第35話 前哨戦①
オーグレン中尉ことアリサは町の書店で軍事関連の書籍を探していた。
初めは専門書のコーナーで探していたのだけれどもどうにも見つからない。
そもそも書店のサイズが想像以上に大きかった。
書店といえば、小さな店舗に店主が1人彼が彼の好みで選んだ本を売っているイメージがあった。
しかし、この書店はデパートメントとまでは言わないが、そのくらいの広さと品揃えだった。
フロアを上ったり下がったりして店中を探し回った挙句趣味のコーナーで見つけた時には驚いた。
なぜ軍事の本がそんなところにあるのか?
彼らは趣味で戦争するのかと思ったがそうゆうわけでも無いらしい。
少し理解できない。
さらに驚くべきことに軍事関連の月刊誌が発行されでいる。
それも複数誌。
色々ある中から、特に陸軍について扱っていそうなものを手に取って開いてみた。
上質な紙に綺麗な写真が載っている。
この誌面を見る限り、彼らの印刷技術はこの世界で最も優れているに違いない。
1ページ目を開くと、アメリカ陸軍の特集が組まれていた。
彼らの服装は全員迷彩模様で、ヘルメットにボディーアーマー装備している。
基本的にはムー共和国と似た装備のように見えるが多少アメリカ軍の装備は小隊単位の機動力と戦闘力を重視しているように見えた。
もしかしたら、彼らは非対称戦に重きを置いているのかもしれない。
戦車もムー陸軍のような移動要塞では無いように見えるし、軽装甲の兵員輸送車に火力を追加したような車両も見受けられる。
これはもしかしたら、下手に策を弄して小規模戦闘を広範囲で仕掛けるよりも、集約した大規模な戦力をぶつける方が正解に近いのかもしれない。
航空戦力で一掃されては元も子も無いが常識的に歩兵と攻撃機が上手く連携できる訳はない。
ふうっと 一息つき本を閉じた。
本屋で立ち読みをするのも悪いだろうから軍事関連雑誌を纏めて買い込んで、どこかのカフェでゆっくりコーヒーでも飲みながら読み漁る事にした。
10冊程の雑誌とグルメ本を持ってレジに並んでいると、今会計をしている客が買い込んでいる本も自分の持っているものと似たようなラインナップをしていた。
そのままその客の顔に目をやると見知った顔だった。
他の魔導文明国家の諜報員だった。
レジにいる店員の表情を見て分かったのだが、どこの国のスパイも同じことを考えて、この書店で同じような本を買い込んでるようだ。
無事にその後会計を終えたアリサは、グルメ本で見つけた軍港がよく見えるアメリカのシアトル発祥のカフェで甘ったるいキャラメル入りのドリンクを啜りながら海軍情報誌を開いていた。
本を読むところによると、彼らと私たちでは戦い方に関する前提が違うようだ。
まず彼らはお互いに超長距離で隠れながら戦うようだ。
ミサイルなる誘導弾を駆使しながら撃ち合う。
この誘導兵器の性能は妨害が無ければ数百キロ先でも外れる事は無いとあるが信憑性は低いだろう。
魔導さえ持たない文明に我々が魔導の全てを注ぎ込んで生み出した魔素自律判断回路を超えるものを開発できるとは思えない。
せいぜい100キロ先から飽和攻撃を仕掛けて1、2発程度が当たるのが関の山だろう。
この手のハッタリには今まで何度も遭遇してきたが今回のこの情報に関しては疑う余地すら無い。
船体を傷付けるのがよっぽど怖いのか迎撃能力にかなり重きを置いているとあるが、この用兵思想のせいで艦は装甲が殆ど付いていないようだ。
なによりも笑える事は戦艦がほんの数隻しかい無い事だ。
日本に至っては駆逐艦程度の艦しか保有していない事になっている。(護衛艦の船体番号頭のDDは全て駆逐艦の意)
前長が200mを超える空母型の艦艇も駆逐艦として登録されているが、これはよっぽど戦闘力なり搭載量なりが低いという事なのだろう。
海に関しては張りぼて同様の可能性も考慮に入れなければならない。
さて、一番問題の航空機についてはどうだろうか。
彼らの世界の作戦機について網羅した本が積み本の中にあるのを思い出した。
本の山の中から引っ張り出して開いた。
驚いた事に彼らの戦闘機にはプロペラが付いていない。
我らがメルト帝国が開発した航空機用エンジンの形式に似ているが解説を読み進めると少し違う事に気付いた。
こちらのものは、魔素を利用して狙った位置にHe分子を生成し気体の体積を爆発的に大きくし進む。
あえて彼らの分類に従うならば、ロケット方式に近いのだろう。
彼らのジェット機というのは音速を超えることが出来るとある。これについては初日にあったスパイ4人組が高速でフライパスする彼らの機体を見たというから間違い無いだろう。
しかしまた、武装が貧弱だ。
艦艇と同様に武装はミサイルがメインだという。
射程を見るに遠距離から撃ち込み、油断している敵を撃ち落とす物だろう。
物理砲は一挺の機関砲しか積んでいない。
これならば、水面ギリギリを飛行して近づき物量に任せて格闘戦で撃ち落とせば難なく制空権を奪取出来るだろう。
間違っても高高度をのんびり飛んでいては撃ち落とされるし、一撃離脱を繰り返されればジリ貧になって負ける。
最後に宇宙空間の戦争と題された本を買っていたのでそれを開く。
開くとICBMと言うものがあったが、また長距離を狙うものだ。
こいつらは長距離バカなのかと思うほどに長距離兵器が好きだ。
しかも搭載物は禁忌ときた。
大陸間なんてバカみたいな距離、打ち込んだところで狙った所に落ちるわけがない。
そこで禁忌の一発の威力に頼ろうというわけか。
まぁ、彼らの本国から打ち込んだところで海にOBする事は間違いないから大した脅威では無いだろう。
ICBMは無視だ。
