Ⅱ 貢ぎ物
チャラ男のアヘ顔も眺めたいところだったけれど、今夜のあたしには時間がない。早々に次の子の所へ廻らなくては……。
次にあたしが向かったのは、有名な歓楽街にあるホストクラブだった。
以前から目をつけて通い続けている、
「――へぇ〜今夜はクリスマスに合わせてサンタコスなんだ。よく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます……あの、これ、クリスマスプレゼント。前から欲しいって言ってたから……」
天井からは大きく豪華なシャンデリアの下がる、淡い紫の照明で彩られた怪しげな雰囲気の店内……
「ありがとう。開けていい?」
「うん……」
穏やかなイケボイスで確認をとる彼に、あたしは緊張した面持ちでコクンと頷く……それを見て、彼が包装を解いて蓋を開けると、中からは超高級ブランド時計がそのゴールドに輝く肢体を妖艶な照明の下に現した。
あたしはこうして、彼と会う度に高額なプレゼントをせっせと貢いでいる。
「わあ、ありがとう。すごくうれしいよ……ちょっと、場所変えようか?」
彼はそれを目にすると爽やかな笑みを湛え、再び礼を述べてからひそめた声であたしをいつもの場所へと誘う。
「うん……」
それにあたしも小さく伏せ目がちに頷くと、トイレに行くフリをして彼と店の裏口へ向かった――。
「――時計もいいんだけどさあ、約束のお金、ちゃんと用意して来てくれたの?」
二人して示し合わせ、裏口から
プレゼントした時計をさっそく手に嵌めると、それをチャラチャラ耳障りに振り鳴らしながら、なんら感謝もしていない様子でさらに現金を催促してくる。
「う、うん……はい。これ……」
あたしは素直に頷くと、白いショルダーバッグから100万円の入った分厚い茶封筒を取り出し、やはりいつもの如くそれを彼に差し出す。
「お、サンキュー……感謝しなよお? おまえ如きのレベルの女が、これしきの金でこの俺様と付き合えるんだからさあ」
奪うようにそれを受け取った彼は、早々、中身の札束を封筒から取り出し、パラパラと枚数を数えながら、礼を言うどころか、さも当然のことのようにそう嘯いてみせた。
なんとも女をバカにしたオレ様系だが、別に今さら驚くことはない。これが素の彼であり、先程までの優しげな態度は、あくまでお店のホストとしてのサービス対応だったのである。
……ウフフ。もお! ほんと、あたし好みの典型的なドSクズホストなんだからあ。こうでなくっちゃ、これから思いっきりいたぶり尽くすのにも後ろめたさを感じてしまう。
「……ん? なんだこれ? ……借用書?」
どうせまたギャンブルにでもつぎ込むのだろう。満足げに札束を数えていた彼は、一緒に挟まっていた一枚の紙に目を留め、それを夜の街の灯りに透かして見る。
「ええ。ヤクザのやってる利息のバカ高い闇金から借りたの。でも安心して。連帯保証人にはあなたの名前をちゃんと書いておいたから。これまで貢いだ分も全部ね。あたしはもちろん返す気サラサラないけど、ヤクザ屋さん達が損することはないわ」
薄闇の中、目を細めて借用書を凝視する彼に、あたしは親切にもそう説明してあげた。
「はぁ? …っておい! ほんとに俺の名前書いてあんじゃねえか! しかも判子まで……これはいったいどういうつもりだよ!?」
「それはだってクリスマス・イヴだもん。ブラック・サンタガールからクソみたいな悪いメンズへのプレゼントよ。気に入ってくれるといいんだけど……」
連帯保証人欄を確認して驚きの声をあげている彼に、あたしは初めてカレシにプレゼントをする
「おい! いたぞ! このクソアマ、いい加減、金返せっ!」
と、その時、ちょうどカタギには思えないイカツイお兄さん達が三人、表通りの方からこちらへ向けて、大声をあげながら駆け寄って来た。
あたしを探すのに煩わせてもいけないので、ここにいるとさっき連絡しておいたのだ。
「あ! 来た来た。じゃ、あたしはこれで。他にもサプライズを用意してあるから期待しててね……あたしの連帯保証人はこの男で~す! お金はこの人が返しま~す!」
「……え? あ、ちょ待てよ…」
借金取り達に気づいたあたしは彼にそんな言葉を言い残すと、怖いお兄さん達を呼び寄せながらその場を一目散に逃げ出す。
ま、逃げたフリをして、じつはお店の屋上に瞬間移動すると、この後の楽しい成り行きを見守っていたりするんだけどね。
「おお、ちょうど金持ってんじゃねえか。とりあえず利息分としてもらっとこうか」
「全額返済にはぜんぜん足りねえけどな」
逃げたあたしを追うよりも大金を手にしたホストに交渉する方が早いと考えた借金取り達は、いまだ展開についていけてない彼にドスの効いた声で凄み始める。
「……え? い、いや、俺はあの女とぜんぜん関係ないんで…」
