第6話 閉ざされた空間4

 シェルター鉄扉前に集まる人々。それは全員が傷を負っている怪我人のようで、医大生の畑中さんは献身的に治療を行っていた。


 治療に忙しそうだし。畑中さんに声をかけるのは、あとにしたほうが良さそうだな。


 治療で忙しそうな畑中さんに声をかけるのは避け、とりあえずの目的地である防災倉庫へ行くことを決める。

 先程までは配給で多くの人が集まり、列は蛇の形を模し伸びていた。しかし時間が経過した今では人も少なく、物資はすでに多くへ行き渡ったようだ。


「あの、自己紹介がまだでしたよね。私は神城かみしろ美月みつきって言います。みね女子高の二年です」


 隣を歩く女子学生の自己紹介。これから一緒にいると言った手前、こちらも自己紹介をしておくことは礼儀だろう。


「そう言えばそうでしたね。俺の名前は一ノ瀬蓮夜。陵王高校の三年です」

「……陵王高校って。もしかして地元は岩見沢ですか?」


 鳩が豆鉄砲を食らったかのよう目を丸くし、神城さんは驚きを隠せない様子だった。


「えっ! そうですけど」

「驚きました。私も地元は岩見沢なので。今もその帰り道で」


 奇遇にも神城さんとは、居住地区が同じだったようだ。

 北海道の面積は他の都府県と比較して広く、札幌はその中心で多くの人が集まる場所だ。道内において岩見沢は、札幌に近い方へ分類される。しかし岩見沢の人間にこのタイミングで出会うとは、近いことを踏まえてもかなり珍しい話だろう。


「神城さんも岩見沢が地元なんて。それって結構な偶然ですね」

「私のことは美月でいいですよ。敬語も大丈夫です」


 笑みを含み柔らかい口調で言う美月は、敬語とは堅苦しく気を遣われたくない様子だった。


「それなら俺のことは蓮夜でいいですよ」

「蓮夜さんは年上ですし。せめて『さん』付けで。ここは譲れません!」


 一つ年の差があるからか。『さん』付けに対して美月は譲る気配なく、上下関係はキッチリとしたいようだ。

 さらに詳しく話を聞くと、住んでいる場所は幌向地区とのこと。幌向駅は岩見沢駅の隣に位置する。美月は幌向駅から札幌の高校まで、毎日電車に乗って通学しているとのことだ。


「通学に毎日電車って、結構大変じゃない? 時間もそれなりにかかるし。何より電車の本数も少ないよね」

「そうですね。大変と言えば大変ですけど。朝は本数も多いんですよ。きっと通勤や通学に合わせているのだと思います」


 岩見沢に居住という共通点を得て、類似の悩みを分かち合い意気投合。そのまま他愛のない話しを続けていると、瞬く間に防災倉庫へ到着した。

 防災倉庫前で行われていた配給。松田さんたちは空になったダンボールを片付け、一通り物資の配給は終えているようだ。


「蓮夜君。見回ってどうでしたか?」


 松田さんは戻ったことに気づいたようで、片付けを中断し駆け寄ってきた。


「防災倉庫前で配給が行われていることと、シェルター出入口の鉄扉前で怪我人の治療をしているって言い回りましたよ。あと見た限りでは、怪我で動けない人とかは見当たりませんでした」


