第39話 前哨戦の妥結点
TACLETを乗せたHH-65ヘリコプターはバーソルフの後部甲板から離れ高度を50mまで上げる。
ジェイソンの肩を叩くものがいた。
振返るとCIAエージェントだった。
「大尉」
「どうしました?えーとMr...」
彼の名前を聞いていないのだった。
「アドとでも呼んでくれ」
「それはAdmin(管理者)からで?」
「まぁそんなところだ。
それよりだ、ラペリングをブリッジの真上にしてくれ」
「いきなりブリッジですか?激しい抵抗が予想されますよMrアド」
「責任者の拘束を優先したいんだがチマチマデッキから制圧していたら自決されかねん」
「ちょっと待ってください、先行したゾディアックに状況を確認してみますね」
プレートキャリアにつけられた無線のPTTスイッチを押し込む。
「Alpha2-1、敵の目標の反応は?」
『奴ら小銃みたいなものを抱えた兵士を展開させ始めましたぜ』
「LMGはあるか?」
『据付の装備にも人が取り付きやがってます』
「これは良くないな
Alpha2-1,2-2は目標にミニガンで制圧射撃をかけろ。
突入はこちらAlpha1-1が全部デッキにラペリング降下を行う」
「ふむ、どうしようもなさげだな。しょうがない、ブリッジの制圧だけは優先してもらうぞ」
エージェントはやれやれという感じで意外と妥協したのだ。
「Alpha1-1各員!ラングレーからのお客さんはあの大きいお船をの舵輪を握って遊びたいらしい。
全速力でブリッジを制圧だ!」
「Yes sir!」
機内の空気が一瞬で入れ替わる。
乗ってる全員から殺気が漏れ溢れる。
多くの人が沿岸警備隊と言うと日本の海上保安庁のアメリカ版を想像するかもしれないが、その実は警察組織のように運用される海軍だ。
もしアメリカ沿岸警備隊を一つの海軍とした場合そのパワーは世界第九位でイタリア海軍よりも強力である。
ちなみに海上自衛隊は世界第四位である。
そんな沿岸警備隊法執行部隊員は他の四軍の特殊部隊と遜色のない戦闘力を持つ。
「降下30秒前!」
パイロットから準備の合図が出る。
「Alpha 2-1,2-2制圧射撃開始!」
ゾディアックの舳先に固定されてるミニガンが一斉に火を吹き目標艦の上甲板と最上甲板を舐め回すように弾丸のシャワーを提供する。
ヘリは降下地点の上を旋回し機上のミニガンで前甲板に掃射を加えエリアの安全を確保する。
「降下! GO!GO!GO!」
ヘリから一斉に索が落とされ、重しが地面に到達したと同時にラペリング降下する。
4名の隊員とアドが一人目標艦に乗り込む。
直ぐにヘリは船から離れて退避する。
5名はブリッジの壁面まで全力で走り込み上から撃ち下ろされるの避ける。
「よーし、クーガーそこの水密扉を吹っ飛ばしてやれ」
ジェイソン大尉にクーガーと呼ばれた男はカバンから包みを一つ取り出し扉に貼り付けた。
一同がそこから距離を置くとジェイソンはヘルメットと拳で二回叩くジェスチャーを示した。
クーガーの口角が一瞬上がり、手に持っていたスイッチを押し込んだ。
押し込むと同時に爆音と共にドアが変形しつつ内側に吹き飛んでいった。
「フラバンもお見舞いしてやれ‼︎」
さらにクーガーがインパクトグレネードよりもスリムな形状をしたグレネードを放り込む。
キンッ カラカラカラ.....
