第4話 閉ざされた空間2
周囲を見渡したときに気づいたのだろう。青年は膝を抱え座り込む女の子に近づいていくと、怪我をしているようで優しく寄り添い治療を始めた。
俺にも、何かできることがあるはずだ!
全体へと人力する青年に感化されてか。何かできることがあるだろう。何か力になれることはないか。との思いが込み上げてきては、駅員の元へ助力の申し出に向かう。
「あの、何か俺に手伝えることはありませんかっ!?」
外部への連絡をしようと、受話器を持つ駅員に問う。
「子どもが怪我をしたみたいで。救急箱とかありませんか?」
そこに女の子を治療していた青年も合流。治療に必要となる道具を求め、駅員へ質問を投げかけた。
「それなら……たしか奥の防災倉庫に。非常食や防災グッズと一緒にあるはずです」
受話器を置き、解答を述べる駅員。
「探してきましょうか?」
青年の背後にいる女の子に気づくと、事態を把握したようで駅員は提言した。
探すのなら、俺も力になれそうだな。
「それなら俺も手伝いますよ!」
己が力を役立てるため。胸に手を当て、満を持しての主張。
「そっ、そうですか。ありがとうございます。こちらです」
「ではお二人とも。お願いしますね」
勢いに押された様子で駅員は承諾し、笑顔を見せ青年は答えた。そして青年は治療を再開すべく、女の子の元へ戻っていった。
駅員とシェルター奥へ向かい歩く道のりには、多くの避難者が床に座り込んでいた。疲労が見える避難者たちの表情は一様に暗く、大変な事態になってしまったのだと痛感する。
「大変な事になりましたね」
「本当ですね。私なんかがこの事態を対応すると思うと、心許ないですよ。他にも職員がいてくれれば良いのですが」
浮かない顔でポツリと呟く駅員。その一言一句は弱気に聞こえるもので、とても自信がなさそうな感じである。
「きっとすぐに助けがきますよ! それまでは! みんなで協力していけば良いじゃないですかっ!」
不安を払拭するかのよう、ポジティブな言葉で言う。
性格について問われたならば、『ポジティブな性格』と答えるだろう。そのため一連の事態も、『結局は何とかなる』と思っていた。発言も心の底から思ったもので、紛れもない本心を伝える言葉だ。
「……そうですね」
心ここにあらずと言った感じで、駅員は小さく返事をして頷いた。
それから駅員は何か考え事をしているようで、防災倉庫にたどり着くまでの時間。下を向き、黙り込んだままだった。
***
防災倉庫はシェルターの一番奥に位置し、鉄の扉でキチッと施錠されていた。
しかし駅員が鍵を持っていたため、難なく鉄の扉を開錠。防災倉庫には、飲料水となるミネラルウォーター。非常食となる缶詰。防寒用の毛布に、有事の際には使える救急箱。防災グッズ一式が、棚一杯に並べられていた。
「うぉーすげー! これだけあれば、暫くは持ちそうですね!」
棚に並べられた物資の多さに驚き、水や食料の心配は不要であると認識。一つ安心感が生まれては、胸の内から喜びが溢れてくる。
「私たちだけではなく、みなさんにも配らなくてはいけませんね」
しかし防災倉庫の実情を知っていただろう駅員は、心配事のほうが増さっている様子。棚一杯の物資を見ても、変わらず浮かない顔をしていた。
たしかに、そう喜んでばかりもいられないか。まずは頼まれた救急箱を、持って行かねぇと。
「これですよねっ!? 救急箱!」
見える位置に並べられていたので、容易に救急箱を発見。吉報となっては知らせるも、駅員はどこか上の空に近い状態だった。
「あっ。はい。他にも水など、運んだほうが良いでしょうかね?」
距離を詰め反応を窺うと、逆に質問を飛ばす駅員。
「そうですね。とりあえず俺は、救急箱と水を一箱。持って戻ります」
どこか違和感を覚えた気もする質問。しかし構わず言葉を返すと、水が入ったダンボールを加えて持つ。そしてシェルター鉄扉前で待つ青年の元に、駅員を残し一足早く戻った。
シェルター出入口となる鉄扉前には、怪我の治療をしている青年。女の子の治療も最終段階のようで、膝にテーピングを巻いている。
「とりあえずですけど。救急箱と水を持ってきました」
「ありがとう。助かります」
水が入ったダンボールと救急箱を置くと、振り向き優しい口調で応える青年。
「本当にありがとうございました。ほら。お礼を言って」
「ありがとう」
隣にいる母親はお礼を言うと、促された通り女の子も続ける。
「よく頑張ったね」
青年が笑顔で返すと女の子は母親に抱き着き、二人は一礼をして下がっていった。
「治療道具あったんですね?」
「持ち歩いていた消毒液とテーピングだけですけどね。怪我も軽い擦り傷だったので。治療ができたんです」
答える青年を横に、駅員も帰還。水が入ったダンボールを重そうに運んでくると、二つ並べて床に置いた。
「はぁ。はぁ。私もこれ。水を持ってきました」
「ご苦労様です。これからどうしましょうか?」
息も切れ切れの駅員に、青年は労いの言葉を一言。先の読めない今後の展開に、最も対処を知るだろう駅員へ質問を投げかけた。
「…………そうですね」
しかしこの中年駅員はと言うと、ハッキリとした答えを出せず。視線を泳がせては、あたふたした状態だった。
駅などの公共交通機関や大規模な施設では、災害時のマニュアルなどあろうと考えられる。しかし駅員のあたふたした対応では、マニュアルを知っているのかも定かでなかった。
さっきの違和感の正体は、これだったのかもしれないな。
マニュアルを知っていれば、ただの一般人である俺に。意見を求めたりするだろうか? そう考えると、『この人はなんだか頼りない』そう思えてしまう。
「防災倉庫には水や食料があるんですよね? それなら配給を行ったほうが良いかもしれませんね。お腹が空くと、人は短気になるとも言いますし」
返答しない駅員を見兼ね、青年は一つの案を提示。
その提案に駅員は何の反論もなく、首振り人形のよう縦に頷いている。
「では、そちらはお願いします。僕は怪我人の治療にあたりますから」
救急箱を持ち、治療にあたると青年。
もはや、この人がリーダーのような感じになってしまったな。
まぁ、これはこれで頼もしい気がする。いや、むしろそのほうが良いとさえ思う。
「配給なら人手が必要ですよね? 俺も手伝いますよ」
配給という、誰でも手伝えそうな案件。そのため再び手を挙げると、青年は笑顔を見せて口を開いた。
「自己紹介がまだでしたね。僕は
「そうでしたね。俺は一ノ瀬蓮夜。
「私は札幌駅の駅員で
年齢も職業もその他の共通点もないが、奇しくもこの場に居合わせた三人。
「こんな状況ですが。お互い協力して頑張りましょう」
一通りの自己紹介を終えると、閉めの言葉を言う青年改め畑中さん。
そして駅員の松田さんとともに、配給の準備をするため防災倉庫へ向かった。
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