第5話 閉ざされた空間3

 松田さんと二人。防災倉庫に戻ると、避難者たちへ配給が始まった。

 二人で対応するには人数が多く、配給作業は多忙を極めた。しかし避難者の中から、協力してくれる人たちも出現。分担される作業は効率が良くなり、滞りなく迅速に行われるようになった。


 配給は上手く運んでいるようだし。人手も十分に足りているな。


 畑中さんが防災倉庫へ向かう前に言った言葉。『もし怪我で動けない人がいたら教えてください。僕が診に行きますから』との発言を受け、シェルター内の見回りを行うため防災袋に荷を詰め動き出す。


「松田さん。こうやって手伝ってくれる人も増えたし。俺は防災倉庫前で配給を行っていることを言い回ってくるよ。それに怪我で動けない人がいたら、力を必要としているかもしれないし」

「そうですか。たしかに手伝ってくれる人も増えましたからね。ならば、そちらはお願いします」


 今も配給に勤しむ松田さんの了承を得ると、見回りのためシェルター内を歩き始めた。



 ***



 現在。防災倉庫前では配給が行われているため、物資を受け取ろうと多くの人が並んでいる。その列は蛇の形を模して長く続き、シェルター出入口となる鉄扉まで伸びている状況。

 シェルター奥に位置する防災倉庫から、出入口となる鉄扉まで。ジグザグに歩きつつ対面の壁際まで、怪我人がいないか見て回る次第である。


 すでに大半は物資を受け取っているようだけど。配給自体に気づいていない人もいる可能性があるからな。大きな声で言い回らねぇと。


「防災倉庫前で配給を行っています! 受け取っていない人は、そちらで受け取ってください!」


 配給は防災倉庫から物資を出している時点で人が集まり、受け渡しの方法も決めずそのまま行われた。

 避難者全体に知らせるアナウンスなどはなく、各々が気づき行動している現状である。


 怪我人に対するアナウンスも行っていないし。こっちも言っとかねぇと。


「シェルター出入口の鉄扉前で、怪我の治療が行われています! 治療が必要な人は、そちらに向かってください!」


 こう言っておけば動けない人からは声がかかるだろうし。あとは自分の目で確認して行くしかない。


 シェルター内を何度も往復。しかし誰からも声はかかることなく、また目視で確認した限りでも動けないという怪我人は見当たらなかった。

 そして防災倉庫から最も遠い、対面にあたる壁際。この場所で最後となる通りを進んで、半分ほどのところ。そこでは周囲の視線が一点に注がれるほど騒々しく、何か騒動や異変が起きているようだった。


 何かあったのか?


 惹きつけられるよう目を向けると、そこには先程も一悶着を起こした金髪鼻ピアスの姿。

 隣には目立つ紫髪のオールバック。首にはギラギラと輝くシルバーのネックレスを付け、白いシャツに黒いジャケットとパンツを着た優男がいた。 


「だからさぁ。こんな所でただじっと待っているのも暇だから。一緒にお話ししましょうよぉ」

「どうせそっちも暇だろ!? オレたちも暇を余しているから、少しくらい付き合ってくれてもいいじゃねーか!」


 甘ったるい声で口説き文句を言い、壁際に追い込むように圧をかける紫髪ネックレス。片や威圧的に言う金髪鼻ピアスは、逃げようとする女性の腕を強引に掴んでいる。


「離してください! さっきから何度もお断りしているじゃないですかっ!」


 抵抗しているのは、長い黒髪の女性。モデルかと思うほど小顔で目鼻立ちが整い、スラッとした抜群のスタイル。服装は紺色スクールブレザーにチェックのスカートと、学生であるに間違いなさそうだ。


 今の話しから状況を読むと……金髪鼻ピアスと紫髪ネックレスは、誘いを断る女子学生に対し執拗に迫っているってところか。


 女子学生は周囲に視線を飛ばし、助けを求めているようにも見える。

 しかし周囲の人たちは自身が面倒事に巻き込まれるのを敬遠してか。目が合っても視線を反らし、見て見ぬふりをしているようだ。


「あぁん!? こっちが下手に出てれば良い気になりやがって! いい加減にしろよ。このアマぁ!」


 腕を振り解かれたことに、怒りを憶えた様子の金髪鼻ピアス。己が目的を達成すべく、再び女子学生に手を伸ばした。


 俺には、見て見ぬふりはできねぇ!


