第42話 極東②
午前3時、強襲揚陸艦からゴムボートで浜辺に3小隊が乗り込んでいる。
長沙の上部に備え付けられてる赤外線カメラからははっきりと映し出されていた。
浜辺周辺に灯りはなく誰かに気付かれた様子も無く、反応も全く見られない。
彼らは上陸地点を中心に散開し本隊のLCACの到着を待つ。
今回の作戦に参加するのは陸軍の部隊ではなく、海軍陸戦隊という海軍の隷下にある部隊だ。
他国でいうところの海兵隊と同格だ。
歩兵は近代的なプレートキャリアとヘルメット、ナイトビジョンそして95式歩槍、この95式歩槍はプルバック式で5.8mmの人民解放軍規格の弾薬を使用する。
陸戦隊の持つ95式には光学機器は装備されておらず、アイアンサイトしかないが比較的練度の高い彼らならば100m先の静止目標で有れば全員の有効射程内であり、一部の技量の高い隊員で有れば400mの静止目標まで命中させることが可能だ。
LCACによって投入される歩兵は60名程度でさらに装甲車が投入される。
1km先には住宅が見えるが、街灯は確認できない。
先に上陸した隊が見つからずに済んだのは灯りの少なさが大きな要因となっている。
ただ、大型の艦艇が未だに見つかっていないのは常に水上レーダーで哨戒艦の位置を把握し見つからない位置に移動し続けているからだ。
車両を使って市街地に突入すればさすがに見つかるだろうが、沖合の艦からの支援を受けられる今回のケースでは問題にならない。
上陸してくるLCACを誘導するため、誘導要因は黄色のケミライトを取り出して構える。
地上に光は無く、空に月さえ見えない新月の夜海からはケミライトの光がはっきりと見える。
2隻のLCACがファンの音を掻き鳴らしながらゆっくりと砂浜にビーチングしてくる。
誘導員の指示に従いゆっくりと。
安全に荷下ろしができる場所に辿りつくと空気を抜き、ランプが地上につくところまで高さを調整する。
ランプが開くと中からは一個小隊を乗せたトラックが合計3輌、ZBD-04歩兵戦闘車が2両降りてきた。
ZBD-04を先頭とした隊列を組み一路、街の中央の行政施設を目指す。
漁民を捜すために一軒一軒廻るのではラチがあかないから、街ごと占領しようという発想なのだ。
こんな荒技も西側諸国の目が届かないこのエリアだから出来ることだ。
外交戦略的視点から今回の作戦をみるとこのエリアを中国の経済圏に取り込むための初手でしかない。
過剰に住民を脅かすことは目的を考えると得策ではない。
今回の作戦が成功したなら、最終的には中華人民共和国を中心とした経済構想一帯一路に組み込み経済的に取り込む。
軍事力を背景にした占領よりも債権や経済援助を背景とした半傀儡化の方が恒常的に影響力を行使でき、利益を抽出するのも効率的だ。
上陸した部隊は行政区画の入り口に到達した。
煉瓦造りの2、3階建ての建造物が建ち並ぶ。路面は舗装されておらず、歩道のみ石畳で固められている。
しかし、通りにはガス燈が並び、庁舎の前では巡査が警備をしている。しかも、最優先制圧目標の市長官邸は通りの一番奥でありこれ以上の隠密行動は不可能である。
「
『こちら崑崙山、
「
中隊長の指令とともに二小隊は勢いよくトラックから降車し、街路左右に展開し一列縦隊に並ぶ。
ZBD-04の中では三小隊が官邸への突入に備え車内で待機する。
車両が前照灯をハイビームで点灯し通り一体を眩しいくらい明るく照らす。
これまでエンジンの回転数を落としエンジン音を響かせないよう静かに前進していたが、これ以降はその必要は無い。
エンジンを唸らせ前進に備える。
「
中隊長は車載無線機の受話器を置き覚悟を決めたように指示を発する。
「
車両が一斉にエンジン音を轟かせながら前進する。
官庁街であるこの通りには多数の警官が詰所に張り込んで昼夜問わず張り込んでいる。
音を聞きつけた警官が飛び出してきた。
彼は一瞬で状況を把握し門の中にある詰所にもどり通信機に手を掛ける。
「緊急事態発生!市長邸通りに急襲!敵性勢力の所属は不明。至急、がっ」
彼が最後まで発するより前にZBD-04の砲弾が詰所ごと彼を消しとばした。
戦時中でないこの街では警備の警官も大した数配備されておらず主任務は治安の維持だ。
この事態には全てが不十分であった。
順調に前進を続けるが、先ほどの警官以外に人影が見えない。むしろ違和感を覚えるレベルである。
その数十秒後、町中から不愉快なサイレンが鳴り響だした。
遠く離れた郊外が突然明るくなった。