一拍置き一瞬弾けるような爆発音と眩い閃光がブリッジ内の通路を覆う
タイミングを合わせクーガーを先頭に突入する。
後ろのメンバーはハイレディ、つまり銃口を天井に向けた状態で続く。
アドとジェイソン大尉を挟む順番で並ぶ。
中にはライフルのような武器を持った水兵がフラバンとブリーチングの時の破片にダメージを受けた蹲ったり血を流して倒れている。
戦意の無い者の武器を蹴り上げ反撃できないようにし、戦意のあるものには容赦なくダブルタップで眉間に撃ち込む。
「大尉、彼らは兵隊の様に見えるが?」
アドは含みを持った言い回しをする。
「えぇ、これは容疑が領海侵犯からテロ行為になりましたね」
通路のクリアリングと階段の確保を迅速に行い順調に上部へと足を進める。
「クーガー調子いいいな」
今回は一度も足を止めることなく敵をダウンさせながら進むクーガーを大尉が褒める。
「そりゃぁこいつら全員CQBのど素人ですから勝てなきゃTACLETクビですよ大尉殿」
そう言いながらも彼は確実に敵を仕留めつつ前進していく。
確かに敵は長いライフルのような武器をこのクソ狭い艦内で使っている。
そもそも艦内での戦闘を想定していないのだろう。
「大尉殿、このラッタルの上の水密扉を吹っ飛ばせば御目当てのブリッジですぜ」
フラッシュライトでチカチカ照らしながら指し示す。
「よーし、ジャンボお前がやれ」
そのジャンボと呼ばれるだけあって身長が2m近い男がのそのそと出てきた。
カバンからさっきクーガーが使ったのと同じ包みをカバンから取り出し階段の上の水密扉にペタッと貼り付けた。
ジェスチャーで下がれと指示を出し爆発の破片が当たらないように距離を置く。
「ディプロイ!」
叫ぶと同時に手に持ったスイッチを押し込む。
やはりそれと同時に水密扉は勢いよく吹き飛ぶ。
「フラッシュバン!」
扉が吹き飛ぶと同時にフラッシュバンを放り込む。
轟音と閃光がブリッジ内を襲うと同時にTACLETの隊員とアドがカービンを構えて雪崩れ込む。
中にはライフルを持った兵士はいない。
拳銃を握ったまま蹲っている下士官がいたが、ジャンボがすかさず腕ごと拳銃を吹き飛ばす。
「動くな!その場に跪いて手を頭の上におけ‼︎」
抵抗できない体制を取らせる。
素直に指示に従わないものはジャンボが地面に組み伏せ強制的に抵抗できないようにする。
「ブリッジセキュア(確保)!、エリアクリア!」
ものの数十秒でブリッジを制圧したのだった。
「ブリッジ制圧、Alpha2-1,2-2は乗船開始。
艦の確保を開始しろ!」
「大尉、こちらの仕事を始めてもいいかね?」
アドだ。
つまり彼はここで尋問を始めたいと言っているのだ。
「構いませんよ。
我々はなにをすれば?」
「では、そこの軍服の女性をこちらへお連れしてくれ」
言われた通りに彼女をアドの前まで連れて行く。
彼女の目はアドを睨んでいる。
「お嬢さん、まぁそう怖い顔をしなさんな。可愛い顔が台無しだ。
そこに掛けてくれ」
椅子に座るようにというアドの言葉がしゃくに触ったようで彼女はアドに飛びつこうとするが、ジャンボに床に叩きつけられる。
「えーと、君。彼女を椅子に座らせてあげてくれ」
指でちょいちょいっと椅子を指す。
「イエッサー」
ジャンボが有無を言わさず椅子に彼女を押し込む。
アドも対面する椅子に座る。
「さて、まずは何から始めようか?
そうだ自己紹介がまだだったかなミス アリサ・オーグレン」
アドは挑発する様に彼女の顔を覗き込み首を傾げて見せる。
一方、アリサ・オーグレンこと軍服の彼女は驚きと焦りをミックスしたような表情で睨み返す。
「いや、アリサ・オーグレン情報局中尉とでも呼んだ方が良いかな?」
そう言いながら、アドは背負っていたバックパックを置き、プレートキャリアを脱ぐ。
そして、バックパックから一冊のレポートを取り出してアリサ中尉に突き出す。
そこには、アリサ中尉のバルカザロスでのスパイ活動の監視報告と詳細なプロフィールがびっちりと数枚に渡り記載されていた。
「なっ....、これはどうゆう事だ!?」
「旧バルカザロスで食べた.Mac Donald’sのハンバーガーの味はどうだったかな??」
そう言って防犯カメラに写ったアリサ中尉がハンバーガーを仲間と共に頰張っている写真を見せた。
「それともこっちかな?」
書店での本を購入している時の写真だ。
下には、購入した本が一覧で載っている。
「これだけ本読んどいて、このずさんな作戦かいお嬢さん?
合衆国も舐められたもんだ」
「くそっ、いつから私が情報部員だと分かっていた?!!」
「それは企業秘密だが、まぁ旧バルカザロス領に入った時には既に情報は共有されていたな」
「く、くそっ!」
「何か言うことはあるか?」
「そ、そうだ。
皇国の民間船に手を出しておいて無事と思うなよっ!!」
「それが?」
「分かっているのか??メルト皇国だぞ!
私とこの船を解放しなければ本国軍が国の威信をかけて攻めてくるぞ!」
「ほぉ、という事はあなた方情報部は合衆国は敵にあらずと報告したわけか。実に残念だ。
つまりお嬢さん達はなぜ我々の世界が高度な技術を持ちながら大国間の大戦が無いかを知らないという訳だな」
「禁忌の事を言っているのか?
