第25話 明るく綺麗な街

「ちょっと緊張しただけじゃん! 次はちゃんと殺るからよっ!」


 不恰好な笑顔を作り、明るく振る舞う啓太。


 ……啓太。


 普段の啓太は、配慮や気遣い。思いやり、優しさ持つ人間である。

 しかし無理をしているときは、笑顔で誤魔化す。癖とも言える一面があった。


 無理をしているのは、明らかだな。


 一年前。東京から転校してきたとき。知り合いもおらず、見ず知らずの土地。最初に声をかけてくれたのは、クラスメイトの啓太だった。

 啓太は進んで友人を紹介し、学校や街を案内。意気投合しては、行動を一緒に。帰り道には買い食いをし、今では休日も遊ぶ仲である。


 屍怪とは言え、外見は人間だ。

 啓太は迷っている感じだったし。覚悟を決めきれなかったんだろうな。


 人の頭にバットを振り下ろす。それは通常。ありえない話。


 でも屍怪を倒すには、必要な現実なんだ。

 殺らなくていい。そう言ってあげたいけど。きっと現実は、そう甘い話じゃない。


 結局のところ。かける言葉は、見つからなかった。

 綺麗事で済ませる世界では、ないように思えたからだ。



 ***



 近場にいたのは、全部で三体。最後に夕山が止めを刺し、屍怪は全て倒した。


「多くに迫られれば、逃げるしかないけど。これから先は、倒さないとダメな場面も増えそうだな」


 先へ進むに、逃避や迂回。ルート変更は構わない。

 しかしそれでも、重要な局面。逃げることも許されないなら、臆せず戦う他ないだろう。


「昨日と打って変わって、屍怪は一体もいないわね」


 コンビニ前に到着し、周囲を見渡すハルノ。

 昨日は多くの屍怪に、阻まれた交差点。今は人っ子一人、何者の姿もない。


「時間もだいぶ経っているからな。ここを右折すれば、同心北高校へ行けるはずだ」


 コンビニ前から、体を右方向へ。


「そう。なら進むしかないわね」


 ハルノの言葉を皮切りに、再び。同心北高校へ向かい歩き始める。

 途端に車の数が少なくなった通り。暫く歩き続けると、【同海大学】と書かれた二本の柱。左方に同海大学の正門が現れた。

 

