魔法少女は辞めました

玄柳るか

出会い

子供の頃、憧れていたことがあった。

みんなを幸せにできる存在。強くて、かっこよくて、だけどとても可愛い。

日曜日の朝が待ちきれなくて、平日の朝は寝坊ばっかりなのに、目覚ましが鳴るよりずっと早く起きてテレビの前でわくわくしながら待っていた。

歳を重ねる毎にどんどん周りからは同じ好きを共有できる人がいなくなっていった。

「高学年になってもそんなの好きなの?」と友達に言われて、傷ついて、好きだということを隠した。

そして、中学生になった初めての夏休みを前にして私の運命は変わった。

それから、十年が経ち、あの時のキラキラした気持ちを過去に置いて、今日も私は現実を生きる。


ピピピ、と断続的に鳴り続ける目覚まし時計を半分意識が沈んだ状態で止める。

布団から腕だけを出すとチェストの方に伸ばして眼鏡を探る。何度か移動させているうちに指先がこつんと触れた。たぐり寄せた眼鏡を掛け、ようやく布団から顔を出して時計を見る。

朝の九時半。平日だったら確実に青ざめてる時間だが、今日は日曜日だ。

起き上がると大きく伸びをした。

緑色のカーテンからは太陽の光が透けて、部屋の様子が見える。

全体的に緑とか茶色とかで構成されているこの部屋は、華恋にとってとても落ち着く。

寒さに肩をふるわせながらもベッドから降りて、のろのろと一階に降りていく。

洗面所で洗顔と、簡単なスキンケアを済ませるとリビングへ向かう。

「あら、おはよう華恋ちゃん」

「んー、おはよう」

ソファーに座り紅茶を飲んでいた母が振り返る。

二十四になった娘を未だにちゃん付けで呼ぶのはどうなんだ、とは思うが、恥ずかしいからやめて欲しいと言った時、「だって折角可愛い名前なのに」の一点張りだったのでこちらが折れることになった。

「朝ご飯作るわね」

「んー」

母はソファーから立ち上がるとリビングの奥につながっているキッチンに向かう。

交代するようにソファーに座り、テレビに視線を向けると、子供向けのアニメがやっていた。

今流行っているらしいシリーズものだ。

魔法少女が悪の組織と戦うストーリーで、子供もともかく大人にも人気らしい。

何故かというとそれはこの魔法少女は実際に「居た」魔法少女をモチーフに描かれているので、当時子供だった現大人には懐かしくもあるのだろう。

ピンクのふわふわした髪をなびかせた少女がマスコットキャラクターと一緒に悪者に立ち向かっているところだった。

「お母さん、チャンネル変えるよー」

リモコンを持って適当なチャンネルのボタンを押そうとしたところで、後ろから不満げな声が聞こえる。

「見てるから変えないで」

「えぇ?」

キッチンの方をみると母が頬を膨らませていた。

「だって面白いのよ」

「いや、子供向けアニメでしょ」

「華恋ちゃんだって昔好きだったでしょう?」

「昔ね…」

確かに昔、あの手のアニメが大好きだった。でも、もうそれは何年も前の話だ。

『きゃぁあああ』

画面の中の魔法少女が悪者の攻撃で吹っ飛ばされる。

『フラワー!』

マスコットキャラクターが魔法少女の名前を呼んだところで指が勝手にチャンネルを変えていた。

「あー!酷い、変えないでっていったのに」

「だって見たい番組あるし」

「もー。いいもん、華恋ちゃんのスクランブルエッグにお砂糖たっぷりいれるんだから」

「お好きにどうぞ」

甘い物は嫌いじゃ無い。むしろ好きな方なのでいい。

テレビで流れているよく分からないトーク番組を見る。別に、見たい番組なんて無い。

ただあのアニメを見ていたくなかっただけだった。

「ご飯できたわよ」

「はーい」

ソファーから食卓へと移動する。カリッと焼けたトーストにサラダにベーコンとスクランブルエッグ、それからヨーグルト。

朝ご飯は大事、という母のポリシーに従い、花守家の朝食は少し多い。

いつの間にかソファーに戻っていた母は、アニメ番組にチャンネルを戻すことはせず、画面に映る若手俳優をみて「あ、この子格好いいわよねー」なんて暢気なことを言っている。

