて、本当に大変だったわ」
ハルノは出来事の詳細を、ありのままに話し続けていた。
「棚を倒すなんて、ドジなのよ。普段からもっと周囲を気にしていれば、そんなミスは犯さないもの」
前方で語られるハルノの話は、後方の男性陣にも聞こえている。そのため啓太は気まずそうに、体を小さくしていた。
棚を倒したのは、啓太のミスもあるかもだけど。
故意にでもないし。今回の事は、不運が重なっただけだ。
事実であるから、話を止める気はない。
しかしそれでも、どこか啓太が不憫に思えた。
「夕山!」
入手した商品を一つ手に取り、反応した夕山に投げ渡す。
「頼まれていたキャロリーメイト。これで合ってるだろ?」
話題を変えるきっかけ。何でも良いから、欲しかった。
入店する前に、頼まれていたキャロリーメイト。今この時こそ、渡すタイミングに思えた。
「間違いないよ。ストックも無かったからね。本当に欲しかったんだ」
キャロリーメイトを受け取った夕山は、屈託のない笑顔を浮かべている。
本当に嬉しいのだろう。いつもより声も高く、纏う雰囲気も明るい。
「キャロリーメイトなんて、いつ手に入れたんだ? お菓子のコーナーには、無かったじゃん」
啓太が疑問を抱き、発言する通り。お菓子コーナーに、キャロリーメイトは置かれていなかった。
お菓子コーナーの陳列棚には、昼食となったスナック菓子やビスケット。チョコレートにグミと、甘い物がメイン。
「バッグを探しに行ったとき、レジの前で見つけたんだ。店の奥にあったら、難しかったけど。近くにあったからな。運が良かったぜ」
栄養調整食品である、キャロリーメイト。それはお菓子が並ぶコーナーとは別に、レジの前で見つけ確保していた。
「まあ。さすがは蓮夜だね」
キャロリーメイトをポケットに収め、夕山は立ち上がり言った。
自身と啓太の顔を、見比べる振る舞い。名前を強調した点。一種の差を明確にしたい。そういう意図を込め、発言したと推察できた。
ああ。啓太はまた俯いちまったし。何も、強調しなくても。
啓太も発言の意図を汲み取ったようで、再び体を小さく黙ってしまった。
今回のミスは啓太も、十分に理解し反省している。それ故にこれ以上の追及は、ナンセンスだろう。
「休憩はもういいかな? 食事も終わったし。先へ進まないとね」
行く先を見つめ、発言する夕山。
「そうだな。そろそろ行くか」
ここから先は、本格的に北区の市街地となる。街の中へ入れば、生存者もいるだろう。
しかし望まずして、屍怪との遭遇確率も高まるかもしれない。まさに期待と不安が一体。半々という気持ちであった。
「プップ――――ッ!!」
荷物をまとめ始めたタイミングで、甲高いクラクションの音が鳴り響いた。
それは前方の十字路交差点。何かが迫る気配を感じ、凝らすよう目を向ける。
なんだっ!?
疑問の答えは、すぐに運ばれてきた。
右方向から十字路交差点に、白い乗用車が進入。それはおそらく、生存者が運転するものだった。
「おい、あれって! 生存者じゃね!?」
生存者の登場により、啓太は喜びを露わにしている。
「……何か。様子がおかしいぞっ!」
速度を落とすことなく、縁石を越える乗用車。スーパーマーケットの隣。駐車場のフェンスに、頭から突っ込んだ。
衝撃を受け止めたフェンスは、後ろ倒しにグニャリと変形。乗用車の方はボンネットが開き、エンジン部分から白煙が上がっている。
「なんだよ。暴走車じゃん」
事故の現場に立ち会いなお、啓太は能天気そうであった。
「って、悠長なことを言ってる場合かよっ! 生存者なら、助けに行くしかねぇだろっ!!」
即座に救助の判断を下すと、乗用車の元へ向かい様子を窺う。
前方座席は全体的に、割れたフロントガラス片が散乱。運転席ではエアバックが発動し、額から血を流した男性が倒れている。
「大丈夫ですかっ!?」
窓を叩いて呼びかけるも、男性に反応は全くない。どうやら意識を失い、応えることができないようだ。
「このままじゃ何もできねぇし! とりあえず車から出そう!」
初めの行動として、車から出すべきと判断。運転席のドアに、手をかける。
「ハハッ。さすがに、これはマズいね」
そこで背後から響いてきたのは、当然とも思える夕山の呟き。
「マズいのは、たしかだけど。人の命がかかっているんだっ! 夕山も手を貸してく――――」
振り返り際に、悟る。夕山が言うマズいは、別の話であったと。
乗用車が走ってきた、右方向の道路。そこには全面を埋め尽くさんほどの、帯びただしい数の屍怪が迫っていた。
あれを相手にするのは、間違いなく無理だ。早く助け出さないと、ヤバい。
「お願いっ! 助けて!!」
後部座席の窓を叩き、助けを求める女性の声。運転手の他にも、同乗者がいたのだ。
運転席も! 後部座席も! 開かないじゃねぇか!!
助け出そうと試みるも、ドアは凹み歪みと変形。押しても引いても叩いても、開くことはなかった。
「クソッ! 見てるしかないのかよっ!」
現状を打破できず、憤りの感情が溢れてくる。
「屍怪が迫っているよ。ドアが開かないなら――――」
背後から言葉を発す夕山は、どこか冷たい顔をして見える。
「蓮夜さん! 助手席側! こちらの後部座席が開きそうです! 私の力では無理そうですけど! 蓮夜さんなら!」
夕山の発言を遮り、美月は急報を告げた。
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