第34話 大戦の足音②
工作活動の基本は情報収集からである。正確な情報、正確な分析、緻密な立案。これによって初めて目標は達成される。
我々β班も基本に忠実に情報の収集から開始することとした。
聖暦 3443年(西暦 2023年) 4月 10日 行動開始
β班の中で情報収集を担当しているのはアリサ・オーグレン中尉である。27歳のまだまだ若い女性士官であるが、彼女の情報収集能力には秀でたものがある。
俗に言われるスパイのような仕事は彼女の仕事では無くエージェントに指示を与えるケースオフィサーである。
まずは班の指揮官である私、グレイグが彼女に命令を下す。この瞬間から我々の戦闘は始まる。
「オーグレン中尉!」
彼女を私の前に呼ぶ。
「はっ!お呼びでしょうか」
敬礼も忘れない。
「アリサ・オーグレン中尉に下令する。バステリアに駐屯する敵性勢力、ならびに敵性勢力本国内情詳細を調査せよ。期限は3ヶ月。本作戦に必要な裁量権は少佐決裁権で可能な範囲で全て許可する」
命令を受けた翌日にはアリサは大きな荷物を持ちメルト皇国を発った。
***********
オーグレン中尉は情報の収集を行うためバステリアを目指し、飛行機で一途空の上だった。
バステリアに入るためまずはカッシーム王国を目指すことが妥当だろう。
いつも情報を買う情報屋によると国連軍に占領された後のバステリアは国境警備が格段に厳しくなり、入国審査の精度も格段に上がったという。
これまでなら、広いバステリア大陸、人気のない沿岸から高速船で侵入するなり、兵士を買収するなりして簡単に侵入できたが今回は思うように行きそうにもない。
メルト皇国では飛行機という乗り物はちょっとした小金持ちなら乗る事が出来る代物だ。
(地球圏感覚だと、成田ーニューヨーク分の運賃で東京-札幌の距離を飛ぶ感覚だ。)
メルト皇国からカッシーム王国に一番近い先進国の空港までは3回乗り継いで途中から船旅だ。
自分の給料ではこの距離を航空機で移動することは絶対にないだろう。
この料金設定のお陰で周りを見渡しても身なりの良いものしか乗っていない。
故に、安心して乗ることが出来る。
窓の外遥か下、地上を一望する事が出来る。水平線の方に目をやれば緩やかな縁が見えこの世界が球体である事を示している。
この光景を死ぬまでに目にする事が出来るのは、我々魔法文明先進国家とムー共和国の文明だけだろう。
空飛ぶトカゲではこの高度までは上がれないからな。
時間的にあと数時間で目的地に着くはずだ。
鞄を開き、封筒の中から表紙に赤文字で“機密”と書かれた冊子を取り出す。バステリアを占領している新興国家の支配圏に潜入するときの為のマニュアルのようなものだ。
今までの工作員の失敗や、分かっている限りの新興国の常識や風習が書かれている。
表紙を開くとこれまでの工作員が消えたエリアの統計が地図とともに掲載されていた。
バステリアの南半分では、侵入した工作員の殆ど全てが消えている事が分かる。
逆に北半分では軍事施設の偵察任務や破壊工作の任についた以外の者は現在も活動を続けている事もわかる。
ここ一週間では、自然魔法を使用した可能性のある工作員も捕縛されている可能性があるとの報告も上がっているという噂も耳に入れた事がわかる。
これまでは魔法を使ったとしてもその現場さえ押さえられなければ、科学文明国家はおろか魔術文明にも探知されることは無かった。
これから向かうところでは余程秘密警察なり情報機関の監視が厳しいのだろう。
****************
オーグレン中尉はカッシーム王国船籍の交易船に乗り、旧バステリアの首都であるバルカザロスを目の前にしていた。
カッシーム王国にあるメルト皇国大使館で注意を受け、カメラ以外の全ての装備をそこに置いてきた。
カメラも使い慣れたメルト製のものではなく、調査対象国の一つであるニホン製の物を使っている。
魔素を使用した途端、バレてしまうというのだからからしょうがない。
まぁ、だが問題ない。
私のモットーは観光客に扮して潜入した時は、観光を全力で楽しむ。 だから、これで心置きなくバルカザロス観光を楽しめる。
黒塗りの領収書を量産して提出することになるけど、潜入のためだからしょうがない!
今、ガイド本で今夜の晩御飯を探している私の姿は、交易船に便乗した観光客にしか見えないだろう。
なんと完璧な私の変装(?)!
