第12話 帝国の中間管理職

2020年7月2日朝

バステリア帝国北方域総督府

ここに勤めるケート・シュメック、30歳後半くらいの細身眼鏡のいかにも事務方に見える彼は大陸北部の国防、少数民族の管理を担う部隊に所属している。本国の部隊に所属している彼は一応エリートなのである。

そんな彼はいつも通り総督府の近くにある家から歩いて出勤しいつものように仕事机についた。彼の席から見える窓の外の景色はどんよりとした曇り空であった。

書類と睨めっこしていると部下の1人が

「シュメック管理課長、海沿いの収容所からの定時連絡が一つも無いのですがいかがしましょう?」

「通信球の調子でも悪いのか?」

課に設置された通信球に目をやるが、その部下そんな事は無いとでも言いたげに首を傾けた。

「どうしたもんかなー、一斉に農場が消えて無くなる訳無いしな」

「さぁ、課長が何かしましたか?」

「おいおい、何言ってんだ。それはそうとお前は竜に乗れるか?」部下はやらかしたという顔をした。

「まぁ、そういう事だ。行くぞ。俺たちだけじゃ何かあっても何も出来んから、本職の竜騎兵を10人連れてこい」

「わかりましたよ。はぁ〜、仕事が山積みなのに」


竜騎に跨り手綱を引くと一気に空へと舞い上がった。総督府が一気に小さくなり人がミニチュアの様に小さくなった。

1時間程飛んだだろうか。そろそろシュワルツの森外縁に位置する第1収容所に着く頃だが、一向として通信球に反応がない。

そして遂に広大な農場の端が見えた。しかし様子がおかしい。1人として姿が見えない。10万人はいたはずなのに。なぜだ。そのまま数分飛ぶと変わり果てた建物がそこにはあった。いくつもの大穴と大量の瓦礫が転がっていた。

「何だこれは!何があったんだ!?とりあえず降りるぞ」嘗ては建物が並んでいた中央に降り立った。降りて実際に近くで見ると、上から見た時より状況は悪かった。

兵舎の瓦礫の周りには血糊がべったりとついていた。そしてその周りには何やら手や足や、肉片が転がっていた。精鋭である竜騎士は元より、シュメックらも実戦経験がある兵士出身であるのでこのこの世の地獄とも思えるシチュエーションには動揺しない。しかし、一晩にして農場が一つ消えたというのには動揺せずにはいられなかった。

「竜騎!君達は竜騎からおりて生存者がいないか探してくれ。それと一騎は上空から警戒に当たってくれ。」

「はっ!捜索します」瓦礫をどかしながら生存者の捜索をしたが、瓦礫をどかしてもどかしても出て来るのは建物の下敷きになって潰れた死体や、付近で何やら分からないが何かが炸裂してバラバラに千切れた死体ばかりだ。生存者などいる様に見えない。

「シュメック課長!ダメです。瓦礫が多すぎて生存者を探すどころか遺体も出せません。通信球で総督府に応援を頼みましょう」

「分かった。増援を頼んでくれ」

竜騎士の1人が背負っていた袋から通信球を出して総督府とコンタクトを取り始めた。

「増援要請の理由を求めていますがなんて言いますか?」

「どうしたもんかな、農場が壊滅しているので救援活動中で人手が足りない かな?そんな感じで言ってくれ」

「わかりましたぁ、そんな感じで伝えてみます。... はぁっ?竜騎は50騎が限界?なんでですか?」

「どうかしたのか?」竜騎士が総督府と通信球をはさんで揉めている様だ。

「他の農場も同じ状況らしいですよ。我々以外にも偵察に行った連中がいるみたいなんですけど。どこもかしこも兵舎は瓦礫に、労働者の小屋は全部空っぽ生存者はほとんど無し。200万ほどの亜人どもが一晩にして消えたらしいですよ」

「やっぱりか、ここみた時からやな予感はしてたけどな」(沿岸一帯って事は、20個の施設が同じ状況か、そんで20万の兵力が全滅...現実味に欠ける話だな)

