第二章第24話 幼馴染を探して

 冒険者ギルドサバンテ支部の受付嬢であるセリアは受付カウンターに座りながら書類の整理をしていた。


 現在時刻は午後一時を回ったころ。冒険者たちはすでに出払っており、たまにやってくる個人の依頼主に応対する以外には仕事はない。そのため、ギルドの受付嬢たちはセリアのように書類を整理したり、掃除をしたりと思い思いの仕事をこなしている。


 そんな折、ギルドの受付の扉が開かれると燃えるような赤い髪をした少女がやってきた。受付カウンターに座っていたのがセリアだけだったため、彼女は真っすぐにセリアのカウンターへとやってくる。


「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」

「人探しに来ました。あたし、エレナっていいます。高等学園の学生です」

「まぁ。高等学園の学生さんでらっしゃいましたか。どういった方をお探しですか?」

「はい。ディーノっていう男の子です。あたし、ディーノの幼馴染なんですけど夏休みで帰ってきたら彼の家が空き家になってて。それで近所のおじさんに聞いたら泥棒が入ったって聞いたんです」


 エレナは不安そうに顔を伏せる。


「それはそれは。ですが、どうして当ギルドにいらっしゃったのですか? 当ギルドで依頼をすると依頼料が発生してしまいますよ?」

「ディーノが冒険者になったって聞いたんです。でも、ディーノは昔から弱っちくて、いつもフリオとかの悪い友達にいじめられてたんです! だから! あたし心配で!」

「そうでしたか。ディーノさんのことを本当に心配してらっしゃるんですね」

「当たり前です! あたしの、あたしの幼馴染なんですよ!」」

「まぁ」


 声を荒らげたエレナを見てセリアの笑顔は暖かい色を帯びた。そしてエレナに聞こえないほどの小さな声でこうつぶやいた。


「ディーノさんったら、こんな風に想ってくれる可愛い幼馴染がいて幸せ者ですね」

「え? なんですか?」


 エレナは聞き返すがセリアはにっこりと微笑むと首を横に振る。


「いえ。大変申し訳ございませんが、冒険者ギルドは所属している冒険者に関する一切の情報を家族の方以外に開示することはできません」

「えっ!? なんで?」

「それはですね。冒険者と依頼主の安全を守るためです。例えば『ある冒険者が今は依頼で隣の村に行っています』といったような情報はその方と依頼主の安全に関わります。その方を逆恨みしている者が復讐のために襲う、といったこともあり得るのです」

「う……」

「ですが、エレナさんのご連絡先を教えて頂ければディーノさんが次に当ギルドへいらした際にお伝えすることは可能ですよ」

「……そう。わかりました。あたし、まだ宿をとっていないので後でまたきます」

「かしこまりました。お待ちしております」

「はい」


 こうして踵を返そうとしたが、セリアが思い出したように呼び止めた。


「あ! そうだ。エレナさん。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「はい?」

「エレナさんは、ミゲルさんという方をご存じでしょうか?」

「ミゲル? フリオの腰巾着の?」

「ああ、やはりご存じなのですね。もしよろしければ、罪人の収容所へとご出頭頂けないでしょうか? イルヴァさんという衛兵の方がミゲルさんについての情報を探しているそうなんです」

