第二章第27話 剣姫 vs. アントニオ(後編)
2021/03/30 誤字を修正しました
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エレナの作り出した巨大な炎の勢いは留まることを知らず、訓練場一杯に広がっていく。
「あっ」
セリアさんは迫りくる炎を前に顔を強張らせる。
まずい!
そう直感した俺は急いでセリアさんに駆け寄ると断魔の盾を構えてセリアさんを庇った。
室内でこんな攻撃をするなんて!
「ディーノさん。すみません」
セリアさんのホッとしたような声が背中から聞こえてくる。
「いえ。まさかあいつがここまでやるとは……」
それにしても恐ろしい奴だ。王都に行ってまだ半年くらいしか経っていないというのに、ここまで成長してしまうとは。
エレナの発生させた炎は徐々に収まっていくが、その炎で訓練場に置かれていた木製の備品が燃えてしまっている。
だが訓練室は頑丈な石造りだったおかげで火事にはならずに済んだのは不幸中の幸いといったところだろう。
やがて炎が消えると、その中心には先ほどと変わらずに対峙する二人の姿があった。
「ンフフ。まだまだねン」
余裕そうな表情のトーニャちゃんはエレナを挑発するように笑顔を浮かべてそう言った。
しかもなんと! 驚いたことにトーニャちゃんはその場から一歩も動いていないのだ!
「な、何なのよ! どうして無事なのよ!」
「驚いたン? アーツを使ったからアーツで受け止めてあげたのよン。このアタシの『
トーニャちゃんは体をくねらせながら逞しい筋肉をエレナに見せつける。
「な、何なのよ! 何なのよ! そのふざけた名前は!」
「あらン? ふざけてなんかないわよン?」
いや、俺もその名前はふざけていると思うが……。
「だったら! 『剣の舞』!」
再びエレナがアーツを発動させると今度は炎ではなく氷の剣が生み出された。
「今度こそっ!」
「火がダメなら今度は氷なのン? 今の季節は暑いから涼しくてちょうどいいかもしれないわねン」
「そんなこと言っていられるのも今のうちよ!」
エレナは氷の剣と共に舞い踊り、そして再びアーツを発動させる。
「くらえっ! 『氷精の抱擁』!」
すると今度はトーニャちゃんの体に氷が纏わりつくとすぐにその全身を氷漬けにしてしまった。
「どうよっ!」
エレナは得意げにそう言うと木剣の切っ先を氷漬けになったトーニャちゃんへと向けた。
「さ、あたしの勝ちよ? 立会人さん?」
エレナはこちらに振り向くと、セリアさんに勝ち名乗りを上げるように要求してきた。
「あ、あの? エレナさん?」
しかしセリアさんは困惑した表情を浮かべる。
「どうしたの? 早くあたしを勝者と認めなさいよ。あれ、ほっといたら死ぬわよ?」
「いえ、その……」
「何よ? あのオカマを殺してでもあたしを勝たせたくないわけ?」
「そうではなく、まだ勝負は――」
「え?」
「ダメじゃないン。よそ見なんかしちゃ♡」
ガラガラと音を立てて氷は崩れ落ち、何事もなかったかのように立っているトーニャちゃんがエレナに投げキッスをした。
「ど、どうしてよっ!? あたしの『氷精の抱擁』はちゃんと当たったじゃない」
「あたしのこの肉体を凍り付かせるには、ちょっと魅力が足りなかったんじゃないかしらン? でもねン。ちょっと涼しくて、カ・イ・カ・ン♡だったわよン」
「こ、この化け物っ!」
そう言ってエレナは再び『剣の舞』を発動させると次々とアーツを打ち込んでいく。雷、岩、水、風、さらには闇なんてものまで使って攻撃するが、そのことごとくをトーニャちゃんの『
あれだけの攻撃を受け止めたというのに、トーニャちゃんにはダメージを受けた様子がまったくない。
一方のエレナは肩で大きく息をしている。
「はあっ、はあっ、はあっ」
「もう終わりかしらン?」
「ま、まだよっ! 『剣の舞』」
エレナがもう一度『剣の舞』を発動させようとするが、先ほどまでとは違い剣が作り出されることはなかった。
