第7話 閉ざされた空間5
コンクリートの床は熱を奪うよう冷たく、触れる全てで柔らかみなく固い。そのため座るにしても寝るにしても、快適とはかけ離れているものだった。
そんな中でも避難者たちは、一夜を越える決断。しかし待てど暮らせど連絡はなく、依然として電話を待つ状態が続いていた。
まだ六時か。俺にしては珍しく、あまり熟睡できなかったな。
現在の時刻は、明朝六時。昨日の騒動と慣れない環境で、疲労は蓄積。避難者たちの多くは、まだ寝静まっている。隣で横になる女子高生の美月も、反対側を向き眠っている状態だ。
昨日フカフカのベッドで寝ていたとき。翌日をこんな形で過ごすことになるとは、誰が想像できただろうか。今日は月曜日と平日。今より少し遅くに起床し、準備をして学校へ向かう。それが日常だった。
……ああ。今となっては全てが果てしなく遠く、何もかもが夢物語のよう感じられるぜ。
松田さんが訪ね教えてくれた情報によると、シェルターに避難した避難者数は百二十二人。
すなわちこの百二十二人は、シェルターにいる限り一種の運命共同体ということになった。
朝食にはまだ早いしな。今は……夕食の残りしかないし。
夕食には配給された非常食の中から、さんまの蒲焼と野菜スープ。水で戻せるご飯を食した。
缶詰にあったさんまの蒲焼は、冷たくても問題なく美味しかった。しかし野菜スープとご飯は、心の底から温かいほうが良いと思った。
贅沢は言えないけど。早く温かい飯が食べたいぜ。
「蓮夜君。ちょっといいかい?」
声をかけにきたのは、医大生の畑中さん。
「はい?」
寝静まる避難者たちを避け、拠点としている壁際に訪ねてきたのだ。
「悪いね。少し狭いけど。蓮夜君も座ってくれるかな」
シェルター鉄扉前まで移動し、床をポンポンと叩き促す畑中さん。座りやすいよう場所を確保してくれたようで、帽子を顔に乗せ眠る松田さんを横目に腰を下ろす。
「蓮夜君も起きるのが早いね。毎朝こうなのかい?」
「いやっ! そんなことないですよ! 今日はたまたまです!」
質問する畑中さんに対し、間を空けず即効で否定。
眠るに関して、場所は気にならない。しかし朝は極端に苦手で、早起きなど滅多にする人間ではなかった。
「そうかい」
笑顔を浮かべ、穏やかな口調で応える畑中さん。しかし真剣な表情を見せると、口を噤み十秒ほど。
「僕と松田さんで話し合いをしたんだ。今日。外部からの連絡がなかったら、どうするべきか」
口を開き畑中さんが話す内容は、今日の展望を語るもの。
昨日の時点から、ありうる話だと思っていたけど。俺にはどうしたら良いのか、わからなかった。
畑中さんの考えを言うのであれば、興味があるな。
「松田さんの話しでは、遅くても一日以内に連絡がくる手筈になっていたね。しかし……その連絡がこないとなると、外では連絡をできない状態になっている可能性が高い」
「連絡をできない状態って……?」
畑中さんの言葉に疑問を抱くと、思ったことを素直に質問。
すると畑中さんは顔を逸らし、言いづらそうに下を向いた。
「……戦争。いや、核戦争の可能性もあると考えている」
畑中さんの答えは、核戦争。それは全身を雷に打たれたかのよう、衝撃的な言葉だった。
言葉通りなら、最悪展開だ。それならどのくらい被害があるのか。想像もし難い。
「……核戦争って。それなら、これからどうなるんですかっ!?」
事の深刻さを理解しては、食い気味に問う。
「核戦争というのはあくまで可能性の話さ。だけど、そうだな。僕の知っている範囲で説明するなら、大気の汚染は二週間で千分の一に減衰する。だから最初の二週間さえ乗り切れば、放射能症などの様々な生死に関わる症状を回避。生命を維持できるはずなんだ」
対する畑中さんは、冷静に説明をしてくれた。
もし核戦争だったなら、二週間。シェルターで過ごすほうが、安全ってことか。
でも、それにはいくつも問題があるはずだ。水や食料の問題。それに……ここにいる避難者の、総意が問われることになるかもしれない。
「あと六時間も経てば、一日が経過する。松田さんの話では、水や食料は二週間分の備蓄があるらしいから。もし時間までに連絡がなかったら、この話を全員に向けてしようと思う。蓮夜君も考えておいてくれ。これから先の事について」
頭の中で考えている間に畑中さんは言い、水や食料と一つの問題は解決された。
「……わかりました」
絞り出すように返事をすると、畑中さんの元をあとにした。
美月が眠る隣に戻って座ると、畑中さんに言われた通り。先の事について考えてみる。
シェルターへ逃げ込む際には、避難の誘導。怪我人に対しては、積極的に治療。そんな畑中さんが、嘘を言っているとは考えられない。
畑中さんの言う通り核戦争だったなら、二週間をシェルターで過ごしたほうが安全なのは明白だ。
畑中さんは自分の意見を明確にしなかった。
しかし口調や雰囲気から、残ったほうが良いと考えているよう感じられた。
もし……外部から連絡がなかったら、俺たちはシェルターに残るか否か。選択を迫られるはずだ。
そのとき、俺はどうするべきか。
「おはようございます。蓮夜さん」
答えを出せぬところで、不意に響く美しい声。声の主は起床した美月。
時刻は、午前七時。通常の起床時間帯となり、避難者たちも続々と起床している様子。
「ああ。おはよう」
挨拶を返すと、考えることを一旦やめた。
これ以上は考えても、結論が出るとは思えなかったからだ。
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