第40話 核の衝撃
2023年8月13日
ゲイル公国陸軍 首都 サン・アイネイン
国主であるゲイル公は髪のない頭を抱えていた。
前日の夜在ゲイル メルト大使館から内密で旧バステリア領での戦いの結果を知らされたのが原因だ。
メルト皇国の支援で出来上がった虎の子部隊が全滅、さらにメルト皇国が派遣した観測艦が拿捕されたという事だ。
宣戦布告無しでの明らかに大義がない侵略戦争を仕掛けた訳だ。全くの言い訳のしようがない。
勝ってさえしてしまえばメルト皇国の圧倒的な軍事力を背景にうやむやにしてそのまま東洋世界の入り口に領土を獲得できたが負けた今となってはメルト皇国が介入してくるメリットがない。
おそらく監視船はゲイル公国とは無関係だったと言って船と船員の返還を要求するにとどまるだろう。
そのために実際、メルト皇国海軍の艦隊が出動準備をしているという。
宰相も表情に影を帯びている。
「公、どうするのですか?」
「詫びを入れるか、放置するしかないじゃろ」
「放置でいいんじゃないですか?
遺族への補償も馬鹿になりませんし」
「しかしそれで奴らが黙っていると思うか?」
「抗議はするでしょうが、何もできんでしょう。
報復をするにも、メルト皇国が敷いてる哨戒ラインを越えんとこっちの海域にはこれませんし」
「まぁ、そうじゃな。
あとはメルト皇国にお伺いでも立てよう」
ふぅ っとため息をついて椅子に深く座る。
その時であった。
地平線の向こうが一瞬光った。
「今のはなんじゃ?」
数十秒遅れ窓がギシギシと揺れだす。
「宰相、誰かここに呼べ」
「はっ!」
ドアのすぐ外に居る近衛を部屋に連れてきた。
「お呼びですか」
「お前、今の光と窓の揺れが何か調べて参れ」
「畏まりました」
そういうと近衛は急ぎ足で公の執務室から出て行った。
「ゲイル公!いらっしゃいますか!」
その数分後、別の声が扉を叩いている。
「なんじゃ騒々しい。
入れ」
「報告します!」
入ってきたのは軍の高官であった。
「先程閃光が見えた時刻以降、西のシュトューム要塞との連絡が途絶しました」
「それは通信妨害か何かか?」
「現時点では何も分かりませぬが、飛竜を偵察に向かわせております。
通信球をお持ち致しましたが、ここで報告を聞かれますか?」
「あぁ、頼む。この机に置いてくれ」
抱えていた通信球を机に置き、スイッチを入れチャンネルを調整する。
「飛竜の足だと要塞が目視できるまでどのくらいかかる?」
「大体40分といったところですな」
『こちら、近衛飛竜団のアラン騎士です。
現在、シュトューム要塞50kmの地点ですが、シュトューム要塞の位置に異様な雲が形成されているのを確認。
形状はキノコのようで巨大です』
「キノコのような巨大な雲?なんじゃそれは??
宰相、わかるかね?」
「いえ、さっぱり?」
宰相は視線で高官にバトンタッチする。
「いえ、小官も何のことかさっぱりです」
「これは何かの攻撃の準備かのう?」
「だとしたら納得できますね。通信妨害に奇妙な雲」
「んん、しかし誰がどうやって?」
「メルト皇国からも何の警報も出されていませんしね」
さらに30分後
『警報警報!
こちら近衛飛竜団のアランです。
シュトューム要塞が消滅!シュトューム要塞が消滅!
付近からは異常な強さの魔力使用痕が感知できます』
「なんじゃと!?
要塞が消滅?そんな馬鹿な事があって堪るか!
シュトューム要塞は西側国境と首都防衛の要じゃぞ。
そもそもあれが消滅するなどあり得ぬ!」
高官の彼が通信球に触れる。
「ちょっと失礼いたします」
そう言い
「こちらは公国軍次席参謀のセルマンだ。
そちらの状況、見えるものを詳細にほうこくせよ」
『はっ!
