マンドラゴラの密室
ぎざ
第1話 密室に阻まれた悲鳴
「前代未聞の密室殺人事件が起きました! 現場へ急いでください!!」
……という連絡を部下から受けた。
以前に聞いた事のある文言だったが、密室殺人と聞けば黙っていられない。俺の名前は髭宮。警始庁捜査一課のエースと名高いことは俺だけが知っている。
急いで来てみたら、ここは……どこだ?
どこぞの研究施設。その一室で人が倒れている。おそらく被害者はこいつだろう。しかしその部屋のドアは廊下に面していて、開いているようだ。これでは全然密室殺人ではない。
出入り自由な現場が密室殺人事件であるはずがない。
現場で奴の顔を見つけたので開口一番異議を申しつけた。
「おい小早川! 前代未聞の密室殺人事件が起こったと聞いたのに、現場が出入り自由とはどういう了見だ!!」
部下の小早川は俺の顔を見ると、俺に手袋を渡していつも通り軽薄ににやけた。
「あ、先輩。お疲れ様っス。これはれっきとした密室殺人事件っスよ」
「被害者は
「ちょいちょいちょーい!!」
……聞きなれない単語が連続で現れたので処理が追いつかなかった。
「マンドラゴラって……、なんだ?」
「先輩、マンドラゴラも知らないんですか?」
マンドラゴラはマンドラゴラですよ、と小早川。
・植物であり、根っこが人型をしている。
・引き抜かれると悲鳴を上げる。悲鳴を聞いたものは死亡、ないし発狂する、とされる。
・さまざまな薬効成分があるとされる。
と、どこかの自主企画の概要からコピー&ペーストしたであろう箇条書きを見せられても、納得できようもない。
死因がマンドラゴラの悲鳴による呪殺ってなんだよ!
「マンドラゴラは10万歩譲っていいとして、密室殺人はどこにいったんだ?」
「先輩が説明の途中で邪魔したからですよ。いいですか、被害者はマンドラゴラの悲鳴を聞いて絶命したとされています。しかし、当のマンドラゴラは、被害者の目の前の防音室の中で発見されているんです」
「は? 防音室?」
防音室の中で悲鳴をあげた場合、どうなるんだ?
「被害者にマンドラゴラの悲鳴が聞こえるはずがないじゃないですか。だからこれは、『マンドラゴラの密室』なんです」
なにより、マンドラゴラはモンスターではなくただの植物。自ら移動できないので、密室の中にいるマンドラゴラは、誰かが移動させない限りそこにいたままだ。誰かが密室の防音室の中のマンドラゴラを引き抜いたことになる。
被害者が引き抜いたとすれば被害者は防音室の中にいなければおかしい。誰か他の人が防音室の中で引き抜いた? だとするとそいつは防音室の中で死んでいなければ、おかしいではないか。
いや、だからなんなんだよ、マンドラゴラって!
「で、二重の密室って言ったのはなんだったんだ?」
「そう、問題はこれだけじゃないんです」
部下の小早川は現場に倒れている被害者に近づきこう言った。
「見てください。被害者の耳を。耳栓をしているんです」
「はぁ?」
被害者を絶命させたマンドラゴラ自身は防音室の中に閉じ込められ、なおかつ被害者の耳には耳栓がある、だと?
としたら、被害者はどうやってマンドラゴラの悲鳴を聞くことができたんだ?
「これが二重の密室です。防音室の中のマンドラゴラ。耳栓をした被害者。どうやって被害者は死んだんでしょう?」
「知るか」
そもそもモンドラゴラだってなんなんだか知らないというのに。
「モンドラゴラじゃないです。マンドラゴラですってば」
くそっ。この防音室と耳栓が無ければ即解決出来る事件なのに。この防音室と耳栓を作ったやつが犯人だ!!
「それは、私のことですね」
いかにも研究員のような出で立ちをしたメガネのおっさんがそう言った。
「彼は
小早川が手帳を見ながら言う。ふむ。思ったより経験が浅いな。
そういえばさっき、モンドセレクションは様々な薬効成分があるって言っていたな。
「モンドセレクションじゃないです。マンドラゴラです」
「マンドラゴラは新型コロナウイルスの活動を止める効果がある、という実験結果があります。人類を救う可能性があり、また、収穫の際の悲鳴によって人類を滅ぼす可能性がある諸刃の剣。我々の未来を担う植物なのです」
なるほど。安全にリーチ一発ドラドラを引き抜くための防音室と耳栓なんだな。
「しかし、その安全装置が二つ揃っているのに、被害者は死にました」
「すごいピタゴラスイッチだったんじゃないか? 防音室と耳栓を貫通するほどの声量だったとか」
「いえ。それだったら今日この研究室にいる研究員が全員死んでいるはずです」
確かに……。
というか、名前を間違えても一切ツッコまれなくなったな。つまらん。
「ひとまず、防音室の中を捜査しよう。何か解決の糸口があるかもしれん」
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