第2話 手繰り寄せるは真実

 防音室のドアはオートロック。扉を閉めればカギは自動的にかかるようだ。

 防音室の扉は閉まっている。ということは、カギもかかっているということだ。ノブを回しても開かない。カギ穴にカギを差し込み、カギを傾けながらノブを回すと、扉は開いた。


 何か中で物音がした気がする。まさか、マンドラゴラって動くのか? 植物だと聞いていたが。

 中は暗い。手探りでスイッチを探す。

 左手の脇にあった。

 押すとパッと部屋が明るくなった。

 そこまで部屋は広くない。マンドラゴラを収穫するためだけの一室とのことだから当然か。

 見渡しても土埃や塵ひとつないキレイな床に、小さな人形のようなものが置かれていた。長く平たい葉の下に、人型の根っこが繋がっている。この大根のような植物がマンドラゴラなのだろうか。


 傍らには、すごく懐かしいものが置いてあった。

 平成初期に流行った、音に反応してワキワキと動く、踊る花のおもちゃだ。ドアを開いた時に物音がしたと思ったのはこいつだったようだ。

 こいつはおもちゃだから植物ではないし、引き抜いても悲鳴はあげない。視界の端でわきわきとうごめくだけだ。

 よく見ると、おもちゃの体に何かヒモのようなものが絡みついていた。先端は鋭利な刃物で切り取られていた。

 ん。ヒモではなく、ケーブルのようだ。ヒモの中に導線のようなものが見えた。このおもちゃの電源だろうか?


「防音室のカギは被害者が借りて、死亡推定時刻の30分前に被害者自身が所長に返却していたようです」

「防音室に入るにはカギが必要だ。カギを返却したなら、その後被害者が防音室に入るのは不可能だな」

 マンドラゴラが植物ではなく、魔物のような類いならば、防音室のドアを内側から開けるのも可能なのだろうが、マンドラゴラが歩いたという例は無いらしい。

 たとえ歩かないと分かってはいても、マンドラゴラとこの狭い防音室で二人きりだなんて死んでも嫌だが。


「被害者は至近距離でもマンドラゴラの悲鳴を100%防ぐことができる、『最高級耳栓』を開発したとして、今夜、社内のパーティーに招待されていました」

 耳栓の研究者、ねぇ。

 そういえば、お前もさっきから耳栓してるよな。会話が出来ているところをみると、質が悪いんじゃないか?

「違いますよ! これはBluetoothのイヤホンです。耳栓と見間違うのも無理ないですね。これは今流行りの失恋ソング、『ドライフルーツ』をリピート再生しているんです」

 ほう。ってやっぱり俺の話を聞いてないんじゃないか!

 俺は夜遊びの『夜に出掛ける』という曲が好きだ。

 小早川は放っておいて、俺は防音室を見た。ノブにきらりと光るもの。


「分かったぞ!この二重の密室の謎が!!」

「ええ!ほ、ホントっスか!?」

「あぁ、防音室にも穴がある。鍵穴だよ」


 まず、外部から防音室の鍵穴を通って防音室の内部にヒモを通す。ヒモの先は踊る花のおもちゃに絡めて、マンドラゴラに結びつける。

 外部に出したヒモを握って準備完了だ。

 外部からヒモを引っ張れば防音室のマンドラゴラが抜ける。マンドラゴラの悲鳴は防音室の鍵穴を通って外に出た。外にいる被害者の耳に悲鳴が届いて絶命!

 その後、マンドラゴラの悲鳴によって動く踊る花のおもちゃに絡みついたヒモが、おもちゃに巻き取られて防音室の中に引き込まれる。被害者の手からヒモが離れ、証拠は防音室の中に収まる。


「これは、非常に用意周到に準備された、被害者の自殺だったんだ!」

「え、じゃあ被害者の耳に入っていた耳栓はどうしたんですか?」

「被害者自身が絶命する前に最後の力を振り絞って入れたんだろう。この耳栓のおかげで、自殺だとは思えなかったからな」


「それは、違うよ」


 俺の名推理に水を差す声がした。

 見ると、現場の開いたドアの向こう、廊下に一人の青年が佇んでいた。

 天狗の面を被った、得体の知れない不審者が。

「な、なんだお前は」

「俺のことは、今は置いておいて、さ。今はこの事件の犯人を捕まえないと」

 このどこからどう見ても不審者であり、厄介者である彼の意見を聞くつもりは毛頭なかった。俺はフサフサだが。

 しかし、俺の名推理にケチを付けるのならば、話は別だ。


「いいだろう。お前の推理を聞かせてもらおうか」

 彼は、しかしその場から動こうとしなかった。


「あー、じゃあすみませんけど、このドア。閉めてもらってもいいですか?」






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