第36話 前哨戦②
コーストガードから送られてくる内容が示すのは単純だ。この島がこれから戦場になるということだ。
『接近中の敵艦隊の艦容は大戦型軽巡洋艦1、大戦型駆逐艦3、大戦時型輸送船1である。
2時間以内に艦砲射撃の可能性あり、至急退避されたし、至急退避されたし』
「どちくしょうめ!!住人を洞窟に誘導しろ」
このくそったれな世界に苛立ちを隠すことができないほど頭に来ている。
今すぐ戦闘の準備を始めたいところだが、市民を放置するわけにはいかない。
隊員達は一軒一軒周り玄関を叩いて避難を促かす。
今ままで住民達と交流を図ってきた事の効果が現れているのだろう。
殆どの住民が即座に避難を開始してくれている。
「チェロベースより島内の全部隊へ。
敵対勢力による侵攻が予想されるが、3時間は空軍、海軍の支援を受けることは出来ない」
敵が意図してか、意図せずしてかは分からないが最悪のタイミングでやって来たことになる。
多分、哨戒任務の駆逐艦が最北上しているタイミングだったのだろう。最悪のタイミングだ。
巡視艇に艦隊の足止めをして欲しいところだが、誘導兵器を持たない沿岸警備隊の艦艇で、正規軍の艦隊を止めることは難しいだろう。
「伍長はそこの二人と共に引き続き住民の誘導を行え。
その他は一旦基地へ引き返し戦闘準備をする」
ハンビーを1輌残し、基地へと帰還する。
敵が上陸するまでの1時間、時間の勝負だ
敵の侵攻開始までに準備が整わなければその時点で死、仮に初撃を凌いだとしても増援が来るまで耐えきれなければ死が待っている。
パトロールチームの車列が基地に入った時には既に戦闘準備を整えた部隊が移動を開始していた。
ハンビーから降りて自分の小隊の小隊長を探す。
兵舎の歩哨を見つけて尋ねる
「俺たちの小隊長を知らないか?」
「メルヴィル少尉ならレーダー棟のモニタールームです。軍曹達をお待ちしておられます」
「サンキュー」
歩哨に礼を言い、レーダー棟へ向かう。
レーダー棟は建物上部も球状のシールドに包まれたレーダーが設置されている場所で、この基地の存在理由でもある。
建物の中では、レーダーのオペレーター達が慌ただしくレーダー関連の装置やパソコンに爆薬を仕掛け、書類を焼却処分する為に屋外に持ち出している。
ここを放棄するんだなと思った。
戦闘前でアドレナリンが出ているせいか、これといって負の感情は湧いてこなかった。
フロアを上がり、会議室に入ると目的のメルヴィル少尉が待っていた。
「パトロールチームただいま戻りました」
敬礼と共に帰着の報告をする。
「ご苦労!それでは時間がないので早速だが今後の我々の行動について説明する」
少尉が卓上に地図を広げる。
「まず、敵の上陸予想地点はここだ」
港町にあるビーチ指す。
「敵さんの装備からはここ以外に強襲できる地点があるとは思えん」
さらに続ける。
「本来ならば最も脆弱な上陸時を水際で叩きたいところだが海上からに艦砲射撃が当然ながら予想される。
残念ながら我々に軍艦を沈める術は無い。
海軍の支援を受けられるまではゲリラ戦に徹し、その後海軍と協働し反撃する」
「我々の純粋な戦闘部隊は2個小隊のみですが、支えきれるのでしょうか?」
「軍曹の心配は最もだ。
最悪の場合はRHBボートに分乗して沖合に一時退避する」
「なるほど」
「そして、我々の配置だが」
少尉がペンで地図に丸を書いていく
「ビーチから少し離れたところにある森の中だ。
この中にM2を取り付けたハンビーを4両、MARPを1両、LAVを一両擬装した状態で隠しておく。
弾薬もありったけ、持っていけるだけ持っていく」
「了解しました」
「それでは行くとしようか」
そういうと少尉は置いてあったヘルメットを被りチンストラップを締め、M4カービンを担ぐ。
塗装が所々剥げたM4が少尉の実戦経験を物語っている。
レーダー棟から出て、ハンビーの車列を作っている自分達の小隊に少尉が指示を飛ばす。
「弾薬をありったけ詰め!