こちらは現在天候は雨。高濃度の魔術使用痕が含まれた黒い雨が降っております。
要塞は上部構造物はその名の通り消滅しており、基礎部分の石材は溶けた痕が確認できます。
基礎部分の床には人の形をした影が多数残っております。これが何かはわかりません。
また、要塞周辺に点在していた木々は今もなお燃え続けております。
今のところ生存者は確認出来ません』
「そうかわかった」
『うぷっ』
通信球から嗚咽したような声が流れてきた。
「おい、どうした!応答せよ!」
『・・・」
「応答せよ!」
それ以降、彼の声は返って来なかった。
「これは敵襲なのか?」
宰相は高官が次席参謀だとわかると踏み込んだ質問を投げかけた。
「いえ、現時点では何もわかりません。とりあえず増援の飛竜と公国の魔道の権威である賢者殿を派遣して現状を確認するしかありませんな」
その翌日、場所は御前会議
出席者は全員蒼ざめた顔で金箔の装飾が施された椅子に座っている。
現在報告しているのは、公国の魔導の権威で“賢者”の称号で呼ばれる白髪の老人だった。
「私が昨日要塞で見たものは恐ろしいものでした。
正に禁忌を完成させ極めた兵器です。
数日間はあそこに近づいてはなりません」
「失礼、禁忌とはどのようなものなのですか?」
宰相が手を上げ挙げ質問する。
「皆さんは、初歩的な自然魔術である火を起こすことはできますね」
賢者は手のひらの上で炎を起して見せた。
「この炎、何もないところから発生しているように見えますが実際はすべての物質を構成するアトムというものに我々の内にあるミステリオが働きかけを炎に変換しているのです。
このミステリオを暴走させ大量のアトムを爆発的に連鎖的に炎に変換しているのであります」
「それはどの程度の破壊力なんでしょう?」
軍の総帥が質問した。
「これまでは禁忌を完成させた者が居なかったため未知の領域でした魔術には論理での予測は参考にならないという大原則がありましてな。
しかし今回の攻撃で用いられた禁忌はこの首都を一瞬で灰塵に帰す破壊力がある物でありました。
当然、要塞を破壊するには破壊力過剰と言えるでしょう。
故に今回要塞は跡形もなく蒸発したのです。唯一の救いと言えるのはこの威力では中にいた者は自分が死んだことにさえ気付いていないであろう事です」
「それでは近づいてはならないのはなぜでしょう?」
今度は宰相が手を挙げた
「魔術を使うと死ぬときに苦しむのはご存知ですな?
本当は“使うと”ではなく“魔力が発動した場にいると”なのです。
あれだけの魔力が暴走すると寿命が吸い取られ、最高の苦しみに悶絶しながら息を引き取る事になるのであります」
「そもそも今回この攻撃を行なったと推定できる国家は科学文明であるのに、魔力を使った禁忌を用いる事ができたんでしょうか」
総帥が質問した。
「それは禁忌が魔導と科学の交差点だからでありましょう。
魔導の教本であり、その根源について書かれたこの禁書にもそのように書かれてあります」
「ふむ、という事は彼らはこの先魔導も使いこなせるようになると?」
公が聞いた。
「その可能性はあるのでありますが、断定できない状態なのであります」
「現状は分かったのじゃが....どうしてこうなってしまったのじゃ」
公が深いため息とともに吐き出した。
口には出さないが他の一同も同じことを考えているようだ。
**********************
アメリカ合衆国 ワシントンDC ホワイトハウス
胃が痛いのは打ち込まれた側だけでは無かった。打ち込んだ側もまた同じだった。
「他国の反応はどうだ?」
大統領が静かに尋ねた。こちらも溜息まじりだ。
「中露は水面下ではありますが、一定の理解は示しつつ次はないといった感じですね」
