第15話 ピンチ!
国連軍上陸から2日後
バステリア帝国 南方域総督府 前
おおよそ周りの風景と似合わない物が総督府の周りを取り囲んでいた。
T-90A ロシア連邦軍MBT その中の1両321号車の車長がイサーク・コベレフ大尉、小隊長だ。そして操縦手がレナート・クリヴォフ軍曹、砲手がグリゴリー・マチェロフ曹長だ。T-90は装填が自動化されているので装填手は乗っていない。
「大隊長車より各車へ、全車榴弾装填」投降勧告に従わなかった場合即総督府に撃ち込まれる手筈だ。ロシア側としてはどちらでも構わないのだが。
「バステリア帝国の諸君!直ちに投降すれば命だけは助けよう。投降の意思がある者は直ちに武器を置いて出て来なさい。投降の意思無くば砲撃を行う」
大概の兵士達は既に投降したのだが、一部の高級幹部達は拷問、処刑を恐れて出てこない。
「車長、奴ら出て来ないでありますね」話し始めたのはグリゴリー曹長だ。
「あぁ、出て来たら命だけは助かるってのにな」
「でも、確か捕虜はシベリア送りでありましたよね」
「そうだった。貨物船に詰め込まれて死ぬよりも辛いシベリア送りだったな。あぁ恐ろしや恐ろしや」
こんな話しをしている間も総督府には動きは無かった。
「中隊長車より各車へ。北部の車両は退避せよ。半包囲を形成している各車目標、正面の建物」どうやら時間切れの様だ。
取り囲んでいたT-90の半数が退避し、他の車両は狙いを定める。
「撃てっ!」砲身から弾が出ると刹那、壮麗な総督府の建物が崩壊した。これでは誰1人として助からないだろう。そしてとどめだ
「各車へ、前進前進前進!瓦礫の上を蹂躙せよ」
「レナート、微速前進!」46tの巨体がエンジン音を低く唸らせながら瓦礫と化した総督府の上を進み瓦礫の下にいる者達の息の根を止める。
総督府に攻撃を開始してから制圧まで1時間足らずだった。1000万の軍勢を送り出し既に空になった総督府を制圧する事など容易い事だった。
そして、現代戦はそれまでの戦いと違い侵攻速度が格段に速くなっている。そう、一箇所を落としたからといって侵攻の足が緩むことはない。
「大隊長車より各車へ、これより作戦第2フェーズに移行する。作戦Ω発動。これから叩くのは集結前の敵だ。各小隊事前の作戦指令書に従い小隊単位で指定ポイントを制圧前進せよ。なおこれより先は航空支援が行き渡らない。各隊、被害を覚悟して敵の骸を積み上げ、乗り替えよ」内陸への浸透作戦が開始された。しかし、ここからは非正規戦の要素も含むので人員の被害が出る可能性も高い。
「3中隊2小隊は歩兵戦闘車と合流して東進を開始だな」作戦指令書を出して確認する。そしてインカムのPTTを押す。
「こちら小隊長車、322、323、324号車、取り敢えずポイント5KWへ移動するぞ。小隊我に続け!」
そしてキューポラから身を乗り出す。砲塔内から外を確認するより直接外に出て見た方が状況を把握し易い。
「レナート、微速前進。周りは戦車で渋滞しているから気をつけろ」
「了解!」そうして再び46tの巨体が動き出した。ポイント5KWまでは見通しの良い平野が続く。横を見れば他の小隊も見える。これほど、T-90が揃っているのは壮観だ。周りを眺めているとグリゴリー曹長がインカムを通して話しかけてきた
「大尉どの、何故こんな骨董品軍団相手にウラジミル(T-90)なんか持ち出してきたので有りますか?ウラル(T-72)でも十分対処できると思うので有りますが」
「俺もよく分からんが、最悪の事態を想定しているのだろう」
「最悪の事態とはなんで有りましょう?」
「それは何かの手違いで西側とドンパチが始まる事だ。だから中国も99式を引っ張り出してきているし。西側も最新型を持ち込んでるだろう」
「納得で有ります」物分かりがいい曹長なのだった。
外は相変わらず草原が続いている。
「おっ、チェックポイントが見えたぞ。」そこは既にMil-24強襲ヘリによって強襲され拠点と化した村だ。
「レナート、村の入り口で止めろ」
「了解しました」
「322号車は右翼、323号車は左翼、324号車は本車の後方について村の入り口で停車」
指示を飛ばすと直ぐに陣形を組み直し、砲身を3方に向け警戒の体制を作る。イサークの小隊の練度の高さが伺える。
