第32話 驚き
―*―*―蓮夜視点 ―*―*―
助手席からなら、間違いなく助け出せるっ! 早く取り掛からねぇと!
夕山との口論は自然に終了し、美月の待つ助手席前へと駆ける。
ん? なんだ?
迎え入れようと待つ美月の背後に、何か違和感を覚えた。
何者かの動く影。それは間違いなく、屍怪の存在だった。
なんでこの場に、屍怪がいるんだよっ!? いきなり来られる場所なんて、なかったはずだろっ!!
美月の背後にいるのは、スキンヘッド頭の屍怪。
深く刻まれたほうれい線に、血に汚れた白いシャツ。肩周りの肉は削がれ、鎖骨が露わに。本来なら間違いなく、動けない状態だろう。
警戒するような場面じゃなかったし。美月に、気づいている素振りはねぇ!!
迫るスキンヘッド屍怪に対し、美月は無防備に背を向けている。
それは気づいていない証拠。完全に警戒網の外から、唐突に現れたようだ。
「美月! 伏せろ!!」
迎え入れようと手を広げる、美月に大きな声で訴える。しかし屍怪との距離は遠く、間合いには入っていなかった。
「……ッ」
世界の武器展示会で、入手したナイフ。取り出すと手に持ち、屍怪へ向けて投げつける。
空中を縦に回転し、飛翔するナイフ。屈んだ美月の頭上を通過し、スキンヘッド屍怪の額に突き刺さった。
「おおっ! やるじゃん! 蓮夜!」
倒れゆくスキンヘッド屍怪を前に、啓太は驚きの声を上げている。
それは顔を上げた美月も、一部始終を見ていたハルノも。そして自身すらも、内心では驚いていた。
なんで俺は……投げナイフなんて、できたんだ?
失敗となれば、即死亡に繋がりかねない場面。初めて行う行為のはずなのに、できる確信的なものがあった。
それは思い込みなど過信ではなく、もっと別の根拠ある何か。そのため体はスムーズに動き、意識にも迷いはなかった。
「みなさん! 夫を助けてください!!」
助手席から外へ出た女性は、必死に助けを求めている。
今は考えている場合じゃない! 早く助けて、避難しねぇと!
「きゃああああ――――ッ!!」
意を決したタイミングで、響いてきたのは女性の叫び。
助手席前にいた女性は、新たな屍怪に襲われていた。背後から肩を掴まれるも、噛まれぬよう必死に抵抗をしている。
「他にもいるのかよっ!?」
新たに出現した屍怪は、一体のみではなかった。乗用車が破壊した、フェンスの先。スーパーマーケットの駐車場から、流れてきているのだ。
最初に美月を襲った一体に加え、今も三体四体。後続も倒れたフェンスを越え、迫りくるのは相当数。
「やめてえぇ!! 噛まないでえぇ!!」
大口を開けて迫る屍怪に、女性は自制を求めている。
しかし屍怪と化した者に、情けや慈悲。慈愛や労りの気持ちはない。
「いやああああ――――ッ!」
女性の抵抗も虚しく。屍怪の穢れた毒牙は、首筋に深く突き刺さった。
そのまま押し倒されてしまった女性。後続する屍怪も到着し、姿は完全に飲み込まれてしまった。
「バリンッ!!」
スーパーマーケットから響く、ガラスの割れる音。自動ドアは破られ、屍怪が進出してくる。
大きな事故が発生し、周囲を巻き込む騒動。店内にいた屍怪にも刺激となり、圧力が増しては破られてしまったようだ。
さっきまで、出られなかったのに。なんで、このタイミングなんだよ。
駐車場から溢れてくる屍怪に、スーパーマーケットから出てくる屍怪。
救出したはずの女性は、屍怪に噛まれてしまった。今となってはもう、男性の救出も難しいだろう。
「結局のところ。僕の言う通りになっちゃったね」
十字路交差点まで避難したところで、四方を確認し夕山は言った。
十字路交差点の中央に立ち、見える四方には全て。屍怪が存在する。当初は右方向にしか、確認できなかった。しかし長く時間を費やしたことで、他の場所からも集まってきたようだ。
もっと早くに、逃げていれば。ここまでの窮地に、追い込まれることはなかったはずだ。
結果として、二人の救出は叶わず。今ここにいる全員にも、大きなリスクを背負わせてしまった。
己で下した決断。夕山の言う通りに逃げていれば、ここまで逼迫した事態にはならなかっただろう。
「ちょっと! どうするのよっ!? かなりの数に、囲まれているんですけどっ!?」
四方を屍怪に囲まれたとなれば、ハルノにも焦りが見える。
もう一刻の……猶予もない。
「……先に。先に進もうっ! 正面は俺が殺るっ! 啓太は左をっ! 夕山は右を頼むっ!」
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