次の章の衛星の軍事利用を開いて口角が上がってしまった。
開戦の口実を見つけてしまった。
というのも、メルト皇国首都を上空から撮影した写真が掲載されていたのだ。
撮影はアメリカ空軍となっている。
これは自ら領空侵犯をしましたよと高らかに宣言しているも同じだ。
実際はどうせ、どこかで過去メルト皇国が公開した航空写真でも手に入れたのだろう。
本を全部読んだ感想は、航空機以外は全くの脅威では無いという事だ。
月刊誌まで発行されている理由も過剰なプロパガンダとハッタリの為だろう。
しかし技術レベルとしては、一部はメルト皇国を超えているし、多くも魔術文明国やムー共和国に近しい所まで来ている。
たしかに、これではバステリアには荷が重い。
最初の軍の見解の未開地の文明が人海戦術に物を言わせてムーと協働して勝ったという考え方で作戦を立てていたら足元を掬われていたかもしれない。
しかしまぁ、ここの食べ物や飲み物は美味しい。
この街を灰燼に帰す前にゆっくり観光しておこう。
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2023年 8月10日
バステリア北西方向に位置する島、全長10km程のチェル島にはアメリカ陸軍の分遣隊とレーダーサイトが展開していた。
戦時下では無い今、この島には二個小隊の戦闘部隊しか居ない。
自分こと、ジョージサンプソン三等軍曹はいつものようにパトロールの任務に向かう。
ハンビーに分隊の仲間と共に乗り込み島の市場、港町、海岸線、再建中の村を廻る。
最近は島の住人達とも仲良くなる事が出来、良い関係が築けていると思う。
市場に向かう道中には砂レンガで作られた家の廃墟が点在している。
この光景はアフガンでの生活を思い出させられる。
治安が一向に良くならないアフガニスタンからなかなか撤退できないアメリカ軍は今でも1000人程度の兵を駐屯させているが、自分も数ヶ月前までその1人だった。
そこで住民と良い関係であることの重要性をひしひしと感じた。
住民達が敵の存在を教えてくれなければパトロール中に自分は戦死していたかもしれない。
敵の勢力下で自分たちの存在がバレると民兵がたちまちアリのように群がってくる。
あれは嫌な記憶だった。
島の市場に行くと、いつもの市場との違いに気づく。
市場の中心では店主たちが買い物に来た市民たちに詰め寄られているのが見えたので、人混みをかき分けて店主たちのところまで事情を聞きに行った。
顔なじみの商人のひとりを大声で呼び掛ける。
「ブレナーさんこれはいったい何のさわぎなんですか?」
サンプソン軍曹に気が付いたその商人はまずは助けを求めた。
どうにかブレナーさんを人混みから助け出すことができたのさっきの質問をもう一度することにした。
「で、ブレナーさんこれはいったい何の騒ぎなんですか?」
「なんで品物を売れないのかって怒られてたところなんだよ」
「それは、ブレナーさんが売り惜しみをしてるってことなんですか?」
「いやいや、まさか俺がそんなことするわけないだろう。こんな狭い島で客と喧嘩してどうするよ」
「では、なぜ品物を売れないのですか?」
「定期便が来ないんだよ」
「船が着かないということですか?」
「あぁ、それも一隻もな」
「それは、どういうことですか?」
「知らねぇえよそんなこと」
不吉な予感がする。
無線機のPTTボタンを押し込む
「チェル島基地へ、こちらパトロール1。応答願う」
『こちらチェル島基地、パトロール1どうした?』
「住民より、本日入港予定の交易船が一隻も入港していないという報告を受けた。近海域き天候不良の海域はあるだろうか?確認願う」
『了解した。確認する。暫く待機を願う』
「パトロール1了解した。オーバー」
しばらくブレナーさんとたわいもない話をしていた。
彼曰く、別の島にいる嫁さんが自分の子供も産んだというのだ。
早く島に帰って子供を抱きたいと笑顔で嬉しそうに話していた。
普段は話が上手な彼が何周も同じ話をしていたことを察するによっぽどうれしいのだろう。
『チェル島ベースより、パトロールワンへ、海軍に確認したところ特に天候の異常は確認されなかった。
レーダー上でも船舶の航行は確認できている。
一応コーストガードに近海域の調査の要請を出したので続報をまて』
「パトロールワンよりベースへ。
了解した。オーバー」
「だそうですよ、ブレナーさん。もう少ししたら船、着くかもですよ」
「そうですか、だといいのですが...。
うちの船は、ムー共和国で建造された一万トンクラスの動力船なんですよ。
多少の悪天候でも問題ないはずなのに…。」
ブレナーさんの顔はなおも不安そうだ。
「大丈夫ですよ。何かあれば基地の方まで来てらえば対応しますよ」
とりあえず、ハンビーに乗り込み次の地点を目指すことにした。
車に揺られること数分、すぐに海が見える。
港町についたが、確かに交易船が一隻も入っていない。
確かに不審だ。
「軍曹!緊急帯域で無線が入っています。コーストガードからです」
車載無線をいじっていた部下が声をあげる。
「聞こえない!音量をあげろ」
『USC バーソルフよりバルカザロス北西域の艦船に通告。
現在チェル島付近を通航中の船舶は民間船に非ず。
繰り返す、現在チェル島付近を通行中の船舶は民間船に非ず』
「おい、これってまさか。敵襲か?」
「軍曹!続報が入ります」
『通航中の艦隊のメインマストに敵性勢力の海軍旗を認む。
チェル島分遣隊は至急対応されたし』
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