第2話 真昼の流星

 岩見沢は人口約八万人と決して大きくはなく、だからと言って田舎と呼ばれるほど小さくない街だ。北海道で一番大きな都市と言われる札幌までは乗り換えなしの電車一本で行け、普通なら約四十五分。特急なら三十分もかからずに行ける。交通機関の面では、そこまで劣っていると言えないだろう。

 しかし人口八万人の街とは言え、駅前は賑わいに欠けている印象。今日は休日なので、平日と比較し人は多い。それでもシャッターの閉じた駅前商店街。やはり都会と比較しては、閑散と言っても他ならない。


「駅が見えたわね。予想より早く着いたんじゃない?」

「だな。時間に迫られ慌てるのも嫌だし。早く電車に乗っちまおうぜ」


 ハルノが視線を向ける岩見沢駅は、昭和の名残りある商店街と一線を画したデザイン的な建物。建物自体も大きく一階は主にレンガ造り。二階と三階および自由通路は大部分がガラス張りとなっており、駅前の風景を一望できる構造となっている。

 改札は二階にあるので、エスカレーターに乗って移動。頭上に発車時刻が表示された電光掲示板が現れる。そこには乗る便は何時に発車かと、確認のため立ち止まる人。椅子に座ってただ時刻を待つ人や、券売機で切符を買う人の姿もチラホラ見える。


 俺たちが乗る札幌行きの電車は、三十分に一本か。一度でも逃すと、次までの待ち時間が結構あるな。

 でも、そこまで利用者が多いってわけでもなさそうだし。仕方のない話か。


 電光掲示板を見て発車時刻を再確認。待合室にいる人の少なさから、便の間隔にも納得。

 十一時の発車時刻が迫っているので、ハルノは改札機にICカードを当て通過。後に続くため、財布を取り出そうとポケットに手を入れる。


 あれ? いつも定位置にあるはずの……財布がない。


 慌てて他のポケットを探り確認するも、どこへ行ったのか。財布は見つからなかった。


「どうしたの?」

「財布を……家に忘れたみたいだ。ICカードも……財布の中だ」


 改札を通過しないことに不自然さを覚えたハルノは問い、見つからない財布に焦り絶望しながら答えた。


「はぁ!? 何をやっているのよ!」

「財布がないと何もできねぇし。俺は……財布を取りに行ってくるよ」

「もうっ! それなら私も戻るわ!」


 今にも改札を逆走しそうな勢いのハルノ。それはルールに反してマズい。そのため手を前に出し、思い留まるよう制止させる。


「啓太も先に行ってるだろ! 俺のせいで待たすのも嫌だから! 先に行っててくれっ!」


 先に行くよう促し説得するも、ハルノは不満そうな顔をしていた。それでも仕方ないと諦めたようで、首を縦に振っては渋々納得した様子。

 となれば一分一秒を無駄にしないよう反転。不本意ながらも今一度。自宅へ戻るために動き出す。


「北口前で待ってるからねー!」


 振り向き際に、ハルノの叫ぶ声が聞こえた。

 後ろを見ず手を挙げて応え、駅を出て全速力で走り始めた。


 クソォ……。最悪だ。次の電車までは約三十五分としても、急いでも間に合うか際どいところ。


 不注意によるミスを嘆きつつ、元来た道を全力で疾走。徒歩で約二十分という道のり。途中の信号で一度捕らわれるも、体力を気にせず全速力。その結果約半分の十分弱という時間で、自宅に到着した。

