第二章第23話 剣姫の里帰り

2021/03/30 誤字を修正しました

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「エレナ君。君は天才だ。卒業後はぜひ、この王都の民を守る我が第一騎士団に入ってほしい」

「いやいや、エレナ君。君の才能は戦ってこそ活かされる。ぜひとも王国の剣たる第二騎士団に入ってもらいたい」

「何を言うか。魔物の被害こそ看過できぬ問題だ。我が辺境騎士団で魔物の脅威から人々を守る仕事をしてみないか?」


 円形闘技場を出たエレナの周りを騎士団のスカウトたちが取り囲んでいる。


「ありがとうございます。ですが、まだ卒業は先のことです。今はしっかり学び、自分のやるべきことを見つけたいと思っております」


 エレナは謙虚な態度でそう言うとニッコリ微笑んだ。


「それでは、騎士の皆様。本日はこれにて失礼します」


 エレナはそう言って淑やかに礼を執るとそのまま寄宿舎の方へと消えていったのだった。


 それを見送ったスカウトたちは口々に彼女を褒めそやす。


「あの年齢であれほどの実力を持ちながらもこれほど謙虚な態度を取れるとは。心技体が備わっているとはまさに彼女のことを指すのだろうな」

「ああ。そのうえさらに美貌まで兼ね備えているとはな。天は二物どころか三物を与えたようだ」

「あれだけの傑物を輩出するとはな。両親の教育がよほどよかったのだろうな」

「まさにその通りだ。彼女にはぜひとも騎士の道を選んでほしいものだ」

「まったくだな」


 そう言って頷き合ったスカウトたちは帰路についたのだった。


 一方のエレナはというと寄宿舎の自室に戻っており、ベッドにごろりと横になっていた。


「あーあ。弱いやつばっかでつまんないわ。礼儀とかもうるさいし」


 それからごろりと転がってうつ伏せになると枕に顔を埋める。


「そういえば、ディーノのバカは今頃どうしてるかしら? ハズレなんだからあたしと一緒に来れば守ってあげたのに……」


 それから、はーっと深くため息をつく。


「昔から何をやってもダメだったんだし、今頃建設現場で煉瓦を足に落として骨折したりしてないかしら? ああ、もう! ディーノのくせにあたしの命令を拒むなんて! ムカつくムカつくムカつく!」


 エレナはむくりと起き上がると枕を壁に投げつけた。


 ボスッという音を立てると枕はそのまま落下する。


「はぁ。ま、どうせ今頃惨めな生活を送ってるはずよね。それなら、あたしが行って連れ出してあげれば泣いて感謝するに違いないわ。そうよ! そのはずよ! これから夏休みだもの。サバンテに帰ってディーノに今度こそうんと言わせてやるんだから!」


 ぐっと拳を握りこんだエレナは誰にともなくそう呟くのだった。


◆◇◆


 八月初めのある日、一台の乗合馬車がサバンテの町の正門をくぐった。馬車は町中をゆっくりと進んでいき、中央広場に停車すると乗客たちは次々と降りてくる。その中には燃えるような赤い髪をたなびかせた美しい少女も含まれていた。


「あーあ。長旅だったわ。それにしても、相変わらずの田舎町ね」


 そう悪態をつくエレナだったが、その表情は緩んでいる。


「さて。あたしの家は処分しちゃったし、ディーノの家に行きますか!」


 そう独り言を呟いたエレナは勝手知ったるサバンテの道をずんずんと歩き、貧しい者たちが暮らす地区へと向かっていく。


 貧しい地区の住民たちは突如やってきた美少女に思わず目を奪われ声をかけようとするが、それがエレナであることを確認するとサッと道をあけた。


 幼いころから美少女であったエレナを狙う者は多かったが、そのことごとくを返り討ちにしてきたエレナに今更ちょっかいを出すような者はこの町にはいない。


 しかも『剣姫』などという最高のギフトを授かり、王都の学園にスカウトされたことは有名な話だ。


「フン。相変わらずね。この町は」


 吐き捨てるようにそう呟くと、エレナはディーノの家の前に到着した。いや、正確にはディーノの家だった場所だ。


 窓は板で覆われており、当然のことながら人の暮らしている気配はない。


「なっ!? どういうこと? あたしに黙って引っ越したっていうの!? ちょっと! ディーノ! 出てきなさい!」


 エレナは乱暴に扉を叩くが誰も住んでいない空き家から返事が返ってくることはなかった。


 しばらく騒いでいると近くの家の窓が開いて中年の男が怒鳴りつけた。


「おい! うるせぇよ! って、あれ? エレナちゃんじゃないか。王都に行ったんじゃないのかい?」

「あ! おじさん。ディーノは? 何でディーノの家が空き家なの?」

「ん? ああ。ディーノんとこに泥棒が入ってな。そんで引き払ったみたいだぞ」

「えっ? 泥棒? ディーノは怪我してない?」

「さあな。だが、あいつは冒険者をやってるから大丈夫なんじゃないか?」

「はあっ? ディーノなんかが冒険者? どうしてよっ!?」

「知らねぇよ。ま、生活はできているようだぜ? 最近は姿を見ねぇがなって、おい!」


 エレナは彼の言葉を最後まで聞かず、大慌てで駆け出したのだった。

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