5.56も7.62も12.7もありったけだ!」
「イエッサー!」
隊員は一斉に弾薬庫に走る。
「軍曹、準備にはどれ程かかりそうか?」
「5分ほどで必要な弾薬、水、食料は積み終わるでしょう。
その後点呼、出撃となるので7分と言ったところでしょうか?」
「そうか、どうやら間に合いそうだな」
**************************
一方場所を変え、上陸する側、つまりメルト皇国側である。
オーグレン中尉は上陸部隊の旗艦から戦況の推移を観察していた.....ということはない。
部隊の上陸地点近くで投錨した民間の貨物船に偽装した情報収集艦のブリッジの上にいた。
今まさに上陸しようとしているのはメルト皇国軍では無く、衛星国のゲイル公国だった。
このゲイル公国と言うのは人口2000万人程度で文明レベルは産業革命時のイギリス程度である。
このゲイル公国に対してメルト皇国はチェロ島を攻撃するという条件を元に無償軍事援助の一環として武器を供与したのだが、武器供与を申し出た時のゲイル公国の喜びようは中々のものだった。
相手はバステリアを解体した国家だと言うのに。
具体的には、魔導をベースにした物理銃を上陸部隊に一人一つ与え、大戦型の軽巡と駆逐艦、輸送船、上陸用舟艇を与えた。
操船技術は、数年間かけ同盟国援助プログラムの一環として本国の兵学校で教育した。
しかし、数年間で艦艇の運用ノウハウなど身につくものではない。練度を期待などできない。
歩兵に至ってはただ新型の銃を与えただけで、旧式のものから運用方法を変えていない。
私としては占領に成功すればそれでよし、失敗すれば敵の戦力評価を変えれば良いだけだ。
そのためにわざわざ、失敗しても遁走出来るように情報収集艦を貨物船に偽装してメルト帝国の海軍旗ではなく、国旗を挙げているのだ。
常識的な国ならばメルト皇国籍の民間船を臨検するはずは無いからだ。
ブリッジには上陸部隊からの通信が絶え間なく聞こえてくる。
「艦長、上陸開始はあとどのくらいでしょうか?」
艦長に尋ねてみる。
「ふむ、既に沖合200メートルで輸送船が停戦していますね。
皇国海軍陸戦隊の練度ならば10分で上陸用舟艇が動き出すのでしょうが、彼らの練度だと20分といったとこですかな」
やはり、練度の差が出るな
「上陸地点の艦砲射撃が開始されましたな」
艦長が双眼鏡を覗きながら呟く。
艦橋の窓の外では軽巡と駆逐艦がビーチに向かって轟音と共に榴弾を撃ち込む姿が見える。
「艦長、敵の抵抗が余りにも少なすぎるようには思えませんか?」
先程から一発も撃ち返して来ない。
艦砲射撃の威力を知っているのか、ただ愚かなのか、今はまだ分からない。
陸上からの砲撃よりも艦砲射撃の威力の方が大きいと理解しているとしたら我々の戦力について良く理解している事になる。
「情報収集準備始め!」
「情報収集準備始め!」
艦長の指示を復唱し的確に準備を始める。
「電磁波、魔導波収集用アンテナ展張!」
「メインアンテナ展張始め!」
この間の主たる装備である、メインアンテナ。パラポラアンテナの骨組みのような形をした蜘蛛の巣型のアンテナは広範囲の長波から短波までの帯域の電波と通信球の帯域の魔導波を拾う事が出来るアンテナだ。
アンテナを展張した艦は明らかに民間船では無いが、それは大した問題では無い。
メルト皇国の国旗を掲げ民間船であることを主張している事が大切なのだ。
これに手を出すと言うことは魔導文明最強の国家を敵に回すという事だ。
圧倒的に国力の前では、事実など関係ない。
「展張完了!
各種装置の作動チェックを開始!」
「電磁レーダー、魔導波レーダー起動!」
情報収集艦の準備など他所に遂に上陸舟艇が輸送船の艦舷を離れ、陸に向かい熱走を始めた。
次々と舟艇が先頭も艇を追い輸送船を離れる。
舟艇には歩兵30人か、戦車1輌を積む事が出来る。
舟艇がビーチに近付くと、味方駆逐艦からの砲撃が止まる。
爆煙が晴れた先には、大穴がいくつも出来上がっていたがそれ以外には何も見えない。
艦橋に設置されたスピーカーからはゲイル公国軍の通信が絶え間なく入って来ている。
『舟艇1号、ビーチに到達!
ランプオープン』
兵士達が勢いよく飛び出して行く。
無事に上陸が出来たようだ。
上陸部隊の勢いとは反対に一切の抵抗も見えない。
後を追い次々とビーチに取り付くが、それでも一発の発砲音も聞こえない。
「歩兵部隊の上陸を完了、現在戦車2輌を揚陸中」
「オーグレン中尉、私はこの艦の艦長に任ぜられて久しいが、ここまで不気味な敵はみた事がない」
艦長の懸念は最もだ。
正直予想していた流れと違う。
何より、バルカザロスでの調査結果と異なる。
島に近付いた時点でミサイルとやらの飽和攻撃を予想していた。
では地上戦でカタをつける気かとも考えたが、彼らがこの島にゲイル公国陸軍400名を超える人数を駐留させているとも思えない。
「仰る通りです、罠か既に撤退したかのどちらとしか思えません。
軽巡から水偵を出させましょう」
「それが良いだろう。
通信兵!
