第3話 土のつけられた推理

「は? ドアを閉める?」

「いいから、いいから」

 俺は廊下のドアを閉めた。

 すると、いつの間にか彼はこの部屋に入り込んでいた。


「ふぅ。ありがと」

 彼は天狗の面を外して上目遣いで俺を見上げた。

 青年の目は大きく、目鼻立ちは整い、なかなかの好青年に見えた。天狗の面が全てを台無しにして、印象としては怪しさしか残らない。

「ふーん。なるほどね」

「な、なんだ。俺に会ったことがあるのか」

「いーや、初めましてだよ。初対面デス」


 彼は俺の横を通り過ぎ、同じように小早川と研究院を見つめたあと、ずんずんと防音室の方に歩いていった。

「おい、そっちはカギが無いと入れない……、ん?」

 扉の前で彼は突然姿を消し、数分後何事も無かったかのように部屋に現れた。


「やっぱりね。俺の思った通りだ」

「おい、事件現場を歩き回るな」

「俺の能力はさ、密室に入り込むことができるんだ」

「は?」

「だけれどその反面、。だから、廊下のドアを閉めてもらったんだ」

 廊下のドアが開いていたから、こちらに入れなかった?

 ということは、密室である防音室の中を覗いてきたということか?


 アホらしい。

 だが、マンドラゴラがこの世に存在するのなら、そんなバカみたいな能力もあるのかもしれない。

「ま、俺のことはいいや。とりあえずあなたの推理のおかしい点をあげさせてもらうよ」

 まぁ、ひとつやふたつじゃないけどね、と彼は笑いながら言う。


「まずさ、防音室は密室だったんでしょ? カギ穴からマンドラゴラの悲鳴が聞こえたって言うのは無理があるよ。それなら、研究室の他の部屋にいた人にも聞こえているはずでしょ? 他に死者はいないんだよね?」

「あ、あぁ。いない」

「ということは、マンドラゴラの悲鳴は防音室の外には漏れなかったと考えるべきだよ。マンドラゴラは防音室の中にあって、防音室の中で引っこ抜かれたことは確定だ」


「なら、被害者の耳栓はどう考えるんだ?」

「それは後で処理しよう。防音室の中でマンドラゴラが引き抜かれたと考えると、一体防音室の中のマンドラゴラを引き抜いたんだろう?」

 防音室にはカギがかかっている。カギを使わないと防音室の中には入ることが出来ない。防音室の外にいる被害者には、防音室の中に入ることができないから、引っこ抜いたのは被害者では無い。カギは被害者が死ぬ30分前に返却されているからだ。

「だから、それはヒモを使って被害者が外から抜いたんだ」

「うん。被害者が外部からヒモを使って引っこ抜いたとすると、決定的におかしい事があるよね」

 決定的におかしい事?

「なんだ、それは」

「防音室の中を調べた時のことを思い出してみてよ」


>そこまで部屋は広くない。マンドラゴラを収穫するためだけの一室とのことだから当然か。

 見渡してもに、小さな人形のようなものが置かれていた。長く平たい葉の下に、人型の根っこが繋がっている。この大根のような植物がマンドラゴラなのだろうか。


「マンドラゴラが引っこ抜かれたなら、マンドラゴラが植わっていた土が無いとおかしいよね」

「た、たしかに」

 しかし、防音室には土のような物はなかった。つるっつるの床タイルが敷き詰められていただけだった。

「マンドラゴラの悲鳴は外に出ていないんだから、悲鳴で呪殺した被害者がいる以上、マンドラゴラは確実に防音室内で引き抜かれたはず。それなら、土が無いのはおかしい。つまり、犯人が偽装したんだよ。土を掃除したんだ」

「掃除……」

「でも! 防音室のカギは返却されているじゃないっスか! 犯人だって、どうやって防音室の中に入り込むことができたんですか!」

 小早川がツッコミを入れる。

「そうだね。確かにその通り。不思議だよね」

 防音室のカギは被害者が持ち、それを所長に返却していることから、被害者は防音室の中にはいなかった。死者は歩いて防音室から出ることは出来ない。犯人もまた、カギを持っていなかったから防音室の中に入ることはできなかった。扉を開けられなければ、防音室の中の土を掃除する、偽装ができない。


「だからこそ答えはひとつ。被害者が死ぬ前、犯人は防音室の中にいて、犯人がマンドラゴラを引き抜いたんだ。防音室の中からなら、防音室のドアを開けることが出来る。土を掃除してから外に出たんだ」

「何を言っているんだ! 防音室の中でマンドラゴラを引き抜いたら、悲鳴をモロに聞いてしまうじゃないか!」

「至近距離で聞いても大丈夫な『最高級耳栓』があるじゃないか。犯人はそれで悲鳴を逃れたんだ」

「なら被害者はどうして死んだんだ! 犯人が耳栓で防いだのなら、被害者だって防げたはずだ」


「うん。ここでさっきの耳栓の話に戻るけどさ、被害者はどうして耳栓をしていると思う?」

 もし耳栓をしていなければ、被害者はマンドラゴラの悲鳴を聞いて倒れた、事故死として処理できたはずだ。土を掃除して偽装した犯人だって、そんなことは分かっているはず。

「つまりその耳栓は、偽装のためにしているんじゃない。殺人のトリックのために犯人が用意したものなんだよ」

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