「とりあえず50騎程送られてくるみたいです」

「そうか、分かった。とりあえず探し続けよう」

また、ひたすら積み上げられた瓦礫と、死屍累々と積み上げられた死体と向き合わなければならない。

その時だった。

「課長!上空の竜騎が畑の中に生きてるやつ見つけたって言ってます。行きましょうっ!」

竜騎が指差している方に向かって畑の中を走って行くと、銃を杖にしてよろけながら歩いている兵士がいた。

「おいっ!大丈夫か?」

「味方がいる...助かった」

「おい、水を持ってこい!」

竜騎士の1人に水を持って来させた。

「とりあえずこれを飲め」

その生き残りの兵士は水を飲んでようやく人心地がついた様だ。

「水ありがとうございます。自己紹介が遅れました。自分は、北部第1収容所警備軍団所属の西エリア警備班長マッセル・ジャスクです。わざわざ総督府の方がここまで来られたという事は、何か異常を感知しての事でしょう。何なりと自分に聞いてください」

「私も自己紹介がまだだったな。私は北方域総督府管理課課長のシュメックだよろしくな。では、一晩で起こった事を教えてくれ」

「分かる限りの事を話しましょう・・・・その前の晩は何事なく、いつも通り定常運転でした。もちろん、上空で警備に当たっていた竜騎からも特に異常は報告されませんでした。そもそも竜騎は昼間しか飛べませんが。その日は夜警の担当だったので早めに仮眠を取り月が天中に昇った頃に西エリアでの任務に着きました。そして2、3時間経った頃突然中央の兵舎で爆発の音が聞こえたので、事故でも起きたかと思ったのですが、そのあと数分に渡り爆発は続きました。これを皮切りに敵の攻撃が始まり、運良く爆発を逃れた兵たちは銃をとり、敵を撃退しようとしたみたいなのですが、時間が時間でしたし夜戦の準備もして無かったものだから、敵の姿を見ることもできず一方的にやられた様です。そういえば、襲撃者達は火も焚いていませんでした。しかも奴ら襲撃者も銃を使っていた様なんですが、なんと連続で発射していた様です。全部音しか聞いていないのですが...。西エリアの警備隊全員で月明かりだけを頼りに兵舎の方に駆けつけていたのですが、銃を持っていた兵達はどこからか撃ち殺され、たまたま剣も銃も持っていなかった自分だけは背後から何かバチバチッと音のする道具を当てられそこで意識を失いました。ここまでたったの1時間程度でした。以上が私の知っている事全てです。聞いて分かったと思いますが、我々警備隊は前兆を察知する事はおろか、最後まで襲撃者達を見ることすらできませんでした」

「そうか、話してくれてありがとう。その襲撃者達はとてつもなく手際が良かった様だな。多分この件についてはバルカザロスまで直接報告に行く事になりそうだな」この後増援の兵士も合流して生存者の捜索に当たったが、瓦礫の下から息がある状態で救出されたのが8人。死者は確認できただけで4738人行方不明者5262であった。行方不明者の中には、兵舎で寝泊りをしない数名の農場幹部も含まれていた。


シュメックは一週間後、北部総督府の管轄エリアの被害状況をまとめた大量の報告書と共に、軍務省の一室にいた。

「シュメック北方域総督府管理課長、サモン南方域総督府管理課長、遠路遥々ご苦労様です。私はローデン元帥の秘書のメイリアと申します。元帥のご到着まで今しばらくお待ち下さい」