「あん? ここに書いてあんのはてめえの名前だろ? 嘘言っちゃいけねえなあ、お兄ちゃん」
「あんましふざけたことぬかしてっと、コンクリ詰めにして海に沈めんぞコラ!」
慌てて弁明をするクズホストだったが、無論、そんな言い訳の通じるような相手ではない。
「ひぃ…ちょ、ちょっと待って! お、落ちついて話し合いましょう……」
ドヤしあげられ、顔面蒼白に取りつくろうとするクズホストだったが、それだけで彼の不運は終わらない。
「お取り込み中のところすまないが、ちょっとその腕の時計を見せてくれるかな?」
まさにその取り込み中のところへ、今度は従業員に案内されて、二人のトレンチコートを来た男が歩み寄ってきた。
各々その手には、見せつけるようにして警察バッジが握られている。
「け、警察!?」
「間違いありません! 例の宝飾店から盗難届けの出されている腕時計です!」
二人の身分を知り、ホストも借金取り達も思わずたじろぐ中、かまわず若い方の刑事がホストの腕を掴み、取り出したスマホに映る画像と見比べながら大声をあげる。
そこに映っているのは、彼の嵌めているものとまったく同じ金色に輝く高級腕時計だ。
「と、盗難!? ち、違います! こ、これは客の女からもらったもので…」
「あんたが犯人じゃないかってタレコミがあったんだよ。話は署で聞いてやる。おい、しょっ引け」
訳がわからないながらも慌てて言い逃れをする彼であるが、もう一人の中年の刑事は有無を言わさずホストを逮捕するよう指示を出す。
ちなみに、宝飾店から時計を拝借したのも、匿名でタレコミしておいたのも、もちろんこのあたしだ。
「22時10分、容疑者確保!」
「……ええっ!? な、何かの誤解です! 俺じゃない! 俺はほんともらっただけなんですって!」
ガチャリと手錠をかけられ、当然、慌てふためくホストであるが、しかし、今夜、彼に用のある人間はそれだけに留まらなかった。
「ちょっと待ったぁーっ!」
三番目に現れたのは、一見、闇金のヤクザ達と同業者のようにも見える、金髪に鼻ピアスをしたりなんかした、チンピラ風に装った男達三人だ。
だが、その実、彼らはそんな反社会団体の構成員ではない。
「
チンピラ風の若い男は刑事達にそう告げると、自らの身分証と透明なビニール袋に入った白い粉を出して見せる。
そう……その三人は匿名のタレコミ情報をもとに捜査をしていた、厚生労働省所属の麻薬取締官なのだ。
言わずもがな、そのコカイン詰めた高級車を貢いだのもあたし、匿名の情報源もこのあたしである。
「では、そういうことで……容疑者確保!」
「おい待てよ! 先に手をつけたはこっちだぞ? 早いもん勝ちだ」
呆気にとられたホストを連行しようとするマトリ達に、慌てて刑事が食ってかかる。
「そんな時計の1個や2個、後回しでもいいでしょう? こっちは大規模組織犯罪の可能性もあるんですよ?」
「なんだと!? 事件に大きいも小さいもあるか! それにこっちだって大規模窃盗団が絡んでるかもしれねえじゃねえか!?」
「あのう……どっちが逮捕してもかまわねえんですがね、その前にうちの貸した金だけは回収させてもらえませんかねえ。うちもそいつの被害者なんすよう」
俗に〝縄張り争い〟というやつを始める警察とマトリだが、さらにそこへ借金取り達も参戦する。
「フン! 何が被害者だ。どうせてめえら闇金だろ? んなもん
「はあ!? そりゃないっすよ! うちはカタギのまっとうな街金っすよ? 被害者守るのが警察の役目でしょう?」
「そんなくだらない話はどうでもいいから、早くその男を引き渡してください。でないと上に報告して問題にしますよ?」
まさに三つ巴……言い争う三派に揉みくちゃにされたクズホストは、可哀そうにも茫然自失して目が泳いでしまっている。
「ウフフ…賑やかでイヴの夜にはお似合いの光景ね。今夜はクリスマス・イヴ。みんなで思いっきり浮かれ騒ぎましょう♪ ……さて、急いで次に行かなくちゃ。もう、ダメンズが多くていくら時間があっても足りないわ……」
もう少し成り行きを見守っていたい気もするけど、あたしにはブラック・サンタガールとしての仕事がある……なんとも損な役回りだ。
クズホストを囲んでの愉しげな路地裏パーティーを遠目に眺めつつ、あたしは次があるのでまたその場をいそいそと後にした――。
※挿絵↓
https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330668941348527
(
黒聖女(ブラック・サンタガール)☆ 平中なごん @HiranakaNagon
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