村の方を見ると煙が上がっている。村人が抵抗でもしたのだろうか。その村は、農村と言うには歪な形態だった。畑の類は無く、剣士育成施設や銃手の育成施設が中心にあった他は家以外特に何も無かった。
入り口に先行した強襲部隊の1人がイサーク達を待っていた。
「ご苦労様です。第六独立戦車旅団から派遣されたイサーク大尉の小隊でよろしいですか?」
「その通りだ。煙が上がっているが何かあったのか」
「実はこの村の男全員が兵士だったんですよ。アメリカからの情報でバステリアは市民の多くが兵士と言うのは分かっていたんですが。空中急襲した時に反撃を受けて負傷者まで出したんでクラカヂール(Mil24強襲ヘリの愛称)に支援して貰ったらこの通りやり過ぎました。でも生き残りも結構いて全員が戦闘員なんで男女全員捕虜にして縛り上げてますよ」
「負傷者は命に別状は無いのか?」
「軽傷ですよ。マスケット銃で撃たれただけなんでボディーアーマーで防げてますから。これが混戦になってたら剣やら槍やらでやられた奴が出てたかも知れませんね」それを聞いて安心したが、これではゲリラ村では無いか、これからもそんな村だらけだと思うと先が心配だ。
「大尉殿、BMP3両が後方3キロに見えました」グリゴリー曹長が砲塔の上に乗って双眼鏡を覗いていた。
「それではそいつらが到着次第出発だ」
「次はどこへ向かうので有りますか?」
「次のポイントは小規模奴隷農場だ。此処では事前に協力者が潜入して虜囚の誘導を行う手筈になっている。我々の仕事は専ら敵の兵士を殺すか、縛り上げてシベリアに送るかだ。小規模と言っても予想される兵力は3000程度はある。気をぬくなよ」
そうこうしている間にBMP-3(歩兵戦闘車) 3両と合流が完了し、出発となった。
「では次のポイントに向かう。戦車前進!」
村の一番大きいであろう通りをゆっくりと4両のT-90と3両のBMP-3が通り抜ける。
途中、村の広場の横に差し掛かると生き残りもと思われる村人が50人程集められロシア兵に銃を向けられ囲まれているのが見えた。着の身着のままで武器を持って飛び出してきたのだろう。鎧は付けていないが、かなりの数の武器が一箇所に集められていた。
殆ど焼け落ちて建物が残っていない村を抜け再び平野を走る。20分ほど経った頃、空に何かが飛んでいるのが見えた。双眼鏡で覗いて見ると、一騎の竜騎であった。偵察なのだろう。
「まずい、上空に敵航空兵力1!見つかったぞ。報告される前に撃ち落とせ!」一斉に副兵装の車長用の軽機関銃を撃ったが、12.7mm弾では竜の硬い鱗を簡単には撃ち抜く事が出来ない。しかし撃ち続けている間に数発が薄い翼に当たり少しずつ高度を落とし始めた。
「翼を狙え!」
弾が翼に集中すると直ぐに翼が千切れ500mほど先に落ちてきた。だが油断は出来ない。レポートによるとこの竜は火を吹くという。
「グリゴリー、APSFDF弾装填!」T-90は弾種を選択すると自動で装填される。
ガラッ ゴン
ランプが赤から青に変わり装填完了の合図が出た。既に相対距離400m、飛べない竜など飛べない豚よりもどうしようもない、絶対に外さない。
「目標、12時の方向の竜!撃てっ」
グリゴリーがトリガーを引くと、針のような形状をしたら弾頭が音速を超える速度で発射され、竜の身体を貫きそのまま反対に抜けて言った。身体に大きな穴を開けられた竜は血を吐き倒れ込んだ。どうやら息絶えたようだ。近くには竜に騎乗していた竜騎士の遺体が転がっていたが構っている時間もないのでそのまま放置して通り過ぎることにし次のポイントへと足を急いだ。
日本のレポートによると敵はリアルタイムの通信を可能にする機器があるらしい。という事は報告された可能性もある。敵の予想を上回る早さで襲撃しなければならない。
「小隊長車より各車へ。斥候が本部に通報した可能性がある。敵が準備を整える前に襲撃しなければならない。各車速度を上げよ。全速前進!」T-90であればこの平野ならば60Kmは出る。60Kmで接近する地上ユニット、しかも硬く大きい。敵には想像も付かないだろう。
しばらくすると農場がみえてきた。相変わらずバカでかくチェルノーゼムの企業農場ぐらいはありそうだ。
「目標が見えてきた。322、323、324号車は321号車を中心に横陣を組め。BMP 651、652、653号車は戦車の後ろに横陣を」農場の方の動きが慌ただしい。やはり、報告が行っていたようだ。