軽巡 デューク ゲイルⅣに打電、
『水偵を射出し島内の状況を確認せよ』
以上 急げ!」
艦長が打電を支持する。
直ぐに軽巡の後部に搭載されているカタパルトが起動し水偵を射出する。
我が国の機体にはムー共和国の機体についているような醜いプロペラは付いていない。
魔素エネルギーによって空気中の気体をヘリウムに変換し高速で後部に向かって吐き出すロケット方式のエンジンを採用している。
射出された水偵は高度を上げ、チェロ島上空に到達する。
『デューク ゲイルⅣより、水偵1号へ。
敵兵は確認出来るか?』
『敵兵は確認できない。
敵軍事施設に煙が上がっているのを確認。
機密保持のために炎を放ったと思われる』
『了解、引き続き捜索に当たれ』
『了解....いや、前言撤回...』
「おい!あれはなんだ!?」
見張りが無線を遮るように叫んだその時だった。
地上から何かが煙を噴きながら水偵の方向に向かって吸い込まれて行くように突っ込んでいくのが見えた。
と、刹那。
水偵が爆散した。
ここまでほんの一瞬であった。
敵はプロだ....。
本能で分かった。
狐狩り程度の気で来たが、これは狼狩りだ。
気を抜けばこっちが喰われる。
報告書も書き直さねければ、このままでは皇国軍が一歩的に屠られる。
思考巡らせる自分が冷や汗をかいている事に気付いた。
この感情は....恐れだ。
「艦長、今までアメリカ軍の戦闘を記録したことはありますか?」
「いや、無いですな」
『こちら上陸部隊、これより隊伍を組み島内の制圧を開始する』
双眼鏡でビーチを覗くと戦車を中心に密集隊形で島の中心に向け移動する上陸部隊が見える。
「これはおそらく全滅待った無しですな」
艦長の言葉だ。
「全くです。こちらは敵の位置さえ掴んでいないというのに、密集隊形で突入とは....」
「どうします?撤収準備を?」
「いえ、皇帝の意思は東洋世界を手中に収める事です。否応無しにも戦わなければならないでしょう。尚更ここで我々が逃げるわけには行きません」
『こちら上陸部隊、現在順調に侵攻中!街の中心の制圧を開始した!』
こうしている間にも、上陸部隊は艦艇と連携が取れない奥へ奥へと誘い込まれている。
ゲイル公国軍は物資の揚陸まで開始してしまっている。
ビーチは完全に確保したと踏んだのだろう。
**************************
森の影で息を潜めるサンプソン軍曹の持つM4A1に載っているACOGサイトにはバッチリと敵の姿が映っている。
「B分隊、いつでも撃てます」
『了解、Aプラトーンリーダーより小隊各員へ、カウント5で射撃を開始する。開始から2分で移動を開始。敵に捕捉されるな!』
セレクターをセーフティからセミオートに変える。
『Tマイナス。 5、4、3、2、1、ファイア!』
引き金に指をかけ、戦車の車長らしき兵の頭を撃ち抜く。
次々と狙いを定め、一発一発確実に仕留めて行く。
敵はすぐさま陣形を整えようと動く。
戦車の砲塔がゆっくりだが動き出した。
「伍長!ロケットであのデカブツを吹っ飛ばせ!」
「イエッサー!」
カールグスタフを担いだ伍長の後ろに装填手が立ちHEAT弾を装填する
「装填完了!後方の安全よし!」
装填手が伍長の肩を叩き準備完了を知らせる。
「ファイア!」
弾頭が勢いよく戦車に向かって飛んでいく。
砲塔に命中するが爆発しない。
「ファック!過貫通しやがった、弾種変更、HE!」
「アイサー」
素早く装填手はHE弾を取り出しカールグスタフに押し込む。
小気味のいい金属音を立てて装填される。
再び伍長の肩を叩き準備完了を知らせる。
「ファイア!」
放たれたHE弾はしっかりと敵戦車に刺さり砲塔内でそのエネルギーを解放した。
砲塔が文字どうり吹き飛び、残った車体は火柱を上げている。
エネルギーを受け取った魔素は車内で自身のエネルギを放出したのだ。
「ざまぁ見やがれ!」
「良くやった伍長、流石に暴れすぎた、次のアタックポイントまで移動するぞ!」
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