第38話 前哨戦④
「亜音速だと!?間違いないのか?」
明らかにアリサ中尉が狼狽する。
「中尉、確かに速い機体の様だがなぜそこまで狼狽る?
3機程度では船を沈めることは不可能でしょう?」
艦長が怪訝な顔をしつつ詰めて来る。
「ゲイル公国海軍に対空戦闘用意を伝達しますよ。良いですね?」
そう言うと、艦長は通信兵の方に向き直る
「通信兵、打電を」
「はっ!」
「敵航空機3機の接近を確認した。至急対空戦闘の用意をされたし」
「待てっ!」
声を荒げアリサ中尉が打電を止める。
「打電内容は“重大な脅威の接近を確認、至急総員退艦されたし」
「中尉!戦う前から皇帝が下賜された艦を放棄するなど論外だ!」
「敵航空機3機、反転しました!」
「中尉!敵は反転したではないか!...」
艦長は皇国軍人としては真当な意見を叫んでいるがアリサ中尉の耳には届かない
脳裏の中では、あの後更に研究した内容が高速でフラッシュバックしていた。
“Harpoon対艦ミサイル”ふとこの名前が脳裏をよぎった。
見えない距離から正確に目標に着弾すると言う対艦ミサイル。目視圏外からこれを放ったとすればこの艦に着弾する可能性も!
「ふせろぉぉぉぉ!」
ブリッジの中に居る兵員に向かって叫ぶも誰一人動こうとしない。
しかし、直ぐに中尉の指示が正しいことは証明された。
突如軽巡と駆逐艦の船体が船体中央部に爆炎を上げ一瞬浮き上がり二つに折れ曲がったのだ。
轟音と光、無駄なエネルギーの消費を最小限まで削り破壊の為に最適化された火薬が竜骨をへし折り艦内でそのパワーを解放する。
艦橋のガラスは軋む音を立てながら揺れる。
「レーダー上から反応が喪失、爆沈したのものと思われます」
「な!?何が起きたんだ!」
突然の爆発と衝撃に状況を把握出来てない艦長は狼狽た。
しかし敵は彼らに理解する暇を与えない。
さらにオペレーターが続報を淡々と伝える。
「敵機さらに増援、2機が時速500キロで接近中」
「時速500キロ...、こいつはA-10攻撃機だ!」
アリサ中尉の記憶にはっきり残っている。
バルカザロスで購入した航空機雑誌に載っていた旧式の攻撃機だ。
鈍重な機体とは書かれていたが、皇国空軍の戦闘機より少し遅い程度の巡航速度で強力な機関砲と強大なペイロードを誇っている。
先ほどの、攻撃がカタログスペック通りであった事からもこいつも同じ事が予想できる。
対空砲があれば撃ち落とせるかも知れないが残念ながら供与した戦闘艦が沈められた今、この船に積んである自衛用の軽機関銃では分厚い装甲を貫ききれずに弾き返されるのが目に見えている。
いっそ撃ち落とせないのならば、この艦が軍の管理下である事を露呈させない方がまだ利があるというものだ。
特徴的な甲高く腹に響く音を纏いながらその機体が近づいてくる。
「敵機本艦直上をフライパス!」
先ほどまで点にしか見えなかった機体がその下腹がはっきり見えるほどまで近くに見えた。
敵機が速度を下げ投弾体制に入ったのがスローモーションで見える。
翼に装備された細長い爆弾は機体から切り離されると音を立てずに吸い込まれるようにビーチに集結したゲイル公国兵に向かって落ちていった。
次の瞬間にはビーチの砂が黒煙と共に吹き上がり、兵士達を跡形も無く吹き飛ばした。
この一瞬が長く感じたが、A-10による攻撃はこれで終わりでなかった。
「敵機反転しさらに上陸地点にアプローチしています!」
大きな弧を描き今度はビーチに沿うように2機が編隊を組み侵入して来るのがはっきりと見える。
ブォォォォォォォォォ
不快な音が届くより先にビーチに無数の弾が着弾し、砂が吹き上がるのが見える。
その連射速度は凄まじく、威力も凄まじい。
皇国の供与した上陸用舟艇は大穴だらけになり沈み、少ない生き残りの兵士も更に数を減らされる。
律儀に密集していた彼らは一発目の爆弾投下でその大半が何が起きたかも知らないまま八つ裂きになり死亡し、運よく生き残った兵もその後の機銃掃射でさらに大半が消えていったのだった。
それでも生き残った運の良い200名前後の兵士は命からがら内陸部に逃げていった。
「中尉、撤退を進言します」
そう言ったのは艦長だった。
「いや、まだです。島内にゲイル公国兵が残っています。」
「彼らを助けるために我々が危険を犯すべきだと、そう言いたいのですか?」