 全速力の代償として体力を失い、上がった息を整えるため玄関前で一呼吸。大きく息を吸い込むと即座に自宅へ入り、一目散に財布があるだろう自室へ向かう。


 やっぱり、ここだったか。


 机の上には無造作に置かれた、黒色の財布があった。

 即座に手に取ると急いで自宅を出て、今度はスマホの画面を確認。表示された時刻は、十一時十分。


 あと二十分か。走れば間に合いそうな時間だけど。余裕はなさそうだな。


 判断したと同時に、再び駅へ向かい走り出す。押し返されるような向かい風を全身に受けつつ、なんとか発車時刻に間に合う形で駅に到着。

 とは言え時間的余裕は決してない。そのため急いで改札を通過し、乗降場へ向かう。すると息を整える暇もなく、長い車列の札幌行き電車が到着した。


 危ねー。ギリギリだった。


 体力を回復させるため、一刻も早く休みたい。そのため最も近くに停車した三号車へ乗り込み、座れそうな座席を探す。


 席が空いているといいけど。


 三号車は特別料金が必要なグリーン車と異なり、一般的なリーズナブル価格の普通車両。二人掛けの座席が目的地に向かい、左右十席ほど並んでいる。

 しかし休日だというのに、空席は多数ある様子。混雑と程遠い状況となれば、車両の中央付近で座席を確保。ハルノから預かった袋を隣に置き、心労から解放され胸をなで下ろした。


 っつーか。この袋。戻る前にハルノに渡して負担を軽くするか、そのまま家に置いてきても良かったな。


 今更ながら預かり物の袋を見つめて思うが、何を考えても今となっては後の祭りである。

 座った席の窓からは、外の景色がよく見えた。しかし見えるは、途切れ途切れに存在する民家と広がる田畑。変化の乏しい景色は目を惹くものまるで無く、退屈にも思える時間をぼんやりと過ごす結果になった。



 ***



 札幌駅に到着すると袋を肩に掛け、合流場所となっている北口前を目指す。


 ただでさえ遅れて二人を待たせているからな。これ以上となったら、どんな文句を言われるか。

 とは思いつつも、現在地がどの辺かよくわからないな。まずはなんとかして、出口を探さねぇと。


 札幌駅。いや札幌を訪れたのは、この一年で三回程度。そのため土地勘もなければ、駅構内の構造もほとんど把握していない。

 そのため乗降場では、人の多さに圧倒。岩見沢と比較し都会感を感じつつ、改札を目指すだろう人波に飲まれた。


 やっぱり札幌は人が多いな。地方とは別物ってことか。


 地下へ導かれると、行き交う多くの人々。しかし依然として人波に飲まれたまま、脱出すること叶わず。流れに身を任せる展開。

 それでも運良く出口となる改札機を発見。ICカードを当てて通過し、道の端で一呼吸を置ける状況となった。


 とりあえず改札は通過できたけど。相変わらず出口がどこかわからねぇ。


 駅構内の主要通路には、小さな露店と百貨店へ繋がる出入口。どちらにも人が多く集まっており、駅へ向かう者も加わって混雑している状況だ。

 しかしそれでも、立ち止まっているわけにはいかない。覚悟を決めて足を踏み出すと、新たな人波に飲まれた。人波は光差す出口へと進み、案内標識や看板に気づくことができなかった。


 やっと……外に出られたぜ。


 開けた札幌駅前には、行き交う多くの人たち。

 目の前には全面ガラス張りの先進的なデザインドーム。スマートフォンを片手に、待ち合わせをする人々。その中から、ハルノたちの姿を探す。


 これだけ人がいると、見つけ出すのが大変だな。北口前って情報だけでは、情報不足なのは間違いない。

 と言うか、ここが北口で合っているのか? 


 疑問を抱くと振り返って札幌駅を見る。駅には【札幌駅南口】と書かれていて、隣の時計は十二時過ぎを指していた。


 これは……反対だよな。


 知らずとも進めば二分の一で正解となる道も外れ。それに今日は財布も忘れるはで、全てが上手く行っていない。

 不運が続いては肩が落ち、自然と気分も盛り下がってしまう。


「あっ! 流れ星だ!」


 小さな男の子が無邪気に空を指差し、近くにいる女性の手を引いた。

 声が耳に残りつられて空を見上げると、高層ビルの頭上に眩く光る飛翔体が映った。


 四月二十日。十二時二十分頃の出来事であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る