あんな物に我々が屈するとでもお思いで?」
「ほぉ、核の存在を知っているのにその余裕は不思議だな。
まぁいい、話はゆっくりラングレーの本店で聴くとしよう。
君が乗船していた船がこの海域にいたという事が充分検挙、拿捕の理由になるからな。これ以上ここでお喋りをする必要もない。
大尉、お嬢さんを逮捕して合衆国までご案内してあげてくれ」
「手を後ろに回せ」
大尉は持っていた簡易手錠を取り出すと両手の小指に締め付けた。
「覚えておきなさい!
きっと貴方達に皇国の鉄槌が降るわ!」
彼女は艦橋から連れ出されヘリでバーソルフへと連行されていくのだった。
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翌朝の世界新聞
2023年8月11日世界新聞朝刊
【アメリカ合衆国沿岸警備隊、メルト皇国船籍の船舶を拿捕】
昨日の夜、米国務省ならびに国防省は米沿岸警備隊所属のカッターUSCGバーソルフがメルト皇国船籍の民間船サン・メリーを拿捕したことを公表した。同艦はゲイル公国の旧バステリア領チェル島の襲撃を支援した容疑がかかっている。(ゲイル公国のチェル島襲撃詳細は2面参照)当該海域のゲイル公国艦船は全て撃沈されていたため臨検、拿捕が不可能だったと説明する。また、当局は重要参考人として同艦に乗船していたメルト皇国情報局の工作員一人を拘束したと発表。
メルト皇国政府当局は声明を発表していないが、米国に対し謝罪と賠償、即時解放を求める見通しである。
東洋世界と中央世界の大国間の緊張が今後どのように推移していくか注視する必要がある。
その日のホワイトハウスでは、この件に対する政治レベルの解決方法が話し合われていた。
いましゃべっているのはCIA職員だ。
「いままでの情報を整理いたしますと、メルト皇国とその同盟国は旧バステリア以東への侵攻を画策しているようです。
今回はそのための我々の戦力評価だったようです。
今回の襲撃の実行国であるゲイル公国はメルト皇国から供与された兵器を使用しています。
簡単に言いますと、メルト皇国がゲイル公国をそそのかしたわけです」
「なるほど…、それではこれからも似たような事件が起こりかねないと。
国務省はメルト皇国がこの件に対してどのような反応をすると予想するのかね?」
そして今国務省職員に投げかけたのは大統領だ。
「彼らはもっぱら砲艦外交を用いています。
ですので、軍事力を背景に謝罪と賠償を要求してくるでしょう」
「なるほど、して国務省が提案する対応は?」
「相手の論法にのらず、わが方の法的正当性と、証拠をつみあげ他国に理解を求めるのがもっとも無難かと」
NSA職員が手を上げる。
「残念ながらNSAとしては外交による妥結に賛成することは出来ません。
最も東洋世界に近いメルト皇国海軍基地において活発な活動が昨晩より確認されています。
おそらく艦隊を派遣し軍事圧力をかけつつ有利な外交的解決を図ろうという魂胆だと思います」
さらにCIA職員も手を上げる
「今までは核抑止によって大国間の戦争が回避されてきましたが、彼らは核についてあまり認識していないようです。ですので、安易に戦闘を始める恐れがあります。
最悪のケースとしては交渉が思い通りに進まなかった時点で派遣された艦隊が戦端を開くことが予想されます」
ここで国防省職員が手を上げる
「国防省としてはこちらのプランを提案させて頂きます」
ここでパワーポイントを印刷した資料を配る。
「これは!....」
描かれた内容は悪魔的内容の作戦であったが実に筋が通ったものだった。
「彼らにも核抑止の枠組みに入ってもらいます」
2023年8月13日 12:02
新世界基地内に建設されたICBMサイロ
「発射準備フェーズ完了
サイロ01 オープン」
オペレータールームで二人のオペレーターがスイッチに手をかける。
「5second 4 3 2 1 turn」
同時にスイッチを押し上げる。
それと同時に地上で横スライドのサイロのドアが勢いよく開く。
「final phase」
オペレーター二人が緊張した面持ちで目配せし"launch"と書かれたスイッチの手をかける。
「10 second 9 8 7 6 5 4 3 2 1 turn」
同時にスイッチを回し”cool"から”launch"にうつす
「lift off lift off」
スイッチを回したと同時にミニットマンⅢの一段目のエンジンに火がともり、サイロから爆炎が噴き出す。
爆炎に遅れロケットよりも速い初速でサイロを飛び出していく。
爆音と軌跡を残しミニットマンは数分で宇宙空間へと飛び出していった。
数十分後にはゲイル公国の荒野にポツンとあったゲイル公国軍の要塞が地上から完全に蒸発し消滅した。
核分裂による閃光は要塞から百キロ以上離れた公国の首都からも観測されたという。
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