土に替わる苗床を狩る者

志々見 九愛(ここあ)

第1話

 ぼくは和田。狩り人として生計を立てている。早くに両親を失って12歳から仕事を始めたため、22歳にしてそこそこのベテランだ。


 ちょうど今はドラゴラ狩りの夜の最中で、パートナーと共に、目の前のドラゴラを狩ろうとしているところだった。


「ちょっとッ! 不用意に近づかないで!」


 ぼくが言うと、佐藤は平謝りしてきた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。せんぱい、しゃぶりますから許してください……」

「えっ、なにそれくさそう」


 今、ぼくたちの目の前で仰向けて横たわっているのは、よく洗ったゴボウのように痩せこけて萎びている、典型的な被寄生者だった。彼はぶかぶかになってしまったブルー・ジーンズの股間部に、大きなテントを作り、ほぼ絶命していた。


 チンドラゴラ。


 彼の者に巣食いしそれこそ、ぼくらが狩らねばならない人の中にある悪夢だ。本来は土に生え、そうであるべき根菜の類である。


 ぼくは我が師の言葉を思い出す。

 チンドラゴラは男の股間にしか存在しない。それは、ついに守れなかった過去の誓いであり、あるいはチンドラゴラはこれを求めるだろう。だが、知らぬ者よ。かねてチンドラゴラを恐れたまえ。


「よし、じゃあ佐藤さん、手筈通りにやってみてよ」

「わかりました、せんぱい」


 佐藤は脂ぎった海藻みたいな髪の毛をかきあげて、ゴムで縛った。そしてフェイスガード付きのメットを被る。


 お互いに、悲鳴キャンセリング機能付きのヘッドホンを装着した。


 彼女はデブだが、貧乳であった。膝立ちで被寄生者に近づいていき、ブルー・ジーンズのボタンを外すと、ジッパーを下ろした。中に穿いているボクサーパンツごとずり下ろしていくと、チンドラゴラは直立への張力によって、ぴぃんと天に向かってそそり立った。


 それはあきらかに根菜類の一種に見える。被寄生者の、そこにあるはずの棒と毛は無く、代わりに青ざめたニンジンがある。それは人の顔を持つようにも見え、あるいは、干からびた老人が苦痛に叫ぶかのよう。


「500ミリリットル缶級か。かなり大きい」


 佐藤は珍妙な顔をチンドラゴラに向ける。彼女は呼気を荒げ、肩を上下させていた。膝立ちでさえ、デブには過酷な運動なのだろう。


「はい、せんぱい」

「ここまで大きいものは、もはや引き抜くのは不可能だよ。寄生された人には申し訳ないけど、チンチンごと切り落としてしまおう」


 チンドラゴラの根は大きく育っているが、まだ蕾すら付けていないようだ。つまり、この被寄生者には、まだ生存の可能性が残されている。だが、性依存の可能性は、今後一切その機会を失うことになるだろう。


「はい、せんぱい」


 ぼくは工具箱から佐藤にドラゴラ狩りの鋸を手渡した。

 チンドラゴラは、引き抜かなければ叫ぶこともない。


 佐藤が、頭髪のように見えるドラゴラの茎を掴んで、軽く引っ張り上げる。そして、根元あたりに鋸の刃を当てた。

 ほんの数秒でチンドラゴラは切り落とされたのだった。


「初仕事、完了おめでとう」

「ありがとうございます、せんぱい」佐藤は血のしたたるチンドラゴラをガン見しながら続けた。「あの、これ、記念に持って帰ってもいいですか」


 佐藤は女だし、これを玄関の花瓶に挿したりしても、まだ花も付けていない段階なので再寄生しない。できるようになる前に枯れる。男のチンチンに直接するならその限りではないが、彼女にそんな相手などいない。なので持って帰っても実害ほぼ無いだろう。


 だが、ぼくはシンプルにそういうことをするデブが嫌いだった。


「だめ。ギルドの買取に出すこと」

「ごめんなさいごめんなさい」

「じゃあ、ぼくは帰るね。あとはよろしく」

「ご指導ありがとうございました! せんぱいっ!」




 帰宅したぼくは、自分まで汗臭くなってしまったような気がしたので、熱いシャワーを浴びて念入りに体を洗った。


 どちらかといえば、ぼくは個人プレーを好む。とはいえキャリアもずいぶん長くなって、こうやって後輩の育成もしていかなくてはならない立場になってしまった。


 本来は喜ぶべきなのだろう。出世したと言うことなのだから。




 翌日、狩り人ギルドに顔を出すと、デブが悩ましげに掲示板を眺めていた。


 指導をお願いされると面倒なので忍足で近づき、気づかれないようにクエストを確認するつもりだったのだが、彼女の肩幅があまりのも大きかったため、振り返りざまにぶつかってしまった。