「本当に誰もいないですね」


 同海大学を前にして、声を小さく美月は言った。

 開かれたままの正門。大学の敷地はおろか、札幌の街。そのどこにも、生者の姿は全くない。


「大学なら学生や教員。街にも人が行き交っていたはずだもんな」


 同海大学はもちろん。右方にある飲食店や、雑貨店に花屋。

 ここは札幌の中心部。本来なら途切れることなく車が走り、人の往来があったことだろう。


「屍怪が出現した影響か。きっとみんなは、安全な場所に避難したんだろうな」


 今日までの出来事で、周辺が危険なのは明白。


「安全な場所。それなら市外になるのでしょうか?」


 問う美月の言葉に、やむなく口を噤んだ。


 札幌がこんな状況なんだ。市外が安全であるという保証は、全くない。


 戦後を彷彿とさせる南口前に、屍怪が徘徊する札幌の街。

 事が札幌で収まっているとは、とても考え難かった。


「仮に安全な場所へ避難したとして。それなら屍怪はどこへ行ったのでしょう? 私たちを追ってきた屍怪も、昨日より少なかったですし」


 美月の疑問は、至って当然の話。今さっき遭遇し、倒した屍怪は三体。

 昨日。南口から追ってきた屍怪は、少なくとも二十体は存在したのだ。


「生き延びた人たちが逃げたなら、その後を追ったのかもしれないな。俺たちが逃げているときも、屍怪は背後を追ってきたし」


 消えた屍怪の行く末を考えれば、生者の後を追った。

 その可能性が一番高く、妥当に思えた。


 今にして思えば、屍怪の生態。性質とでも言うのか。実態については、ほとんど理解していない。


 屍怪について把握しているのは、頭部を破壊しなければ動き続けること。心臓を射抜いても、その活動は止まらなかった。

 そして常人を遥かに凌ぐ、タフさ。腕を斬り落としても、痛がる素振りは皆無。半身を失っても動き、強打を受けても立ち続ける。


 痛覚があるかは、疑わしいよな。

 でも何より問題なのは、屍怪の行動原理だ。


 札幌の街を徘徊していた屍怪は、地上に戻った人間のみを襲っていた。

 と言うことは人間と、屍怪を区別。標的を選別し、襲っていたということになる。


 屍怪同士の同士討ちはなかった。

 っつーことは間違いなく、区別しているはずだ。


 目で視てか。耳で聴いてか。方法は明らかではない。

 襲う動機も謎。しかし事実として、屍怪は襲ってくるのだ。


「逃げても後を追いかけてくるなら、どこも安全とは言えませんね。家族が無事なら良いのですけど」


 美月は岩見沢に残る、家族の心配をしていた。

 生き残った人たちにも、迫る屍怪の影。心休まるときは、今この地上に。ないのかもしれない。


「話は変わりますけど。彩加さんってどんな人なんですか?」


 唐突に話を変えた美月。これから会うだろう。彩加について興味があるようだ。


 うーん。どんな人か。説明を求められると、意外に難しいな。


 頭の中で言葉を探すも、適したもの浮かばず。困ってしまっては、空を見上げ頬を掻く。


「あー。明るくて元気な子だよ」


 悩んだ末に出した答えは、特筆なき普通の言葉。


「明るくて元気な子ですか。どんな子か楽しみです! 早く会ってみたいですね!」


 復唱して答える美月は、笑顔を浮かべ納得してくれた。 


「ちょっと自由奔放なところもあるけど。すぐに仲良くなれると思うよ」


 最後に補足を加え、説明を終了。

 言葉足らずに、思えるところあり。語彙力を高めようと、密かに決意をした。



 ***



 同海大学前の通りを進み、隣には大きな建物の大学病院。さらに先へ向かうと、北区の街中へ入る。

 商業施設に民家と増える中。【明るく綺麗な街】と書かれた看板が、最初にお出迎え。しかし傾き色褪せては、先の不透明さを暗示しているようだった。


「ここから先は警戒心を強く、進まないとダメそうだな」


 道路に残されるは、運転手なき無人の車。建物に車の影と、潜められる死角は多い。


「やっぱり……戦争なのでしょうか」


 街の光景を見て、美月は呟いた。


「戦争か……」


 見える範囲での事象は、全て物理的影響に起因。戦争の可能性は否定できないものの、惨状に違和感を覚えた。


「戦争だったら、大きくダメージを与えようとするよな? 南口前の状況なら、わかるけど。この周辺はどうなんだ?」


 札幌駅南口前のよう、原型を留めぬほど破壊。無慈悲な攻撃ならば、戦争としても納得できる。

 しかし目の前に広がる光景は、何もかもが中途半端。半壊した民家の屋根に、円形に沈んだ道路。


「うーん。そうね。敵国の攻撃って言われると、府に落ちない部分はあるわね」


 ハルノも被害の状況には、納得できぬ部分がある様子。


「破壊だけが攻撃じゃないからね。敵を混乱させる細菌兵器。それなら一過性の攻撃より、ダメージになると考えたんじゃないかな?」


 最後尾を歩く夕山は、新たな可能性を掲示した。

 過去に広がった感染症の例では、一国の一地域から世界で蔓延。事前情報があったにも関わらず、多くで対策は失敗。社会生活や経済成長に、大きなダメージを与えた。


「細菌兵器か。その線もあるのか」


 細菌兵器を感染症と、同一レベルとした場合。過去の例から対策は、困難だと承知している。

 対策としては、感染者を隔離。蔓延地域との人流を断ち、拡大防止に努めること。


「屍怪が徘徊しているのが現実だし。国に期待はしてなかったけど。上手く対処はできなかったんだろうね」


 ため息を吐き、語る夕山。感染症対策には個々の協力や、舵を取る者の手腕が必要。

 しかし過去の例を見れば、個人の行動は御せず。国の対策も、中途半端となり暗転。結果として感染は、拡大する事態となった。


「爆撃とかは読めないだろ。それに予兆とかも、なかったし」


 事前情報あっても、結果は成功と言えず。

 それに今回は、突発的な事態。安直に結果を求めるのは、難しい話だろう。


「っつーか夕山は、最初から外にいたんだよな? 何か感じたことや、わかること。知った情報はなかったのかよ?」


 シェルターで過ごした身としては、外に出て対面した混沌の世界。


「そう言われてもね。建物は倒壊して、人々は混乱の極み。それに至る所で屍怪が出現して、生きるために必死だったんだよ」


 しかし外で奮闘していた夕山も、当時は大変だったようだ。


「そうか。なら仕方ないよな」


 戦争に細菌兵器の可能性。しかし考えても、事実の確認はしようがない。

 それに今の目的は、彩加の安否確認。優先事項を再び認識すると、同心北高校へ足を向けた。

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