 大事なく良かったと、松田さんは安堵した様子。ホッと一息を吐き、肩を下ろしている。


「不幸中の幸ですかね。少し前に畑中君ともお話しをしたのですが、配給もとりあえず終わりましたから。今は特にやることもありませんし。蓮夜君も休んでください」


 美月に会釈して松田さんは、二人分の物資を持ってきた。

 そして手渡すと再び、片付け作業に戻っていった。


 俺も手伝うべきかと思ったけど。ダンボールの大半は綺麗に畳まれ、残す作業は少なそうだ。それに美月には、一緒に居て良いと言った手前もある。

 笑顔が戻ったとはいえ、先程まで不良に絡まれ震えていた美月だ。今は一人にするわけにもいかない。


 松田さんの言葉に甘え、休憩することに決定。シェルター前方に移動し、壁際に空きスペースを発見。美月は学生鞄を置いて座り、防災袋に預かり物の袋を置いて腰を下ろした。

 おもむろにスマートフォンを取り出し、画面を見ると時刻は十五時三十分過ぎ。逃げるようシェルターに避難してから、すでに三時間以上の時間が経過したのだ。


 ダメ元だけど。ラジオやニュースで情報収集ができねぇかな。


 スマートフォンを取り出したついでに試してみるも、シェルターは地下に位置するためか。電波は届いてないようで、ラジオも上手く起動しなかった。


 どの局に周波数を合わせても、砂嵐のような音が流れてくるだけか。

 まぁ外に出れば、スマホも使えるようになるだろ。それにこれから暫くの間は、充電もできないはずだ。電池を節約していかねぇと。


「これから先。どうなるのでしょうか」


 電源を切ってスマートフォンをポケットに納めると、隣に座る女子高生の美月は浮かない顔で呟いた。

 外界との連絡は一切叶わず、閉ざされた空間のシェルター。先の展望が見えない現状に、その横顔からはハッキリと不安が見てとれる。


 『どうなるか』か。でもそんなの俺にだって、わかりはしない。


 例えば地上はもう焼け野原と化し、絶望的な状況になっている可能性。しかし事態は、すでに収束。救助隊が編成され、今にも助けがくる可能性だってある。

 現状は想像や予想の範囲で語れても、あくまでそれは仮定の話でしかない。ならばネガティブなって、落ち込んでも仕方ないだろう。


「俺にもわからないけど。今は考えても……なるようにしかならないと思う。なら少しでもポジティブに考えようぜ! 今にだって助けがくるかもしれないしっ!」

「……そうですね。ネガティブになっても仕方ないですものね。私もポジティブに考えて見ます」


 笑顔を見せて明るく振る舞う美月。その表情は少し、無理をしているように思えた。

 

「それはそうと。美月はなんで、あの不良たちに絡まれていたんだ?」


 話題を転換。出会った当初に抱いた疑問を、投げかけてみることにした。


「はぁ~。あの人たちですか。暇だからと言っていましたけど。多分ナンパみたいな感じです」


 すると谷より深い、ため息を漏らす美月。呆れ果てた素振りを見せては、やれやれと言った感じである。


 あの不良たちは外見や素行の悪さからして、何かしらの問題があると思っていたけどな。

 しかしこの状況でナンパをするとは。ある意味では凄い奴らだと尊敬。いや、呆れ返るしかない。


「この状況でナンパかよ。外見からしてヤバそうな奴らだと思っていたけど。全く何を考えているのやらだな」

「本当っ! 外見を整えられない人って! 大抵は内面も伴っていないですよね!」


 憤りを隠せない美月には、気圧されてしまいそうな迫力があった。


「それに何度も誘いを断ったのですが。本っ当に! しつこくてっ! 周りに助けを求めても誰も動いてくれなくて。蓮夜さんが来てくれて本当に助かりました」


 笑顔で言う美月の顔はとても美しく、こんな表情を見せられては誰でも見惚れてしまうかもしれない。

 そんな視線を向けられては、こちらとしても気恥ずかしいもの。照れを隠そうとしては、自然と頭を掻いて上を向いてしまう。


「いっ、いやぁ。俺としては当然の事をしただけだよ」

「当然とは言えませんよっ! 相手は二人でしたしっ! 勇気がないとできない事だと思います!」


 美月は真っ直ぐな視線を向け、力強く賞賛していた。

 困っている美月を見つけ、当然の事をしただけのこと。それは何も特別なことではなく、単に自身の性分とも言える。


「なら、また何かあったら守ってくださいね!」

「おう! 任せとけって!」


 冗談まじりに続ける美月の言葉に、得意気に胸を張って返事をした。


 このときの俺は疑いもしなかった。自分の力で、美月を守ることができると。

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