第二章第26話 剣姫 vs. アントニオ(前編)
「何なの? このオカマは!」
エレナは開口一番、言ってはいけないセリフをトーニャちゃんに浴びせかけた。だが、トーニャちゃんは怒るどころか
「あらン。随分なじゃじゃ馬ちゃんね。そんなんじゃ、好きなオトコノコ♡に嫌われちゃうわよン?」
「なっ!? 何よ! 何よ何よ!」
エレナは顔を真っ赤にして睨み付けた。手を振りほどこうとしているのだろうが、トーニャちゃんの腕力はそれを許さない。
「は、放しなさいよ!」
「ダメよン。だって、手を放したらディーノちゃんを殴るでしょン?」
「ディーノちゃん!? ちゃんって何よ! あんた、ディーノの何なのよ!」
「何って、そりゃあねぇ。もちろん、とっても素敵な関係よン?」
「す、素敵な関係!?」
エレナは目を見開き、そしてごくりと喉を鳴らした。
「もちろん。イイコト♡だってしたほどの深い関係だわン」
「い、いい……こと……?」
「そうよン。あらン? でもお子ちゃまにはまだ早い話だったかしらン?」
「こ、こ、子供じゃないわよ! あ、あ、あ、あああたしはもう立派なレディよ!」
いや、レディはそんな風に怒鳴らない気がするが……。
「そう? でも、本当かしらン? アタシは密着してディーノちゃんの全身をくまなく撫でまわしてたのよン? それに、時には体をぶつけあったことだってあるのよン?」
「か、か、か、からだを……密着!? な、撫でまわして、ぶつけ合う……!?」
きっと理解の範疇を超えているのだろう。顔が真っ赤になったエレナは口をパクパクさせており、目も宙を泳いでいる。
組み合ったから体をぶつけ合ったと言えなくはないし、魔力の訓練では念入りに全身を撫でまわされたので完全な間違いではないが……。
「でぃ、でぃーのっ!? あ、あ、あ、あんた。ほ、ほ、ほほんとうに……!?」
「あらン? 嘘は言っていないわよねン?」
「え? あ、そ、そうですね。まあ、嘘とまでは言えないですが――」
「ふ、ふ、ふ、不潔よっ! 男同士でそんなっ!」
エレナが目に涙を貯めながら大声で叫ぶ。
「お、おい。落ち着け。嘘じゃないが別に想像しているようなことでは――」
「このオカマ! よくもあたしのディーノを! 決闘よ!」
「あらン?」
「ディーノ! こんなオカマなんかに洗脳されて! あたしが必ず助けてあげるから!」
いや、洗脳されてないしそもそも誤解なわけだが……。
でも、これは言っても無駄だろうな。完全に頭に血がのぼっているようだし、こうなったらこいつは俺を殴るまでは止まらないだろう。
トーニャちゃんがこちらをちらりと見てきたので俺は小さく頷いた。
「いいわよン。それじゃあ、その決闘を受けてあげるわン。そちらの要求は何かしらン?」
「洗脳を解いてディーノを返しなさい!」
いや、俺はお前のものになった覚えはないんだがな。
「わかったわン。でもアタシが勝ったら夏の終わりまで部下として働いてもらうわよン。ちょうど迷宮攻略の人手が不足してたのよねン」
「いいわよ。どうせ勝つのはあたしだもの」
「そう? じゃあ、訓練場に行くわよン。セリアちゃん、立会人をよろしくねン」
「え? わ、私がですか? はあ。仕方ありませんね。わかりました」
「ディーノちゃん。あなたも来るのよン」
「え? 俺もですか?」
「当たり前よン」
「はぁ。ですよね。わかりました」
こうして俺たちは訓練場へと移動したのだった。
◆◇◆
「ディーノ。必ず助けてあげるからね!」
「はぁ」
エレナは使命に燃えた目でそう言ってきた。
だがな。そもそも俺はお前に助けられる筋合いなどないわけだが……。
『この子がエレナだよねっ?』
「(ああ。見ての通りで、思い込みが激しくて考えるよりも手が先に出るやつだ)」
『でも、ディーノ。愛されてるよねっ』
「(え? 愛される? あれでか?)」
『うん。だって、きっとエレナはディーノのことが大好きだからああ言っているんだよっ』
「(うーん。でも殴られるのはちょっとなぁ。俺はもっとこう、優しい人のほうが好みだな。特に、すぐに殴らないのは絶対条件だ)」
『あははっ。ディーノったらきびしー』
「(いやいや。殴られる身にもなってみろって)」
『それもそうだねっ。あ、そろそろ始まるよ』
「(お、本当だ)」
言われて訓練場の中央に目を向けるとエレナとトーニャちゃんが向かい合って立っている。
エレナは細身の木剣を正眼に構え、トーニャちゃんはいつものように悠然としている。
「それでは、元冒険者アントニオと王立高等学園一年エレナの決闘を開始します。勝負はどちらかが戦闘不能になるか、負けを認めるまで行います。始め!」
セリアさんは開始の合図をすると、巻き込まれないように壁際へと避難した。
「さ、いつでもかかってらっしゃいン」
「引退した冒険者なんて、速攻で倒してやるわよ!」
エレナは一瞬のうちにトーニャちゃんとの距離を積めると凄まじい速さで連撃を打ち込んだ。
恐らくだが、エレナの連撃はカリストさんよりも速いと思う。迷宮でゴブリンの上位種に囲まれたときだってこれほどの凄まじい連撃をカリストさんが放っているのは見たことがない。
だが、それよりも凄まじいのはトーニャちゃんだ。トーニャちゃんはその場から一歩も動かずにエレナの猛攻をさばいている。
この人、本当に怪我で戦えなくなったんだろうか?
「こ、このっ!」
「あらン? もうお疲れなのかしらン? ウォーミングアップにゆっくり攻撃していたのかと思ったわよン?」
「ふ、ふざけんなっ!」
挑発されたエレナはさっと顔を真っ赤にすると一気
先ほどより力もスピードも上の攻撃だが結果は変わらない。トーニャちゃんはその場に立ったまま涼しい顔で受け流している。
「こ、このっ! それならこれでどう?」
エレナは一度大きく吸い込むと全身にうっすらと光を纏わせた。
あいつ! まさかアーツまで使う気か!?
「『剣の舞』!」
エレナがそうアーツの名前を叫ぶと全身から白い光が放たれた。その光は徐々に燃えるような赤へと色を変え、やがて無数の炎の剣へと変化した。
「さあ、謝るなら今のうちよ!」
「あらン? 冬にはお芋が焼けそうねン? 芋臭いあなたにぴったりの技だわン」
「こ、こんのっ……!」
顔を真っ赤にしたエレナはまるで踊りでも踊っているかのような美しいステップでトーニャちゃんへと斬りかかった。そんなエレナと同調しているかのように炎の剣もトーニャちゃんに襲い掛かる。
「あらン? あらン?」
そんなエレナの攻撃をやはりトーニャちゃんはその場から動かずにいなし続けている。
「こんのっ! くらえぇぇぇぇぇぇぇっ! 『紅蓮の火葬』!」
エレナがそう叫ぶと宙に浮んでいる無数の炎の剣は一斉にトーニャちゃんへと襲い掛かる!
トーニャちゃんはそれをまともに喰らってしまい、そして瞬く間に巨大な火柱に包まれてしまったのだった。
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次回更新も通常通り、2021/03/27 (土) 21:00 を予定しております。
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