第4話 耳から離れない殺意

「耳栓が犯人のトリック……!?」

「おそらく事件のあらましはこうだ」


 まず、外部から防音室の鍵穴を通って防音室の内部にヒモを通す。ヒモの先は踊る花のおもちゃに絡めて、マンドラゴラに結びつける。

 外部に出したヒモを握って準備完了だ。

 外部からヒモを引っ張れば防音室のマンドラゴラが抜ける。(中略)

 その後、マンドラゴラの悲鳴によって動く踊る花のおもちゃに絡みついたヒモが、おもちゃに巻き取られて防音室の中に引き込まれる。被害者の手からヒモが離れ、証拠は防音室の中に収まる。


「……っておい! 俺の推理そのままじゃないか!」

「そう、恐ろしいことに、被害者はこうやって、防音室にいる犯人を殺そうと企てたんだ。だけど、それを逆手にとって犯人に殺されてしまった」

「防音室の外に悲鳴は漏れず、被害者が耳栓をしていたなら、防音室の中にいる犯人には何も出来ないだろ! いい加減にしろ!」

 俺の指摘に聞く耳を持たない彼は、言葉を続けた。


「被害者がしていたのは、耳栓じゃない。耳栓の形をしたBluetoothのイヤホンだったんだよ。防音室の悲鳴を、踊る花のおもちゃのマイクが拾い、ヒモ……ケーブルを伝ってカギ穴から外の、犯人の携帯まで悲鳴を届けたんだ」


 踊る花のおもちゃは、音に反応して踊る。マイクが内蔵されているのはわかる。あのヒモ、ケーブルだったのか?

 カギ穴から悲鳴は漏れていない。カギ穴を通ったケーブルが、防音室の中の音をそのまま被害者の耳へ伝えていた?

「二重の密室だなんて、大袈裟だよね。防音室と被害者の耳栓イヤホンだったんだから! その後、犯人は土を掃除して防音室を中から開けて、ケーブルのプラグ部分を切り取ってヒモに偽装したんだ。耳栓も回収しようとしたんだろうけど、誰かが入ってきそうだったから取れなかったってところだろうね」

「なんだって……!」

「調べればすぐにわかるよ。Bluetoothの製品は、一度繋いだものなら、パスワードを入れなくても自動的に繋がるだろうから。研究員の携帯にすんなり繋がったら、その人が犯人だ」


 問題はもうひとつ、別のところにあるんだ。

 と、彼が険しい顔をした瞬間、研究院 一筋が笑いだした。


「ふはははは……、恐ろしい名探偵がやって来たな。天狗の面の怪しい男を事件現場に入れる刑事も刑事だが。そうだよ。私がアイツを殺したんだ。私が開発した耳栓の手柄を横取りしやがったからな。パーティーで名誉を得る前に告発しようとしたら、その口封じのためにこの俺を防音室の中で殺す計画を立てていることを知った。ならその計画を利用してぶっ殺してやろうと思ったんだ!!」

 耳栓の元の開発者は研究院……この男だったか。なら、被害者の耳栓にそっくりな形でBluetoothイヤホンを作ることも、開発者ならば可能か。


「なんだ。調べる手間が省けたな」

「いや、刑事さん。これはやばいよ」

 天狗の面の青年が、顔を近づけて、コソコソ話をする。

 彼は耳を塞ぎたくなるような恐ろしい話をした。


「マンドラゴラの悲鳴には確かに呪殺の効果がある。けれどさ、今まではデジタル音声による再現のデータだと人が死ぬほどではなかった。多少気分が悪くなる程度でね。だけれど彼の発明によって、音質の高さ、臨場感とその精度の高さでもって、デジタルの信号で殺人級のマンドラゴラの悲鳴を再現できることが証明されてしまったんだ! これはある意味名誉なことさ。単なる音声のみで、大量殺人ができてしまう、兵器を作り出してしまったんだから」


 聞くだけで死んでしまう呪いの音声データを作り上げた、だと……!?

 そんなもの、社内放送や有線のラジオで流されたら、大量殺人以外の何物でもない、殺戮兵器じゃないか!


「私が作り上げたこの殺人データで、手始めにこの研究所内の全員を殺し、私を蔑んだ目で見る家族を殺し、世界に私の名を轟かせるのだ!!」

 研究院は声をあげた。

 刑事の俺たちがここにいるというのに、真犯人であるこの男はこちらをちっとも恐れていない。


「さて、刑事さん。私を捕まえないことだ。私がこの研究所を出るとセンサーが反応し、研究所内のスピーカーから殺人データが流れる設定になっている。ここにいる全ての人が人質だ」

「な、なんだと……!」

「もちろん、解除できるのは私だけ。耳栓を使えば一時は助かるがね。このデータを売り捌けば、至る所で人が死ぬ。人の生き死にが私の思うがままになるのだ!!」


 マンドラゴラ……。

 恐ろしい植物だと思っていたが、本当に恐ろしいのは人間だった。

 手に負えない。下手に捕まえても、どこからその音声データが流されるか分かったものでは無い。

 刑事としての責任問題にもなる。手が出せない。固まるほかなかった。研究院は微笑み、刑事の制止をまるで聞かずに、部屋を後にしようとしていた。

 しかし、天狗の面の青年は違った。

 人当たりの良い笑みを携えて、研究院に近づいていった。

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