「え? そんな!」
エレナは目を見開いた。
ああ、なるほど。どうやら MP 切れらしい。
「でも! あたしは負けるわけにはいかないのよ!」
再びトーニャちゃんに斬りかかるが、疲労も相まってかエレナの動きに先ほどのようなキレはない。
「はいはい。でも、負けるのよン」
そう言ってトーニャちゃんはようやく初めての反撃をした。振るわれた木剣を手刀で逸らすとそのままの流れでエレナの腕を取って投げ飛ばす。
きれいに宙を舞ったエレナは背中から思いっきり床に叩きつけられた。
「あっ。がっ」
恐らく衝撃で呼吸ができなくなったのだろう。
一瞬苦しそうにうめいたがすぐに立ち上がると勢いよくトーニャちゃんに斬りかかる。しかしそんなエレナをトーニャちゃんはあっさりと投げ飛ばす。
それからの光景はまるで同じ動画を繰り返し見ているかのようだった。投げ飛ばされたエレナは起き上がって斬りかかり、そして再び投げ飛ばされる。
当然だが投げられているエレナにはダメージが蓄積していき、その動きは次第に弱々しいものに変わっていった。
「ディーノをっ! ディーノを! 返しなさいよっ!」
エレナが顔を真っ赤にし、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらもトーニャちゃんに攻撃を仕掛ける。
「あきらめなさい。あなたの負けなのよン」
最後と言わんばかりにトーニャちゃんはエレナを先ほどまでよりも強く地面に叩きつけた。
「あっ、か、はっ……」
エレナは地面に大の字となって倒れているのだが、それでもなお剣を手放していない。
凄まじい根性だ。
「ほら。負けよン」
「……ま、まだ……よ……」
エレナは起き上がれないのにまだ負けを認めない。
「そう? それなら、早く起き上がってらっしゃい。そうじゃなきゃ、戦闘不能で負けになっちゃうわよン?」
「いわれ……なく、たって……」
そう言ったエレナは木剣を支えにして何とか立ち上がった。だが、その両足は生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。
もう、エレナが戦える状態ではないことは誰の目にも明らかだ。
これ以上は!
そう思った俺は止めようと声を上げようとしたが、それよりも一瞬早くセリアさんが声をあげた。
「勝者――」
「まだよン」
「え?」
勝利宣言をして止めようとしたセリアさんをトーニャちゃんが遮った。
「さあ、かかってらっしゃい」
「こ……の……」
エレナは力が入らずに震えるその足を何とか前に出すと剣を振るう。
だが当然それは攻撃と呼べるようなものでなく、トーニャちゃんの脇をかすめて地面を打った。
「あ……」
そのままエレナはうつ伏せに倒れ込む。
「もう終わりかしらン?」
「う、あ、あ……」
起き上がろうと必死にあがいているが、もはや立ち上がる力すら残されていないようだ。
エレナは地面に這いつくばって涙を流しながらも、顔だけは上げてトーニャちゃんを睨み付けている。
トーニャちゃんはそんなエレナの顔の数センチ手前の床を強烈に踏みつけた。
ドン、という音と共に建物全体に衝撃が走り、踏みつけられた石造りの床にヒビが入る。
「ひっ」
エレナは小さく悲鳴を上げた。
「こんなに弱っちいくせに、何がしたかったのかしらン? ホント、自分の実力が分からない雑魚は困るのよねン」
「あ、あ、う、うえぇぇぇぇぇぇぇ」
恐怖からだろうか。それとも他の何かからだろうか。きっとエレナの心は折れてしまったのだろう。
いつも強気なエレナがなんとそのまま床に突っ伏して泣きだしてしまった。
その様子を見たトーニャちゃんはセリアさんを見て頷く。
「エレナ、戦闘不能。よって勝者、アントニオ」
こうして勝利宣言がなされ、決闘はトーニャちゃんの完全勝利で幕を閉じたのだった。
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