「まさか、この戦いの結末まで見届けたいだけですよ。
公国旗を掲げている限りこの艦が攻撃を受けることはありませんし」
「相手は宣戦布告されただけで一国を滅ぼすような国ですぞ!」
「それは我々とて同じではありませんか。これまで我が国が滅ぼしてきた国、民族の数々よもや忘れたとは言わないでしょう。
しかし大丈夫でしょう。我々とバステリアは違います。流石に世界最強の我が国に明らかな敵意を向けてくる事はしないでしょう
何よりも、このような敵は初めてです。少しでも多くの情報を集めることは我々の使命といえるでしょう」
「くっ....。了解しました。情報収集活動継続します」
艦長は不服そうな素振りは見せたが渋々従う他なかった。
***************************
日が傾き紅い光が包むチェル島内ではサンプソン軍曹達米陸軍分遣隊は、洞窟に避難させていた住民達に食料を届けていた。
今は上空をUAVが監視しているため、比較的安心して行動できる。
敵の敗残兵の多くはビーチ奥の森で身を潜めている事が確認できている。
つまりここは安全なのだ。
メルヴィル少尉は衛星電話を使って海兵隊と最終調整に入っている。
現在海上にいるのはメルト皇国の海軍旗ではなく国旗を揚げている明らかに不審な民間船舶一隻のみ、選択された上陸方法はAAV7(水陸両用の兵員輸送車)とLCACを使った洋上からの殴り込みだ。
そして上陸完了と共に不審船をヘリコプターで強襲し臨検、場合によっては拿捕する。
既に揚陸艦を含めた遠征打撃群はビーチ前10kmの地点で待機している。
当然付近の海上、上空は船一隻、航空機の一つも通さない体制だ。警告を無視して突入して来た船にはハープーンミサイルを撃ち込む手筈になっている。
調整を終えたメルヴィル少尉が作戦について話す。
「諸君、10分後に
我々の仕事は住民の安全の確保と生き残る事、それだけだ!」
A小隊から選抜されたサンプソン軍曹ともう一名の二名はM110を抱えビーチを監視し、海兵隊の上陸を支援、誘導するためにビーチから700 メートル程度離れた高台に潜入する。
「こちらワルデン1、配置完了。アンヴィル1聞こえるか?」
『こちらアンヴィル1、明瞭に入感している。現在ウェルドッグへの注水が完了しいつでも待機できる状態だ。
誤射を防ぐためそちらの座標を送信されたし』
「了解、こちらの座標を送信する」
『ワルデン1、そちらの座標を確認した。
これより上陸を開始する』
サンプソン軍曹が覗く双眼鏡には強襲揚陸艦の後端から続々と海に飛び込むAAV7の姿が伺える。
鈍重な車体は海に飛び込むと更に速度を落とし波に揺られつつもどかしい程ゆっくりと海を進む。
「伍長、敵影は見えるか?」
隣で付近を警戒する部下に尋ねる。
「200m先に見えますが疲弊して座り込んでますね。
数は2です」
それならば問題は無いだろう。
いつでも仕留める事はできるし、その程度ならば問題ない。
「そちらはどうですか?軍曹」
「敵の指揮官がビーチ手前で部下数人に囲まれているのを発見した」
明らかに装飾の多いい軍服を着た者が地図か書類かを覗き込みながら話合っているのが見える。
周りの者も装飾が多めの参謀か士官と思しき者ばかりだ。
A-10からの空爆、機銃掃射を逃れていたことから戦列から離れて指揮していたのだろうと分かる。
「ワルデン1より、アンヴィル1へ。敵の指揮官らしき男と複数の高級参謀らしき男たちを補足した。座標を送信する。」
「了解、母艦に報告し対処を仰ぐ。オーバー」
AAV7が単横陣に隊列を整え少しづつ近づいてくる。すでに強襲揚陸艦とその護衛の駆逐艦は見える範囲にいたが、さらに沿岸警備隊のカッター、バーソルフも接近している。
何をするのかはわからないがバーソルフの後部甲板では白とオレンジで塗装されたヘリが引き出されている。
そして、敵の先遣隊と同じタイミングで接近してきた、おかしなアンテナを展開した船舶は他の船が撃沈された後も一切救助活動もせず、我が物顔で錨を下ろしとどまっている。
情報によると、その船が掲げているのは、ここからさらに西に抜けた先にある中央世界の覇権を握り、魔術文明圏とやらの頂点に君臨するメルト皇国の国旗らしい。
この旗を掲げていれば手を出せないと思って高を括っているのだろうか?
