第3話 閉ざされた空間1
光る飛翔体は白い尾を残し、上空を一直線に進み続けている。そして――――目が眩むような凄まじい光を発すると、耳を塞ぎたくなるような爆発音を響かせた。続けて大気を揺るがすような振動。衝撃波を受け、ビルの窓ガラスは砕け落ちる。
突然の出来事に周囲の人々は混乱。その場に頭を抱え座り込む者。慌てて逃げ出す者と、悲鳴が飛び交い対応は様々。
「空を見ろ! また来るぞ!!」
男性が叫び指差す上空には、光る飛翔体が複数。
頭を抱え座り込んでいた者は、連れと思われる人物に手を引かれ。『流れ星だ!』と叫んだ男の子は、母親であろう女性に持ち抱えられ走り去っていった。
こういうときこそ、冷静に判断しねぇと。
慌てず冷静さを保つよう言い聞かせ、知りうる全ての情報を頭の中で整理する。
飛翔体は目に見える範囲で、三つある。これは地上に届くのか? さっきは上空で爆発したようにも見えたけど。次もそうなるという保証はない。となると、地上を走って逃げるのは危険か。
ハルノたちの安否も気になるところだけど。この混乱の中で見つけ出すのは不可能だ。助かる確率を高めるなら、地下に行くしかない。
判断に至るに思考したのは、実に数秒程度。緊迫した状況下となり、頬に冷や汗が流れ落ちるのを感じる。
不安や恐怖に押し潰されぬよう、気を落ち着かせるため深呼吸。決断すると身を翻し、駅構内へ向い走り出した。
***
駅の出入口となる場所では、混乱した人々が右往左往。脱出を図ろうとする者と、逃げ込む者で乱れていた。
交差する人と肩がぶつかりながらも、改札を通過し階段を下りて地下へ。そこに再び大きな爆発音と、今度は地震のような大きな揺れが発生。
地上に落ちたのか? 外は大丈夫なのか? ハルノたちは無事なのか?
転ばぬよう手すりに掴まり、様々な心配事が脳裏を過る。しかし何もわからぬ状況下では、自身のことで手一杯だった。
混乱の中で安全地帯を求めて彷徨い、階段を下りて行き地下二階。人の姿が次第に少なくなる中、一人の男性が腕を大きく回し何かを叫んでいる。
「この先はシェルターになっています! 急いでこちらに避難してください!」
シェルター。それなら助かるかもしれない!
絶望的な状況の中で、一筋の光を見た気分だった。腕を回し叫んでいるのは、白いジャケットに黒縁の眼鏡をかけた青年。隣には緑色の制服に制帽と駅員らしき中年男性もいて、どうやら二人は避難誘導をしているようだった。
シェルターと思わしき場所には、大きく頑丈そうな鉄の扉がある。そこに避難誘導を聞いて駆けつけたのだろう。同じように避難しようと数人が集まってきた。
「早く中に入ってください! もうすぐ扉を閉めます!」
強い口調の青年に促されると、人々は続々とシェルターの中へ。
駅員は人が残っていないか。確認しているのだろう。顔を何度も横に振り、視線を飛ばしている。
「きゃあっ!」
「うおっと!」
しかしそこへまたも大きな揺れが発生し、女性に男性と性別問わず驚きの声を響かせる。
「おい! ゴラァ! 駅員! 何をやってんだ!? 早く扉を閉めろやっ!!」
背後から響いてきたのは、威圧的な男の声。
「扉を閉めます!」
慌てた駅員は周囲を確認し、一言。シェルターの鉄扉は重みある音を響かせ、外界を遮断するよう完全に閉ざされた。
***
閉ざされた空間のシェルターは、全体がコンクリートで固められている。それでも天井は高く余裕もあって、圧迫感や息苦しさといったものはない。大きさや広さとしては、体育館と同程度にありそうだった。
天井に取り付けられる電球は、最低限の数と言えるのだろう。広い空間の全体に光は行き届かず、薄暗くなっている場所も目につく。シェルターには避難してきた人々。寿司詰め状態とは言わないものの、すでに多くのスペースが埋まっている状況だ。
「おい駅員! これからどうなるんだっ!? いつになったら外に出られんだよっ!?」
扉が閉ざされ未だ騒然とする中、再び威圧的な男の叫び。
外界と遮断され不安に呼応する人々は――――
「このままずっと閉じ込められたままなのか?」
「助けはくるの?」
と不満を口にし、にわかに騒ぎ始めた。
本当……どうなるんだよ。これから。
周囲には家族や友人の安否を確認するためだろう。スマートフォンを手に取り、電話をかけようと耳に当てる人。メールやSNSの使用だろう。何度も画面をタップする人たちの姿が見える。
