宇宙人と掃除

 教室に戻ると、朝と全く同じ光景が広がっていた。

 私の席を使っているクラスメイト・赤波さんは私に気がついても素知らぬ顔で談笑を続けている。輪の中の何人かも微かに口角を上げていた。

 私はため息をつくと、窓際に寄って校庭を眺める。

 足音がして振り返ると、空がじっとこちらを見つめていた。数秒の後、自分の席へと戻っていく。

 早めに五限目の教科担当の先生が入ってくると、みんな慌てて準備をしだした。

そうして、いつもと変わらない日常が流れていく。真ん中の列の一番後ろに、宇宙人の女の子が来たことを除けば。それを知っているのは私だけ。ほんの少し、特別になれた気がしてそわそわする。

 先生の話を聞きながら窓の外の白い雲を眺める。綿菓子のようにもくもくとしていて、でも決して触れることは出来ない。空は、あの彼方先から来たんだ。

空についてまだまだ分からないことが多いけれど、ただ一つ、分かっていることがある。空はとても優しい子だということ。家に泊めているだけなのにとても恩義を感じてくれているし、約束も必ず守ってくれる。

 窓側の席から空の方をちらっと見る。空は、ただじっと先生の方を見つめていた。周りのみんながちょくちょくメモをとっているから逆に目立っている。

 征服したい……とは言っていたけど、征服ってどういう状態なんだろう。地球全人類が宇宙人に従うみたいな感じかな?考えてみても全くイメージがわかない。

 放課後になって、赤波さんと数人の女子が

「明片さん、掃除当番代わってくれない?」

 複数人で言われると、なかなかに威圧感がある。いや、一人でも変わらないかも。

「いいよ」

 私が素直にうなずくと、赤波さん達は口々に「ごめんねー、ありがとー」と、抑揚のない声で言い、カラオケで何を歌うかについて話しながら帰って行ってしまった。

 確か赤波さん達の担当はトイレだったはずだ。一人では骨が折れるけれど、やるしかない。私はため息をつくと、トイレに向かった。

 中に入るなり空の声が後ろから聞こえてくる。

「瞳、いじめとはなんだ?」

 あまりにも唐突で咳き込んでしまう。

「え、えっと……大まかに言うと相手を嫌な気持ちにさせる嫌がらせ、みたいな……?」

 なんだか見透かされているようで、しどろもどろになりながら言う。

「さっきのもいじめと関係あるのか?」

「うーん、まあ、そうだと思う……」

 私が煮え切らない返答をすると、空はトイレを見回して言った。

「恩人がいやな気持ちになるのは、いただけないな。掃除とやら、この私が協力しよう」

 そう言うやいなや、空は手を汚れた床にかざした。すると、出たゴミが袋にまとめられ、床も磨いた後のように綺麗になっていた。まさかと思って便器の方も確認すると、ピカピカになっている。

 得意げな顔をする空に対して、私は呆然としていた。

 確かに私は信じていた。空が宇宙人だと。空が家に来た日、信じていない私達に見せた宇宙人である証拠は、私達をすぐに納得させた。それでも、こんな風に力を目の当たりにすると思考が停止してしまう。

「瞳、どうした?」

 こちらを見る空の声が、いつもより少し遠くに感じた。

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