第41話 極東①
旧地球圏の極東はロシア連邦共和国と中華人民共和国が覇権を握って久しかった。
転移前の圧倒的なアメリカ軍の脅威に真っ向から対抗するに十分なリソースを保持しえなかった人民解放軍はA2AD戦略、つまり沿岸域に大量の地対艦ミサイルを配備することによって中国の領海に西側諸国の艦艇(特に空母打撃群)が接近することを防ぐ戦略を採っていた。
しかし、経済的な成長を背景とした急速な軍拡でアメリカ軍に及ばずとも中小国に海上から攻め込み打ち勝てるだけ海外遠征能力を手にしていた。
喉から手が出るほど資源と領土が欲しい共産党は東方への進出を画策していた。
東方に広がる地域は西洋世界と呼ばれる世界だ。大中小、様々な規模の魔術文明立国が群雄割拠する世界である。
この地域では既に魔術を持たない文明や弱小の民族は駆逐され奴隷の身に落ちるか、この地域から消滅しているかのいずれかだった。
その西洋世界から最も近い東洋世界の極東地域に大陸が出現している事は世界新聞を通して既に知れ渡っていた。
そして今、人民解放軍海軍 南海艦隊の部隊は邦人救出を根拠として、西方の島国に侵攻すべく極東の更に東にある日付変更線を超え更に東進している。
発端は二ヶ月前、新たな漁場を求め西洋世界で漁業を行なっていた500t級の遠洋漁船数隻が拿捕された。
拿捕された後は常に救難信号を発信し位置だけは常に送信していた。
1998年に制定され転移後に改訂された中華人民共和国排他的経済水域・大陸棚法に基づけば、そこは中華人民共和国の排他的経済水域でありそこで漁業を行う中国船舶を拿捕することは侵略に他ならない。
南海艦隊は初の国産空母山東を中核とし、052D型駆逐艦2隻と052C型2隻、052B型一隻、071型強襲揚陸艦3隻そして商級原子力攻撃型潜水艦一隻を伴い一路西洋世界の島国の中心であるワイナル帝国を目指していた。
旧地球圏の国々が中央世界や東洋世界に注目している今、世界新聞で見つけたワイナル帝国という名前と偵察衛星によって得られた衛星写真しか情報がない。
052D型-昆明級ミサイル駆逐艦2番艦長沙の艦長である、孔浩然 大校はディスプレイの明かりだけが灯るCICの中で未知の敵との戦いに不安を覚えていた。
ここ最近の共産党の戦略的でない行動が一層不安を煽り立てていた。
10年前までは経済と文化の両面から長期の戦略に則り行動していたが今ではアメリカに次ぐ軍事力を背景に強引な西進を押し進めている。
中華大陸の歴史は常に革命 統一 膨張 腐敗 革命の繰り返しだった。
そして唯一の例外を除いて自力で外敵に勝利した事はない。
今回の情報は世界新聞のアーカイブによる情報とアーカイブによる情報しか無い。
CICの中でも一際大きいディスプレイに影が映る。
IFFは反応していない。
「一級軍士長、あの輝点について詳しく報告せよ」
「了、輝点は距離300kmの位置で速度約100ノット高度1000mでこちらに接近しております。
サイズは縦横約10m程度かと」
「ふむ、データは既に山東に送られているな?」
「データリンクで常に共有されていますので間違いなく山東にも伝わっています」
「よし、それでは戦闘待機を下令する」
艦長の号令がかかると艦内にベルが鳴り渡り呼集を伝える。
『総員戦闘待機、総員戦闘待機各員持ち場に付け』
「艦長、山東から対空戦闘用意が下命されました。昆明、長沙は艦隊防空を最優先にせよとの事です」
「了解した。紅旗9を目標機にロックしておけ」
「山東からJ-15 2機発艦します」
ディスプレイ上の山東から2つの輝点が飛び立ち、IFFの信号を発している。
「山東とJ-15の通信をCIC内に流せ」
「了解しました」
『強龍1、2へ高度7千メートルまで上昇し、方位140へ向かえ』