 防災袋を床に置き、金髪鼻ピアスの背後へ。そして他者の意思を蔑ろにし、蛮行に及ぶ腕を掴んだ。


「おい! その子は嫌がっているだろ!」


 制止を受けて金髪鼻ピアスは、怪訝な表情で顔を向けた。そして乱暴に腕を振り解くと、体勢を変え睨み始める。


「おおぉ。ガキが。オレらに文句つけようってか。いい度胸だな! オイッ!!」


 注意を受けた金髪鼻ピアスは、怒り心頭に怒声を上げた。

 すでに理性も飛んでしまったようで、己が感情のまま拳を振り上げる。


 殴られる道理はねぇ! 


 理由なき拳を、受ける道理はない。足腰に力を入れ、即座に回避の体勢。

 しかし再び蛮行に及ぼうとする金髪鼻ピアスの腕は、無情にも隣にいる紫髪ネックレスによって制止された。


「なんで止めんだ!!」


 額の血管が浮き出るほどに、興奮している金髪鼻ピアス。制止されたことに納得がいかないのか、今度は紫髪ネックレスを殴りそうな勢いである。

 対して首を横に振り、周りを見ろと紫髪ネックレス。周囲では避難者たちが騒ぎに気づき、一連の騒動に嫌悪の眼差しを向けていた。


「チッ……」

「行こうぜ」


 注目を浴びては形勢が悪いと判断しようで、舌打ちをして腕を下ろす金髪鼻ピアス。続く紫髪ネックレスの促しにより、二人は諦めこの場を去っていった。

 去り際に睨みを利かす金髪鼻ピアスの眼光は鋭く、圧倒的な悪意を向けられている気がした。



 ***



「ありがとうございます。本当に助かりました」


 騒動も一段落。床に置いた防災袋を取りに戻ると、背後から声をかけてきたのは女子学生。

 不良たちから、解放された影響か。当初は険しく緊張感あった表情も、今は安堵しとても穏やかなもの見える。


「大丈夫ですか? 腕を掴まれていた見たいだけど」

「はい。それは大丈夫です。あの…………」


 視線を斜め下に反らし、言葉を詰まらせる女子学生。口を噤みつつも、何かを伝えようとしている様子。


「実は……私。ここで一人なんです。もし邪魔にならないようでしたら、一緒に居てもらうことはできないでしょうか?」

「えっ……?」


 女子学生の発言に、少し驚いた。しかし彼女は今まさに二人の不良に絡まれ、危機を脱したばかりなのだ。

 この外界と隔離され閉ざされた空間では、またあの二人と顔を合わす可能性がある。となれば一人で居ることが心細く、不安に感じるのも無理はないだろう。


 断る理由もないし。と言うか一人にして、また不良たちに絡まれるほうが事件だ。


「いいですけど。俺は配給の知らせや怪我人の確認をしていて――――」

「それなら私も手伝います!」


 説明も終わらぬ間に口を挟む、積極的な女性学生。


 まぁ手伝ってくれるって言うのはありがたいし。特に問題もないよな。


「わかりました。配給の知らせと怪我人の確認はもう少しなので、終わらせたら防災倉庫まで行きましょう」

「はい!」


 それからは女子学生と二人で、未確認だった場所を見て回った。

 防災倉庫前からスタートしたジクザグ往復。配給の知らせと怪我人へのアナウンスは、出入口となるシェルター鉄扉前で終了した。

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