「あっ、せんぱい!」

「チッ」


 思わず舌打ちをしたが、弾けんばかりの笑顔を向けてくる佐藤の姿を見ると、少し違和感を覚え、それがすぐに何であるのかに気づいた。


 こいつ、少し痩せている。


 おそらく、昨日の今日で会っている人間でなければ気づかないほどの微小な変化だろう。体のむくみが取れたとか、そういうレベルの変化だ。


「せんぱい、このクエストなんですけど」

「昨日ぼくが教えた通りにやれば、一人でも大丈夫だと思うよ」

「はいっ! ありがとうございます、せんぱい!」


 彼女はすでに脂汗をかいていた。デブにとって、喜怒哀楽のお気持ち表明は、ハイ・インテンシティ・インターバル・トレーニングに等しいらしい。


「頑張ってね」

「はいっ! ありがとうございます、せんぱい!」


 ぼくは彼女を見送り、すっかり気持ちが萎えてしまったので、ギルドのカフェでコーヒーを一杯飲み、顔馴染みの狩り人と世間話をしてその日は家に帰った。


 この仕事で生計を立て始めて10年くらいだが、あまり休暇をとったりしたことがないので、貯金はたっぷりあった。1日くらいはサボっても大丈夫、と自分に言い聞かせる。


 でも、こういう日が立て続けに一週間も続いてしまった。佐藤を見、やる気がなくなって家に帰るという生活。でもまだまだ、蓄えはあるから……。


 そして、佐藤は痩せ続けた。

 デブが痩せるなんてことが、この世にあり得ていいのだろうか。デブに許されるのは、死ぬことだけではないだろうか。


「いや、まさかね」


 ぼくは一人コーヒーを飲みながら呟く。


「まさかねーって、どうしたの?」

 同僚の田島がラージサイズのカフェラテとともに正面に座ってきた。


「なんかね、最近、佐藤さん痩せてきたかなって」

「それがまさかって、あんた失礼すぎない?」

「あり得ないと思うし」

「いやいや。好きな人でもできたんじゃない? 頑張ってるんだよ、きっと」

「ふうん」


 田島の言うことは、一理あるようにも思える。だが、本当にデブが痩せられるなら、この世にデブはいないはずだという命題を解決できていない。


 ぼくは、その理に基づき行動しようとしている。デブが痩せるなんて絶対にあり得ない。


 立ち上がると、田島は残念そうな顔をして言った。

「狩りに行くの?」

「最近サボってたしね」

「いってらっしゃい」

「さくっと終わらせてくるよ」


 ぼくは食器を返却し、工具箱を借りてギルドを出た。


 外の天気はあまりよくなかった。これから、ぼくのドラゴラ狩りの夜が始まる。鋸は、夥しい血に塗れながら処刑人の家系に代々受け継がれた。いまや尽きぬドラゴラの怨嗟となり、血の触媒がそれを召喚するのだ。


 今朝、佐藤が受けたクエストのことは知っていた。


 その足跡を追うように、街へ。スマホで地図を確認しながら進んでいく。


 電車のガード下から少し離れた路地裏に、あのデブはいた。打ち捨てられたみたいに失神している被寄生者の二人と対峙していたのだった。


「どう、上手くいってる?」

「あ、せんぱい! どうしたんですかぁ?」


 彼女はのっそりとこちらを向いた。


「きみに頼みたいことがあって」


 辺りを確認すると、ひと気もないし、滅多なことでもなければ誰も来ない感じだった。

 ぼくはズボンとパンツを下ろして、彼女に近づいていく。


「あ、そういうことですね、分かりました!」


 まだ狩りを全うしていないにもかかわらず、彼女はこちらに近づいてきた。


 そしてぼくの股間に食いつかんばかりに前のめりになってくる。


 ぼくはその後頭部を見下ろし、触られる前、頸椎に手刀をお見舞いする。


 ぐべら、みたいな声を上げて、デブが倒れた。


 少し萎びたとはいえ、まだ重量のある彼女の巨躯を頑張ってひっくり返し、他の二体の被寄生者と比べてみる。体格差と性別の違いはあれど、共通点として、股間部のピラミッドを持つ。


 女に寄生してしまったドラゴラ、根菜の類。


「マンドラゴラ」


 非常に珍しい事象だった。かつて師の話に聞いたことがあるくらいだ。


 防音具を頭に装着して、ぼくは彼女のズボンを脱がせた。贅肉の沼におパンティが埋まっていたが、これに触るのは便器に手を突っ込むようであり、不可能だった。


 工具箱からドラゴラプーラーを取り出して、彼女の股間に装着した。これは三本の爪をマンドラゴラ本体に食い込ませ、紐で引っ張り抜くというシンプルな工具だ。


 プーラー先端の穴にワイヤーを通して、背負うみたいに持った。ワイヤーは手に巻きつけているので、しっかりと引っ張ることができる。


 踵を返し、一つ深呼吸をする。


 そして、まるで大剣を振り下ろすみたいに、体を思い切り前に屈折させた。


 引きちぎれたおパンティを被ったマンドラゴラが、悲鳴を上げながら宙を舞った。もちろん聞こえないが。


 ビクンビクンしているデブを見下ろす。


「きみは正しく、そして幸運だ」


 そのうち彼女も目を覚ますだろう。そして、やり残しているドラゴラ狩りを全うするはずだ。


 果たして、彼女は自分にマンドラゴラが寄生していたことに気づいていたのだろうか。いや、新米とはいえ彼女も狩り人、当然知っていただろう。


 だが、マンにドラゴラを接木・寄生させて、痩せようなどと考えていたのだとしたら、それはひどく愚かなことだ。デブは痩せてもデブ、その事実は永久不変である。


 ぼくは下ろしっぱなしだったズボンを上げて、その場を後にした。

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土に替わる苗床を狩る者 志々見 九愛(ここあ) @qirxf4sjm

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