『強龍1了解』
ディスプレイに写る友軍機でない機の輝点は大した距離を移動していなければ不審な挙動もしていない。
30分ほど平穏な時間が過ぎた。
その間にJ-15二機は目標機を視界に捉えられる位置まで到達した。
その先は数十キロの地点はワイナル帝国の領土となる。
『こちら強龍1、いつでも接触が可能な位置についた』
『こちら山東、了解した。
映像伝搬装置を起動し、接触を開始せよ』
『了』
長沙のCICにもデータリンクを介して映像が送られてきた。
数千メートル下に見える小さな点がそれだ。
機首を下げ増速し、グングンと距離を縮める。
その姿形がはっきり見えるようになると、一機は目標機前に、もう一機は目標機の後ろにつく。
目標機は翼を二枚持つ複葉機であるが、プロペラはついていない。しかしその代わりに機体後部にロケットエンジンの噴射口のようなものがついている。魔導文明独特の推進方式だ。
前についた機が小刻みに機体を振り、バンクをすることによって敵意の無いことを示す。
そしてもう一機は、いつでも敵を撃ち落とせる位置にいる。
目標機はどのような反応を見せるか、それによって今後の対応が全て変わる。
緊張の一瞬だ。
既にワイナル帝国が通信球かそれに類する通信装置を持っていることは分かっている。
故にこの機の対応は即ち、ワイナル帝国の意思ということになる。
複葉機は突然右にロールを切り、後ろの機からの射線を外した。
そして一気に高度を海面スレスレまで落とし陸地の方向へ逃げようとしている。
『強龍1、2そのまま追跡を続行せよ』
『了解』
J-15二機は複葉機が高度を下げたのとは逆に一気に高度を上げ、フラップ全開でレーダーによる追跡を続行する。
ジェット機は低高度では逆に燃費効率がかなり落ちてしまうのだ。
そして、複葉機の真意を探るには刺激を与えないのが1番なのである。
そしてJ-15二機が追跡してしばらくのこと。
長沙の346A型フェーズドアレイレーダーが多数の航空機を察知した。
「おそらく強龍1、2が接敵したものと同サイズの機体が15機、地上からこちらに向かって来ています」
『強龍1、2へ山東より。貴隊へ航空機約15が接近している。おそらく迎撃に上がって来たものだ。
直ちに反転し山東へ帰還せよ』
『強龍1、2了解。
現在監視中の機はどうしましょう』
『その機は放置で構わない』
J-15二機は翼を翻し、山東へと帰還していくのだった。
その日迎撃に上がったワイナル帝国軍機はついに解放軍機を見つけることができなかった。
北京にワイナル帝国の反応を伝えると、漁民を保護、奪還した後帝国政府と交渉せよとのことだった。
その日の深夜、山東を基幹とする艦隊は闇夜に乗じ071型強襲揚陸艦3隻をワイナル帝国の港町スターバーグの南西部に位置するビーチの沖合まで進出させることに成功した。
レーダーを駆使すれば何のこともない簡単な仕事である。
この港町スターバークは周辺地域の海運を担い、市民は主に漁業か海運関連又は交易を生業としてるものが多い人口8000人程度の小規模都市であった。
軍事的には海軍の主に駆逐艦とパトロール艦から構成される地方隊と陸軍の一個中隊程度の警備隊が常駐している。
艦隊は山東を中心する隊と強襲揚陸艦を中心とする隊に分かれた。
長沙は強襲揚陸艦の護衛と上陸部隊の火力支援の任に就くこととなった。
午前三時
町にちらほら見える灯火以外は光源がなくビーチは完全な暗闇であった。
『現時刻を以て復光作戦を開始とする。各員任務を忠実に遂行せよ』
作戦開始の号令が無線を介して下された。
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