観光は置いといて、海から見るバルカザロスの姿の変わりようには驚いた。
入港する船舶は殆どマストに帆を立てていない。
どれも動力源を持つ船であるということだ。
その中でも一際目立つ特異な形をした灰色の巨大な構造物を持つ船が数隻停泊している。
色合いは軍艦のようだが、砲が一門しかついてない。
武装商船なのだろうか?
「船員さん船員さん」
近くを通り掛かった若い12、3歳くらいの船員を呼び止めた。
「どうしたの?お客さん」
「あの灰色の大きな船は何か知ってる?」
この船はカッシームとバルカザロスの定期便だからこの船員もよくここを訪れているのだろうと考え色々と聞いて見ることにした。
「あれは軍艦なんだってさー。
街に出てきていた水兵さんたちに聞いたんだ。
でも大砲を一個しか持っていない軍艦なんて弱そうだよね。文明圏外の海賊船でも勝てそう」
「そうなんだ、じゃああれは?」
航空母艦を指した
「あー、あれはね原子力空母って言うんだって。水兵さん達はあの空母は世界最強だって言ってた。あれ一隻でこの世界のどんな艦隊にも負けないって言ってたよ」
「へーそうなんだ。すごいねー」
確かにあの空母は巨大だ。
だけれども正規空母一隻で戦場が覆るような事は考え難い。見た目もスッキリとしていてムー共和国の空母のようにいくつもの対空機銃を積んでいるようには見えない。
その後も少年から色々聞き出して分かったのは、東の新興国の国は軍艦の見た目やら使い方をそこまで機密情報と思っていない事だ。
軍艦を商船が通る航路の近くに置いては堂々と敵国のスパイに観察されてしまう。
詳しくは街の書店に売っている本で分かるらしい。
船は湾内の港に接岸したが、そこから見える光景は今まで見知ったバルカザロスとはまったくもって違った。
ムー共和国にあるよりも先進的なように見えるガラスと鉄筋コンクリートで建てられた港湾事務所や、そのほかの巨大な設備。
特に他の船から大量の四角い箱を下ろしているクレーンやそれを運ぶ車には驚いた。
彼らの技術の一部はこの世界の最先端をいっていることが明白に分かる。
陸に上がると貨物船の船員と乗客は目の前にあるガラス張りの5階建程度の高さの建物に連れていかれた。
中では列を作り、1人1人役人と思しき人の質問に答え問題が無いと分かると通過している。
どうやら入国審査のようだ。
今までなら岸壁にやって来た税関の役人に小遣いでも渡せば入国出来たが今回はそうも行かないだろう。
ここから見ても厳格に審査が行われている事が分かる。
今手元にある旅券と査証はカッシーム王国で取得した“本物”だ。
足がつく道理はない。
周りを見渡すと、警備兵も審査官も皆腰に拳銃を提げている。
不審な動きをすれば私の生はここで終わるだろう。
列が近づくにつれ緊張が強くなる。
「次の方!」
自分の番になり、自分を呼んだ審査官の前まで歩く。
まずは旅券を出す。
受け取った審査官は写真が貼られているページをジロジロと見ながらため息をついた。
「貴女の旅券にはICチップが内蔵されていないので今からデータベースを作ります。
まずは右手の親指以外の4本の指をそこの板に押し付けてください」
言われた通りにするが、これは何の儀式なのだろうかと疑問が湧く。
「これは一体?」
「貴女の指紋を記録しています。もし貴女がバステリアやアメリカ国内、日本国内で犯罪を犯した場合の資料となります」
!!?
衝撃だ。
これでは、バルカザロスで下手な事は一切できないじゃぁないか。
「どうしました?何か問題でも?」
審査官や警備兵の手が腰に動いていることに気づいた。
「いえいえ、このような装置に触れるのは初めてなんでびっくりしちゃいました」
おどけて見せたが内心はビクビクしている。
資料にあった港湾施設での死亡×1ってのはここで暴れた馬鹿がいるって事じゃないのか?
その後は右手、左手の指を全部と顔を記録された。
「それでは最後に、カッシーム王国出身という事ですが貴女は魔術が使えますか?」
カッシーム王国出身で海外旅行をするほどの金があるのに魔法を全く使えないというのは怪しいだろう
「えぇ、基本的なものは一通り」
「バステリア全域、アメリカ、日本国内では魔術の使用は健康に害を及ぼす恐れがあるので全面使用禁止となっています。
一切使用しないとここで誓ってください。
いいですか?」
「何で使えないんですか?」
「Say yes!!」
大きな声で同意を求められ驚いて、
「y,Yes!!」
と必要以上に大きな声が出てしまった。
恥ずかしい.....