華恋は俳優にさして興味も無いので「なんか恋愛映画とかでよく見かける顔」ぐらいにしか思ってない。

恋愛映画は友達との付き合いで見に行くことはあっても、あんな恋愛したーいとか一切思わない。

むしろ恋愛はめんどくさい。なんて、この歳で思っているので周りからは「おばぁちゃんっぽい」と言われていた。

大学を出て二年、とあるアパレル会社のデザイナーとなって女性物のブランドを担当している。

だから、アイドルなら男性物より女性グループの方に目が行く。フリフリで、キラキラのかわいい洋服。

そういう物に対する憧れはある。

しかし華恋本人は今時髪も染めずに、外でも分厚い眼鏡のまま。

高校生の頃から陰では笑われていたのを気づかないふりでやり過ごしていた。

「ごちそうさま」

食べ終わった食器を台所に持って行って洗っていると母から声がかかる。

「そう言えば早起きだけど今日はお出かけなの?」

「うん。鳴海と映画」

「そうなの」

鳴海は高校時代からの友達だ。学部は違えども大学も一緒だったので仲が良い。

何度か家に遊びに来たこともあるので母も知っている。

洗い物を済ませると華恋は部屋に戻った。

クローゼットから適当な服を見繕って着替える。

季節は春に変わろうとしているがまだまだ寒い。オフホワイトのニットに、ブラウンのミモレ丈のスカート。

飾りっ気も何も無い、シンプルと言えば聞こえの良い、味気ない服だ。

別にそれでいい。

化粧も簡単にファンデーションとアイブロウ、無難なブラウンシャドウ。リップもチークも色味は抑え気味で。

コートと鞄もさっと準備を済ませて出かける支度は万全だ。まだ時間に余裕があるな、と手持ち無沙汰に部屋を見回して机の上に目が行った。

資料に準備したイラストと、昨日の夜考え込んでいたデザイン画の紙が散らばっている。

どれもイマイチだな、と時間を置いても思ってしまうのだから、これらは没になるだろう。

深いため息を吐きながら机に近づき、散らばった紙を片付ける。没案といえども次の何かにつながるかも知れないので一応捨てないことにする。

入社二年、そろそろ三年が経とうとしているところで、ようやく一つ大きめの案件を任せてもらえることになった。

ものすごく嬉しいし、やっと夢に近づいたと舞い上がっていた。

それが例の魔法少女アニメとのコラボであると知ったとき、落胆も酷かったのだが。

「まるで呪いみたい…」

逃げても逃げても追いかけてくる悪夢みたいだ。

魔法少女を夢見ていたあの日は、もう忘れたいのに。

机の上を片付け終えると、コートと鞄を手に取って部屋を出た。



ショッピングモールに入っている映画館は、人であふれかえっていた。親子の姿も多いので、何か子供向け作品の映画でもやっているのかもしれない。

そんな人混みの中でも鳴海は見つけやすい。女性にしては高い身長もあるが、なんというかオーラがあるからだ。

壁際に佇んでいる鳴海を見つけて駆け寄ろうとした時だった。「あっ」

何の障害物も無い柔らかい絨毯に、華恋は何故か足を躓かせてしまった。

しまった、と額に冷や汗が浮かぶが、既に傾いた体はどうしようもない。

せめて地面じゃ無いことを幸いと思いながら顔面直撃を避けるために手を出した所だった。

「っと」

予想痛みはなく僅かな衝撃が肩にあっただけだ。

傾いていた体は状況を把握する間もなく元に戻された。

「怪我、ないですか?」

「あ、はい!」

ようやく誰かが支えてくれたんだと気づいて声の方を見ると、相手は同い年ぐらいの男性だった。衝撃で少しずれた眼鏡を直す。

その瞬間、目に入ったのは例の魔法少女アニメのキャラクターが描かれた、ピンク色の可愛らしいポップコーンの箱だった。ドリンクボトルにはマスコットキャラクターがついている。

顔が引きつるのを感じながらも、今はそれに気をとられている場合じゃ無いと呼吸を整える。

「助けてくれたんですよね、ありがとうございます」

お礼と共に頭を下げたが、男は素っ気なく「別に、たまたまなんで」と口にした。

「じゃあ俺はこれで」

引き留める暇もなく、男は行ってしまう。

「華恋!」

鳴海の声にはっとして視線を戻す。

「大丈夫? 怪我してない?」

どうやら転びかけたところの一部始終が見えていたらしい。

「大丈夫。助けてくれた人が居たから」

振り向いて男の姿を確認する。少し遠くからでも見つけることができた。その手に持っているピンク色の物が幻覚じゃなかったことにそっとため息を吐いた。

やっぱり、呪われている気がしてきた。

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