もしそうだとすればかなりの傲慢だ。
『こちらアンヴィル1、まもなく海岸に到達する。繰り返す、まもなく海岸に到達する』
既に海岸まで百メートル程度の距離だ。
横一列に並んだAAV7が一斉に煙幕とフレアを放出する。
煙幕は短い間その車体を覆い隠し、上陸を容易にする。
濃い煙幕を切り裂くようにその姿を再び見せるとそのままの速度を維持し重く腹に響くエンジン音と共に一気に浜に乗り上げる。
キャタピラが接地すると一気に速度をあげビーチ半ばまで進む。
森の中から時折発砲音が聞こえる。
突然鉄の塊が海から上陸し驚いたのだろう。
森の中から散発的に彼らの持つ小銃のような物の独特な発砲音が散発的に聞こえる。
疎なとこをみれば既に敗残兵同士に繋がりがない事も容易に想像できる。
そして彼らの心中を察するのも難しくはない。
森で一発発砲音が聞こえれば、ビーチからは5.56mm弾を連射で打ち出す音と擲弾を撃ち出し、着弾した擲弾が炸裂する音がする。
敵が哀れに思えてくるほどの応射だ。
AAV7は停車し後部のランプから海兵を次々と吐き出す。
「こちらワルデン1、A小隊へ、すでに海兵隊のAAV7が上陸を完了。敵が島内陸部へ逃げていくのを確認した。周囲の警戒を厳にされたし」
『A小隊了解した』
「伍長、随意に敵を撃て」
隣で警戒に当たっている伍長に射撃の許可を出す。
「イエッサー!」
M110の長いバレルから撃ち出される7.62mm弾は500m程度なら正確に標的を打ち抜く。
しかも混乱した敵はAAV7の上陸部隊しか見えていない。こちらは全く反撃されずに一方的に弾を撃ち込むことができる絶好のシチュエーションだ。
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そのころUSCG バーソルフのヘリ甲板では不審船に乗り込み、臨検、拿捕するための準備が進められていた。
USCG TACLET“戦術法執行チーム” 武力を持って公海上、米国領海内で米国連邦法を執行するための組織である。
個人装備は軍の特殊部隊と大して変わりはない。手にはM4のCQB-R仕様を持ち頭にはMARITIMEヘルメットにコムタックⅡヘッドセットをつけ胸部はプレートキャリアで固めている。
今回の指揮を取るジェイソン・ヘンダーソン大尉も今までの豊富な経験からある程度の察しはついていた。
不審船は明らかに民間船舶ではなく、この襲撃に関与している。
そして艦尾にはメルト皇国旗を掲げている。
高度な政治判断が絡むことは間違いないが、ワシントンはGOを出した。
ジェイソンは黒人系で体躯はまさしく特殊部隊員のそれであり、マルチカム迷彩を施したBDUの袖をまくり筋肉が隆々とした腕を晒していた。
彼の手にあるCQB-R仕様のM4がSMGのように見える。
その後ろにはCIA局員がスーツの上に黒のプレートキャリアとMich2001ヘルメット と身につけていた。
彼は決して若く無く、50代後半である事は間違いない。
その彼もTACLETと共に乗り込む。
「大尉、発進準備完了です」
ヘリのパイロットが機内からインカムを通じて伝える。
「よし、執行を開始する、ゾディアックは目標艦に向かって発進、我々も乗り込みが完了次第発艦する」
彼がインカムで伝えるとバーソルフの両脇からゾディアックと呼ばれるゴム製の黒一色のボートが海面を滑るように不審船に一直線に疾走する。
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