「……どういうことかしら?」

「捜査に関する話ですので詳しいことはわかりませんが、ディーノさんの家に入った泥棒の件に関連しているそうです」

「っ! わかりました。すぐに行きます。ありがとうございました!」


 エレナはそう言うと大慌てで飛び出していった。それを見送ったセリアは再び小さくつぶやいた。


「あんなに心配しちゃって。ディーノさんも隅におけませんね」


◆◇◆


「どういうことよ! ミゲルがディーノの家に泥棒? ディーノにお金なんか稼げるわけないのに!」


 先ほどまでの態度はどこへやら、エレナはそう悪態をつくと収容所へと猛スピードで走っていく。


 人ごみをするするとすり抜け、エレナはあっというまに収容所の前へと到着した。


「はぁはぁ。ここよね」


 エレナは収容所の入口を警備している衛兵に声をかけた。


「あの、すみません」

「おや? どうしたんだい?」

「イルヴァっていう人がミゲルについて知っている人を探してるって、冒険者ギルドの受付の人に聞きました。それで……」

「ん? ああ。その件か。わかったよ。それじゃあこの書類に名前と住所を記入してもらえるかい?」

「はい」


 エレナはサラサラと記入して衛兵に手渡した。


「はいはい。エレナちゃん、十四歳ね。それと、えっ!? エレナ? 王都の高等学園!? し、失礼しました!」

「それよりも、そのイルヴァって人に会えるんですか?」

「もちろんです。少々お待ちください!」


 衛兵は態度をコロッと変えると持ち場を近くにいたもう一人の衛兵に任せ、大慌てて建物の中へと消えていった。


 そのやり取りを聞いていたもう一人の衛兵はエレナに対して敬礼しており、その様子をエレナはつまらなそうに見ていたのだった。


◆◇◆


「いやぁ、お待たせしてスミマセン。ウチがサバンテ衛兵隊のイルヴァやねん。わざわざ来てくれておおきに」

「高等学園の一年、エレナです。それより、ディーノの家にミゲルが泥棒に入ったって!」

「せやせや」

「どうしてそんなことを!?」

「それが分かれへんねん。せやからミゲルの知り合いを探しとったんや」

「え? 普通に聞けば良いんじゃないんですか?」

「それがでけへんねん。あいつ、ミツしか言わへん」

「は? ミツ?」

「せや。会うていくか?」

「はい」

「ほなら、心したってな。ほとんど話が通じひんやさかい」

「……」


 神妙な面持ちのエレナ引き連れてイルヴァは建物の奥にあるミゲルを収容した牢屋の前にやってきた。


 薄暗い牢屋の中にはどことなくミゲルの面影を残す少し痩せこけた男が硬いベッドに座り、何かをブツブツと呟きながら虚ろな目で地面を見つめている。


「え? あれが……ミゲル、なの?」

「せや。あれがミゲルや」


 その言葉にピクリと反応したギギギ、と音でもしそうな感じでゆっくりと顔を上げる。


「ミツゥゥゥゥゥ。ミツゥゥゥゥゥ……」


 力なくそう呟くと虚ろな目でエレナを見た。


「ひっ!?」


 思わず悲鳴をあげてエレナは後ずさる。


「ああ、やっぱりか」


 そう言ってイルヴァは面会を打ち切るとエレナの手を引いて牢屋の前から立ち去る。


「エレナさん。大丈夫かいな?」

「……はい。どうしてあんなことに?」

「断魔サンのところから盗んだ精霊花の蜜っちゅうのを飲むとああなるらしいで」

「断魔? 精霊花の蜜?」

「ああ、エレナさんは知らんかったんか。断魔っちゅうんはディーノさんの二つ名やで。精霊花の蜜はその断魔サンの持ち物や」

「はぁっ!? 何でディーノがそんな大層な名前で呼ばれてるわけ?」

「何でって、そりゃあ断魔サンは引退したAランク冒険者のアントニオさんと一緒に悪魔を斬った英雄やからや。冒険者ギルドの出世頭で、今は迷宮退治の真っ最中やろな」

「迷宮!?」

「せや。五月にあった悪魔憑き事件の後に出現したんやで」

「悪魔憑き!? そんなことが……」


 エレナはあまりのことに理解が追いついていない様子だ。


「迷宮のことはギルドに聞いたってや」

「……はい」


 エレナは絞り出すようにそう答えると収容所を後にした。


 それからフラフラとした足取りで何とか冒険者ギルドに戻ってきたエレナの目に、親し気にセリアと話すディーノの姿が飛び込んできた。


 しかも、ディーノはセリアからピンクのリボンが掛けられた小さな小包を渡されようとしている。


「えっ!? あの受付の女!」


 思わずそうこぼしたエレナは慌ててカウンターへと駆け寄り、大声で叫んだ。


「ちょっと! あんた! ディーノ!」

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