ドンっ
証印を旅券に押した
入国審査は無事完了したのだろう
「はい、どうぞ」
差し出された旅券を受け取る
「ど、どうも」
「それでは良い旅を」
赤面した顔を隠しながら、逃げるようにその場を去った。
港湾施設を出た先にあった光景は以前来た時のバルカザロスとは似ても似つかなかった。
遠く皇城の方に目をやれば、その周りは以前にそれと変わらなかったが。
とりあえず仲間との集合場所に行こう。
集合場所は、観光ガイドに載っている、アメリカのチェーン店にした。バステリア以西ではここでしか食べられないらしい。
巨大な黄色い“M“の文字の看板があるからすぐに分かると書かれてるが、確かに分かりやすかった。
100m先からでもよく見える
この店ではハンバーガーという食べ物を楽しめるらしい。
調査対象の国々の食文化は、魔術国家群の食文化と大して変わらないというが、この食べ物は食べたことがない。
店に入ると通常のレジとは別に大きな画面が付いた装置が置かれていてそこで注文が出来る。
観光ガイドに載っていた通りだ。
欲しいものをタッチしていく。
ハンバーガーの他にフライドポテトと飲み物が付くmealというセットを頼む。
“現金の方はレジでお支払い下さい”という表示に従いレシートをレジに持って行き代金を支払うと飲み物のカップを貰うことができるのだが.....
出てきたカップのサイズがおかしい。
1リットルは入ろうかと言うサイズのものが出てきた。
飲み物を注ぐ装置の所に行くと様々な種類の飲み物が用意されていた。
注ぎ口から幾らでも飲み物が出きた事には驚いたけれど、それ以上に味に驚いた。
炭酸飲料の多くは果汁とは全く違う味がして新感覚だった。
好みに合わない味も多かったけれどコーラという飲み物は美味しかった。
戦争に勝ち彼らの国を落とした暁にはこのレシピを持ち帰ってメルト皇国中に広めよう。
ハンバーガーとポテトも受け取り店内を見渡して現地工作員達を見つけ、彼らの居る窓際のテーブルまで行く。
「お久しぶりね、今日の夕食は何にする予定?」
「今日の夕食は皇国料理の店を予約済みだ」
合言葉で本物のメルト皇国の工作員である事が分かったので空いている席に座る。
「あら、本物のようね。改めてよろしく。私があなた達の上司よ」
この場に来ている現地工作員は男1人、女2の計3人。一番歳上なのは50代のおじさん、女2人は20代前半だ。
「俺の事はジョーと呼んでくれ、そんでそこ2人が姉妹でキャシーとメリーだ。」
「そう。
では、ジョーとキャシー、メアリーよろしくね。私の事は好きに呼んでくれていいから」
「そんで、我々は何をしたらいいんで?」
おっさんスパイのジョーがどうやら事あたりのまとめ役のようだ。
「本国が欲しいのは、突然東に現れた勢力の軍事力よ。
様々な情報が錯綜していてどれが本当の情報か分からないわ」
「で、本国のお偉いさん達は何て言ってるんで?」
「彼らはムー共和国の支援を受けてバステリアを落としたんじゃないかって言っているわ」
「それはおかしな話出ないですかい?
バステリアの非常識な人海戦術にはムーでさえお手上げって話だったんじゃ?」
「えぇ、そうよ。でも今回攻めてきた軍隊が名乗っている国際連合軍の母体の国際連合には200カ国近くが加盟しているそうよ」
「なるほど、ムー共和国の最新装備を備えた軍とその国際なんとかっていう同盟の人海戦術の併用によってバステリアは落とされたと結論づけられたと」
「そうゆう事ね。でもまぁ」
窓から見える原子力空母の巨大な船体に目をやる。
「まぁ実際に見れば分かるでしょう。彼らはムー共和国と同等の技術力を有している。その上、アメリカと日本の人口は合わせて4億越え....。参戦した国全て合わせると20億近く」
「そうね、いくらバステリア市民の殆どが軍事訓練を受けた兵士とはいえ勝てるわけが無い」
「楽観的な試算はするべきじゃぁない」
「ちょっといいですか?」
姉妹の1人キャシーが手を上げた。
「いいわよ」
「だからと言って彼らが魔術文明国郡に勝てるとは思えませんが」
「そうね、質、量共に魔術文明国が連合を組めばこの優位は絶対ね。
どれだけを投入すれば確実に勝てるかを知る必要があるわ」
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