その姿に見習ってスマートフォンを手に取ると、画面に表示されたのは見慣れない【圏外】の文字。電波が届いていないのか。これでは外部に連絡できるはずもない。電波の繋がらないスマートフォンでは、暇つぶし機能付き時計程度の役割しかないだろう。
今の時代。基地局の通信エリア拡大で、地下だろうが圏外になるなんてまずない。と聞いたことがあったのだけど。とてつもなく田舎ならあるのだろうか? というレベルの話じゃなかったか。
だけど、ここは札幌駅という……札幌でも中心に位置する場所だ。数年前は繋がり難いと言われた地下だろうと、簡単に圏外へなることなんて……まずないはず。
電話やSNSを通じて人と繋がることが多くなった現代人にとって、他者と連絡が取れなくなったことは不安でしかないだろう。周囲の人たちはあたふたとして、かなり焦っている様子だ。
電話やSNSという手段に、依存してなかった身。スマートフォンが使えなくなったとしても、あまり問題はない。だとしても他の人たちと同様に、家族や友人が心配であることは例外でない。
みんな無事だと良いけど。今は祈るしかない。
周囲に言いようのない不安が渦巻く中。質問を投げかけられた駅員は、オドオドと困り果てている様子。
こんな状況下で一人に頼るのは、かなり酷な話だろうけど。
非常時の災害マニュアルとかもあると思うし。俺としても聞きたいところだ。
何も答えない駅員の対応に業を煮やしてか。後ろから人を押し退け、叫びを発しただろう人物が姿を現す。
目立つ派手な金髪に、鼻には大きなピアス。穴の開いたダメージジーンズに、ボタンを全開にしたグレーのジャケット。着用する白いシャツはドクロを抱え、手元には十字のタトゥーが刻まれている。
目つきも悪いし。いかにもヤバそうな奴が出てきたな。普通に一線を引いて、敬遠したくなるタイプだ。
「おい。どうなるかって。聞いてんだろ?」
低い声で威圧的に迫るその対応は、今にも駅員に掴み掛かりそうな雰囲気。周囲にいる人々もその様相に畏怖してか、誰もがこの男から距離を取っている。
しかしそんな中。避難誘導をしていた青年は、事を諫めようと二人の間に割って入った。
「落ち着いて話しをしましょう」
「なんだ? テメェは? どう見たって、オレは落ち着いてんだろ?」
宥める青年に対し、威圧的な対応を続ける金髪鼻ピアス。
しかし青年は全く臆すことなく、今も落ち着きのない駅員に顔を向けた。
「落ち着いてください。こういう緊急時。災害用のマニュアルとかありませんでしたか?」
優しく接する青年に、落ち着きを取り戻していく駅員。駅員はシェルター鉄扉横のボックスを指差し、用途の説明をするべく口を開いた。
「シェルターの扉が開閉されたときには、管制室にその情報が送信されているはずです。ですから外の安全が確認されれば、ボックスの電話に『問題ない』と連絡がくるはずです。一応こちらから連絡も可能ですけど。マニュアル的にはそのように……」
「連絡はどのくらいでくるか。わかりますか?」
「通常なら数時間以内かと。遅くても一日以内にはくると思いますが」
青年の上手い合いの手もあって、ぎこちなくも駅員は懸命に説明を果たした。
「外部から連絡がくる手筈になっているようですね」
金髪鼻ピアスに顔を向ける青年。予期せぬ割り込みに、金髪鼻ピアスは言葉を失っている。そして面白くなさそうに舌打ちをしては、黙ってシェルター奥へと下がって行った。
早くて数時間。遅くて一日後か。俺としてはあの状況下で、簡単に連絡がくるとは思えないけど。
そもそも『通常』って、どんな場合を想定しているんだ?
金髪鼻ピアスの姿が完全に見えなくなると、不安に覆われた人々の前に青年は立つ。
「みなさん! 遅くても明日には! 外部から連絡がくる手筈のようです! 話が聞こえた方は、後ろの人たちにも情報を伝えてあげてください!」
大きな声を発し、青年の懸命な訴え。騒ぎ始めていた人たちも、話を聞いて冷静さを取り戻したようだ。
声が届かなった後方へ、内容を知らせる伝言ゲームが開幕。全員が協調し一体感ある行動。不安や不満に支配されかけた空気は、実を伴った話により少し落ち着いたよう感じられた。
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