そう、部屋で待たされているのはシュメックだけではない。南方の総督府からも管理課長が出向いている。という事は、同様も事件が南方でも起きたという事になる。

「サモンさん、南方を襲撃した集団はどんな格好でした?」

「直接襲撃してきた敵については報告は無いんですけど、敵が使っていた飛行機械の翼に赤い星が描かれたのを偶々見たという報告はありましたね」

「赤い星ですか。国章か何かでしょうかね」

「そちらは?」

「こっちはそもそも敵を見た奴がいないんですよ」

そう言えば、なぜ海軍の最高位の人物がこの場に来るのかと言う疑問が浮かんだ。

「メイリア秘書官、なぜこの場に陸軍ではなく海軍の司令官であるローデン元帥が来られるのでしょうか?」

「それについては元帥から説明があります」

その時ドアが開き、ローデン元帥が入ってきた。と同時に3人は反射的に起立し姿勢を正した。

「礼はいい、楽にして席に着いてくれ。そんな事より本題に入ろう。まず、なぜ海軍元帥の私がいるのか?そう思っただろう。違うかい?」そう言いながら、3人に目を合わせる。

「理由は簡単だ。実は君達を襲撃したであろう者達は、我々海軍が喧嘩を吹っかけた相手だったのだ。彼らの国は確か、アメリカとニホンと言ったかな、最初は皇帝に謁見し平等な立場での国交の開設を求めてきたのだが、続きは言わずとも分かるな?普段だったら、遠征艦隊によって即植民地化されていたところだが、今回は逆に我々が海戦で敗れてしまった。だが、負けたことが国内に広まらせるわけにはいかない。そこについては君達が痛いほど分かっているだろう。バステリア市民の生活を支えている奴隷はバステリア市民の1.5倍つまり12億人いる。これが反乱を起こした場合、最悪国が転覆する。それほどまでにならなかったとしても、ムー共和国がこの隙に乗じて、外地を取りに来るだろう。だから、敵が攻めてきている事が知られるのは良いが、負けた事が広まるのはまずい。この面子が集められたのは、秘密を知ったのだから最後まで付き合えと言う事だ。」

「一介の軍人である自分にこれから何をしろと言われるのですか?」

「ニホン、アメリカへの対策は奴らの手強さを知った我々4人が中心となって行う。本日付けで、君達2人はニホン、アメリカ攻略課付きとなる。必要な権限は全てローデン元帥の名を以って与える。いいな?」いきなりの昇進という事である。

「それでは君達、こうしている間にも敵はここを攻める準備をしているかもしれない。早速この部屋にいる4人で対策を立てよう。外との遣り取りは全てメイリア君を通してくれ。そしてメイリア君、今日から一週間は誰であろうとこの部屋に入れないように衛兵にを1人つけておいてくれ」

「かしこまりました元帥」

それから一週間、4人はそこそこ広い部屋にこもって書類とメモを山積みにしながら、敵の影を洗い出し、保有している全ての軍隊を総動員して敵を迎え撃つ為の計画書を作成した。余りにも情報が不足しているために碌な作戦も立てられない。

一週間後、期限が過ぎても誰も部屋から出て来る様子が無いのでの心配した衛兵が部屋を覗いてみたところ。机の上は大量のメモ、数十回盤上で模擬戦をしたと思われる記録そして、力尽きて寝ている4人を見つけた。

「ん、衛兵か...」

メイリア女史が気付いたようだ。

「メイリアさん大丈夫ですか!」

「あぁ、大丈夫だ、少し休ませてくれ...これを...」

一通の封筒を差し出した。

「これを至急皇帝に渡してくれ。絶対に中を見るな、そして蝋の封印を切るな」

「わ、わかりました。至急皇帝に渡して参ります」

それを聞いたところでメイリア女史はそのまま夢の国へと戻った。この封筒は、4人はが一週間で練り上げた。バステリア帝国全軍を、敵がどこからか来ても対応できるように迅速に配置し直す為のの計画書だった。




同じ時刻のバステリア帝国帝都バルカザロス沖合100キロ

「こちら特別任務部隊メールキャリアーズ、予定空域上空で全機集合が完了した。このまま目標上空へアプローチを開始したい。許可を下されたし」

「了解、全機集結を確認作戦最終フェーズへ移行。アプローチ開始を許可する」国連軍の戦闘機7機が白昼堂々バステリア帝国上空に突入しようとしていた。




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