『長沙より上陸部隊へ急報。敵が貴隊の来襲を察知した恐れがある。そちらの方角へ哨戒艦クラスの艦艇5が集結を開始した。』
「了解した。艦艇の対処は可能だろうか?また、ヘリによる上空からの監視を要請する」
『艦艇の対処は充分可能である。哨戒ヘリを送るが発艦準備、上空到達まで10分程度要する』
事前の想定では近郊の陸軍基地からの増援の到着が最短10分、最長で30分であった。
問題はない。ヘリからの監視が有れば駆逐艦による砲撃支援を受けることができる。そもそも敵は歩兵戦力であることが想定されるためZBD-04さえ居れば十分に対応可能だ。
沖合で明るい火球が凄まじい勢いで5つ上空に向けて飛んでゆくのがはっきり見えた。
駆逐艦から放たれた鷹撃18艦対艦ミサイルの初期ブースターだろう。
星がよく見える暗い空なだけあってよく見える。
既に
ここまで物の2分であった。
市長邸は石煉瓦でできた壁と鉄格子の門で守られていた。
これを破るべくZBD-04はエンジンを吹かし構える。
一気にギアを入れ響くエンジン音とともに門に向かって突っ込む。
鉄格子はグニャリと曲がり、車体は接触面の塗料が剥げた。
車内に衝撃は伝わらず、少し揺れた程度であった。
「
ZBD-04の後方のタラップがおり中から続々と陸戦隊員が降りて正面玄関の扉を取り囲むように展開する。
最後尾の隊員が背負っていたブリーチングハンマーを構え重厚な木製の扉の前に移動する。
「やれ」
排長の指示にハンマーを持った隊員は頷きブリーチングハンマーを振り下ろす。
一度では壊れず数度叩くと内側でキンっという音と共に金具が弾けたのが分かった。
「解錠ぉ!」
先頭から2番目の隊員がスタングレネードを構え、ハンマーを持った隊員が再び構える。
ハンマーを振り下ろし扉を叩くと全開に開いた。それと同時に退避し、スタングレネードを持った隊員がそれを放り込む。
眩いばかりの閃光と爆音が扉の中を一瞬包み込む。
「突入!」
95式を構えた隊員がゾロゾロと入り口から進入してゆく。
扉奥から紫色の光が見えた。
「接敵‼︎拳銃を装備している!」
通りを警備していた警察官たちだ。
手には拳銃サイズの武器が握られている。
三番目に突入した隊員がその場に倒れ込む。
「一名負傷!」
後続の1人が彼のタクティカルベストの首根っこを掴み外へ引きづり出す。
建物の中では95式の発砲音が鳴り響く。
「3排に一名負傷者!衛生班の派遣を要請する」
撃たれた兵は意識ははっきりしているが、痛みに悶えている。
脚から血を流している。
中隊付きの衛生班が両手に荷物を抱えて走ってくる。
「大丈夫だ!傷は浅い」
ボディーアーマーのない太腿に被弾している。
その間にも第3
平時の官邸に配備されている警備では不十分という訳だ。
「対象発見!」
全ての部屋を片っ端から探し周り市長を見つけた。
ここまで2分だ。
鼻下に白い髭を貯えた老人であった。
手をタイラップで後ろに縛られた市長は隊員らを睨みつける。
「貴様らは一体何者だ」
「我々は人民解放軍だ。貴様らが不当に収容した国民を解放する事が目的だ」
「何が不当だ!奴らは我々の領海に侵入したんだぞ!」
「何を寝ぼけた事を言っている。そこは人民共和国の法にもしっかりと明記された我が国の排他的経済水域だ。
まずは、ここに向かってきている軍の行動を即時停止してもらおう」
排長は市長の拘束を解き受話器を市長に押し付ける。
「断ったら?」
「彼らが死ぬだけだ」
窓から駐屯地の方向を指差す。
「戯言を」
「成る程、信じて頂けないようだ。
砲撃支援の要請を」
「了解!」
「しっかりと見て頂きたい。我々の力を、そして我々と対話するかどうかを考えて頂きたい」
「連長、間もなくこちらに到着されます!」
「中央軍事委の方か?」
「安全が確保されてから来られるとのことです」
排長は交渉についての訓練は当然受けた事が無く、早くその手の専門家と交代したくて堪らなかった。
下手に関わると後々何かしらの責任をなすり付けられかねないからだ。
「排長、間もなく着弾です」
駐屯地の方で一瞬の閃光が連続して見られた。
蜂の巣を突ついたような騒ぎになっているだろう。
「市長殿、軍の方に何時ごろ来られるか聞いた方が良いのでは無いですか?」
再び受話器を押し付ける。
「くそっ」
番号を入力し、基地の方へコールを掛ける。
「基地司令、救援はどうなっておる!?」
「現在、砲撃を受け行動不能だ」
「畜生ぉ!こ、降伏する。攻撃を停止してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます