宇宙人と大切な本

 次の日。鏡の前で空は不思議そうにしながら私を見た。

「これが普通、なのか?」

 鏡の中には、灰色の艶やかな髪を緩く巻き、薄めのメイクを施した美少女が映っている。そのぱっちりとした瞳には、平凡な私の顔が映っていた。

「うん。これでもう、空のこと見て笑う人なんかいないはず。むしろ見とれちゃうぐらいだよ」

 実際私もそうだった。空の艶やかな灰色の髪は異質さと美しさが同居していて、強烈に惹きつけられるものがある。ぱっちりとした瞳ときゅっと結ばれた唇は、今人気の女優さんを彷彿とさせる。

「そんなものなのか……?」

 空は半信半疑といった様子だけれど、この時私はもう既にクラスの反応を見るのが楽しみだった。そして実際に、私の少し後から入ってきた空を見たみんなの様子は、私が予想していた通りになった。

「え、遠乃、さん……?」

 読者モデルをしていて、昨日一番空の格好を笑っていた桜木さんは目を丸くしている。呆気にとられている教室のみんなを気にせずスタスタと自分の席に着く空。私はもちろん、窓辺に立っていた。

 いつものように先生が来てから自分の席に座って、机の中を確認すると、変わっていたことがあった。本がなくなっている。赤波さんの方を見ると、一瞬目があってわかりやすく口角を上げた。ああ……多分今、あの本は赤波さんが持っているんだ。

 そう確信した私は、本を返してもらおうと赤波さんの元へ行くことにした。相手にされるかどうか分からないけれど、あの本はとても大事な本なのだ。無視されて終わりな気がしてもあの本を諦めきれない。

 中学生の時にたった一日遊んだだけなのに、とても仲良くなった不思議な仮面をつけた女の子。その子にもらった、想い出の本。とても大切なのに、何で昨日持ち帰るのを忘れちゃったんだろう。

 先生が教室を出ていくと、私は意を決して赤波さんに声をかける。

「赤波さん、私の机の中にあった本、知らない?」

 声が震える。どうせ無視されるだろうという諦めと、それでも本を取り戻したいという思いが行き交う。

「知らなーい。探したらどっかにあるんじゃない?」

 赤波さんは、私とは目を合わせずに前を向いたままそう言った。するとそれを合図に周りにいた女子がクスクスと笑い始めて、赤波さんもポケットに手を突っ込んで笑い出した。

 その反応に、私は分かりやすくうなだれた。もしかしたらもう、捨てられている可能性もあるのかもしれない……。

 私が立ち尽くしていると、後ろから空の声がした。

「そこにあるのは、瞳の本ではないのか?」

 空の指が差す方を見ると、赤波さんの鞄だった。中身が見えないはずなのに、何故分かるんだろう。

 空の言葉を聞いて、赤波さんは慌てたように鞄を確認した。しっかりとファスナーが閉じられている状態なのを見ると、そこで赤波さんの動きが止まる。

「言いがかりは止めてよね。でも、遠乃さんはそいつの仲間だってことは分かったわ」

 私達に鋭い視線を向ける赤波さんに、空は表情を変えずに言った。

「何を言っているのかは分からないが、取り敢えずその本は返してもらおう」

 言い終わらないうちに、空は右手を鞄の方向にかざした。赤波さんの鞄がわずかに動いて、私の本だけが飛び出てきた。私の手の方にゆらゆらと飛んできて、慌てて両手で受け止める。

「えっ、な、何が起こったの……!?」

 赤波さんは目を丸くして、ぽかんと口を開けている。気づけば、周りの一部始終を見ていた人達も同じように固まっていた。

 教室全体が騒然とする中、何とか誤魔化せないかと笑いを浮かべたけれども、そうはいかなかったのだった……。

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