イギリスとEUはやはり批判が強いですね。特にドイツは現政権がリベラル寄りなので道徳責任を追及したいようです。
日本は日本でうちの核の傘に入っているだけに政権としては本件について批判するわけにもいかず、政権が揺らいでいるようです
韓国は政権、世論共に批判のスタンスですね。
それ以外の同盟国は日本同様立ち位置をはっきり表明していません」
「中露が批判してこないのは意外だな」
「彼らは彼らで東にある文明と睨み合っていますから、通常兵器で対処しきれなかったら切り札として使うでしょうから。この世界で旧地球圏外の国に核兵器を使うハードルを上げたくないということでしょう」
「しかしこれっきりにしたいな。
せっかく新世界基地にICBMサイロまで建設して大大的に宣伝したのに向こうが核抑止を理解してないんじゃ建設した意味がないからな」
「えぇ、それにしても今回のパターンは太平洋戦争での核兵器の使用に似ていましたね」
「瀕死の日本がゲイル公国で、USSRがメルト皇国というところか。
確かに、あの一発でメルトは艦隊の派遣を延期したようだし。今のところ計算通りに事は進んでいるな。
少なくとも時間稼ぎくらいにはなりそうだ」
「大統領、今一番気になっているのは国内の政権支持率の方ではありませんか?」
「痛い所をついてくるな君は。
正直あまり聞きたくはないが、選挙対策も大事だ。
どうなっている」
「まぁ真っ二つに分かれていますね。
大統領の支持基盤である中部と南部は比較的今回の核兵器の使用に賛成か一定の理解を示すと回答している人が多いようですが、東部と西部は猛烈に反対してますね。
野党もこれらの批判をバックに弾劾裁判を検討しているようです」
「また弾劾裁判か....。
奴らはフェイクニュート、政権叩きしか能がないのか?」
「司法省も今回のケースは違法ではないと明言していますから裁判で負ける事はないでしょうが、政治の遅滞とそれに伴う経済的損失が痛いですね」
「全くだ、クソ食らえだ」
**********************
メルト皇国 皇帝居城
中央世界の中央の都市 クラディウスガルフを見下ろす位置にそびえ立つ皇帝の居城にある会議室では御前会議が開かれていた。
議題は皇国籍船舶の拿捕とゲイル公国への禁忌による攻撃である。
「海軍長官、今回の攻撃による海軍への影響は如何程か?」
皇帝が問う。
「海軍への影響は東方への進出が難しくなった事です。諜報員やアメリカ合衆国 当局の発表によるとバステリア領北方の島嶼に建設された基地からゲイル公国の要塞に正確無比に禁忌が撃ち込まれたことにより、艦隊の位置が特定された時点でいつ何処からでも強力な攻撃を受ける可能性が考えられるためです」
「なるほど、やはり此度は第二艦隊の派遣を中止して正解だったわけか。
しかし、我が国の船籍を持つ民間船が拿捕され、あまつさえ乗組員を犯罪者として抑留している現状は看過できん。
このままでは、世界最強であり世界の中心である我が皇国の面目が丸潰れだ。
国務大臣は今後の方針はどうする?」
「我々としては今は過剰にアメリカ合衆国を刺激する事を得策とは考えておりません。
水面下で艦船と諜報員の返還を要求します。
これで、双方の面目は保たれ穏便に事が進むでしょう」
「よろしい、その方針で良いだろう。
国務大臣、我が皇国と敵対する国家を含め、すべての魔導文明国家に此度の禁忌の件を詳細に伝え、アメリカ合衆国とその同盟国を天に弓引く逆賊であり共通の敵であると言う認識を広めよ。
これは東洋世界を我が手中に収めるための準備である。
各省庁協働し、これを最重要指令として実行せよ。
我は魔導文明国家群が一つとなることを望む」
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