「こちら324号車、正面から敵騎馬隊、約500が突入してきます」騎馬が作付け前の畑を踏みこえ駆け込んで来る。距離は3キロ程度、HE(榴弾)なら射程内だ。
「全車停止!各車榴弾装填。正面敵騎馬隊が2000mを切った所で一斉射撃を行うその後は各車の判断で攻撃せよ」
T-90の自動装填装置が動き砲身に榴弾を込める。
ガラッ コン 栓尾が閉じられた音がして装填が完了した。BMP-3も100mm低圧砲にFRAGHE(破片効果榴弾)を装填し、応戦の準備をする。
グリゴリーが光学サイトを覗きながら距離を読み上げる。
「距離2100、2050、2040.....2000!」
「Стреляйте!<撃てっ!>」
ドォォン T-90の榴弾とBMP-3の破片効果榴弾の威力は凄まじい、特に広範囲に効果を与えられるBMP-3のFRAGHEは効果的だった。半数ほどの騎馬が既に失われたが、前進を止める素ぶりは見えない。距離は1500m依然として圧倒的に有利だ。
だが、次の手を打つのは今回はバステリア側の方が早かった。
「こちら323号車10時の方向より新たな騎馬集団500が出現」
「こちら324号車、こちらも2時の方向から新手の騎馬集団500」
「322号車12時の方向より新たに散開した騎馬集団」
イサークの乗る321号車の正面からも同規模の騎馬集団が突撃してきた。
「各車自己判断で攻撃、絶対に止まるな」
小隊長としてだけで無く車長としても指揮を執らねばならない。
「レナート、後退しろ、グリゴリー同軸機銃と主砲両方使え」
「了解であります」
イサークはキューポラに取り付けられた7.62m機銃の引き金を引く。
軽快な音を立てて弾が撃ちだされ、騎兵達がなぎ倒される。だが、数の暴力の前に少しずつ距離を詰められる。遂に彼らの顔前で見える距離まで近づいてきた。騎兵達は剣を持っている者や、騎兵銃を持っている者様々だった。そして、その中の騎兵銃を持った騎兵達が銃を持ち上げイサークの方に向けていることに気付いた。
「うおっ!」とっさに車内に身を隠し、ハッチを閉めた。と同時に砲塔内に無数の金属音が鳴り響いた。一瞬でも遅ければイサークは蜂の巣になっていただろう。
「大尉、囲まれました!」車載カメラのモニター一杯に敵兵が写っている。
「324号車!敵兵に囲まれた。助けてくれ」無線を通して悲鳴が聞こえてくる。
「324号車落ち着け!本車が機銃で排除する、そちらも、本車の周りの敵を掃射してくれ。322、323号車も相互に周りの敵を排除せよ」
ボンッ その時車外で爆発音がした。だが被弾したわけでは無いようだ。
「今の音は何だ?」
「こちら、歩兵戦闘車651号車、321号車の爆発反応装甲をハンマーの様な武器で殴った模様」
そう、最近追加装甲として取り付けた爆発反応装甲だ。もちろんその哀れな騎兵は吹き飛ばされた。さらに、驚いた騎兵が一瞬321号車から離れ隙ができた。
「レナート、全速前進!正面の隙間を突っ切れ!」
「了解っ!」それまで後退していた車体が唸りを上げ前に向かって猛スピードで動き出した。
「歩兵戦闘車651、652、653号車は大丈夫か?」
「こちら問題無い」「同じく」「同左」
どうやら数が多いい相手には機銃座を多く持つBMP-3の方が相性がいい様だ。しかしこれではキリがない。
「HQ,HQこちら第六独立戦車旅団1大隊3中隊第2小隊、航空支援を要請」司令部に問い合わせると、無線の向こうから女性のオペレーターの声が帰ってきた。
「こちら特別任務軍団司令部、航空支援要請ですね。目標地点をどうぞ」
「場所はポイント6KZだ。急いでくれ」
「現在当該ポイントに派遣可能な機体がありません」
「おい、ふざけるな。こっちは今囲まれているんだぞ」
「あ、現在ポイント6KXに人民解放軍の戦車部隊一個小隊と攻撃ヘリが展開しています。それで良ければ直ぐに派遣可能です」
「クッ、人民解放軍か...それでいいとっとと送ってくれ」
国連軍が最も恐れていた事態...イサーク達は救援が来るまで持ちこたえられるのか?
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