第二章第22話 再びの迷宮攻略

ベッドを処分し、鍵を大家さんに返した俺は再び迷宮へと戻ってきた。迷宮へ入る前に出張所で討伐報酬を受け取り、デポジットを六万まで増やしておいたのでまた閉じ込められても急場をしのぐことはできるはずだ。


「よお。ディーノ。災難だったな」


 前線基地までやってきた俺を目ざとく見つけたリカルドさんが声を掛けてきた。


「あ、リカルドさん。まあ、ひどい目に遭いましたけど何とか。精霊花の蜜が盗まれて全部飲まれちゃったのが一番痛かったです。うちの妖精が楽しみにしてたので」

「あ? ああ。そうだったな。妖精がいるんだっけな」

「はい。あ、その妖精を召喚できるようになったので今日の魔物退治が終わって MP が残ってたら召喚しますよ」

「あん? またウンコしたのか?」

「いえ、ウンコをしたわけじゃ……」


 リカルドさんの印象は相変わらずのウンコらしい。


「やあ、ディーノ君。もういいのかい?」

「ディーノくん。大丈夫だった?」


 カリストさんとルイシーナさんもこちらにやってきた。メラニアさんは相変わらず治療中のようだ。


「ご心配をおかけしました。精霊花の蜜を盗まれたのが痛かったですが、何とか。もう家を引き払って宿暮らしにして、荷物もギルドの貸倉庫に預けました」

「あれ? ディーノ君、まだ使っていなかったのかい?」

「はい。実は今までそんな便利なサービスがあるなんて知りませんでした」

「ああ、そうか。ディーノ君は異例の速さでDランクまで昇格したからね。Dランクになるまでには通常はもっと時間がかかるからその間に自然にみんな存在をしるんだけど……本当は僕たちが早く教えてあげればよかったね」

「いえ。俺も不用心でしたから。いい勉強になりました」


 そう言ってから俺はルイシーナさんが精霊花の蜜を飲みたがっていたことを思い出した。


「そうだ。ルイシーナさん」

「なあに?」

「飲みたいって言っていた精霊花の蜜ですけど、やっぱり飲んだらとんでもなくヤバいものでした。どうやらあれ、人間が飲むと禁断症状がでるみたいなんですよ」

「え? 禁断症状?」

「はい。それで犯人は町の蜂蜜屋で精霊花の蜜がないと言って大暴れをしたらしく……」

「うわぁ」

「あ、そうだ! カリストさん。治癒師が来なかったのはその事件の怪我人の治療にあたっていたかららしいです。今日、来てくれるって支部長が言ってましたよ」

「そうなのかい? わかったよ。ありがとう。これでようやくメラニアを休ませてあげられるよ」

「そうですね。ずっと働きづめですもんね」

「ああ。本当によかったよ」


 カリストさんは心底ホッとした表情でそう言ったのだった。


◆◇◆


 今日の魔物退治を終えて俺たちは前線基地へと戻ってきた。今日の戦果はゴブリンの上位種が大体 100 匹くらい。それからレッサーデーモンはあまり出なかったので 5 匹だ。


 問題の治癒師は夕方ごろにやってきた。なんと六十歳くらいのおじいさんで、若干体力面で不安はあるもののテキパキと治療をしてくれているため腕は確かなようだ。


 メラニアさんは一日お休みを取って明後日からは『蒼銀の牙』のフルメンバーでの攻略開始となる。


「メラニアさん。お疲れ様でした」

「ええ。泥棒に入られてしまったそうですわね。迷宮を何とかしようと頑張ってらっしゃるディーノ様に対して何と不埒な……」

「いえ。まあ、結果としては良いこともありましたし」

「良いこと?」

「はい。精霊花の蜜の危険性が分かったんです」

「精霊花の蜜?」

「はい。って、ああ、そういえば精霊花の蜜の話はしてませんでしたね。実は――」


 俺が事情をかいつまんで説明すると、メラニアさんは眉をひそめた。


「その禁断症状というのは、治癒魔法では治せないのでしょうか? いくら盗人とはいえ、そのような状態になってしまっては可哀想ですわ」

「どうなんでしょうね? 牢屋に入っているんだから話を聞くためにも治療を受けているような気はしますけど……」


 それを聞いたメラニアさんは悲しそうな顔をしている。


「メラニアさんは、優しいですね」

「えっ? あ、すみません。ディーノ様もお辛い目に遭われているというのに無神経なことを……」

「いえ。別に大丈夫です。気にしてませんから」

「はい……」


 メラニアさんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「いや、ホントですから! ルイシーナさんが飲みたいって言っていたんで、ルイシーナさんが中毒にならなくて本当に良かったです!」

「ちょっと! ディーノくん? 私は興味があるって言っただけよ? 無理矢理飲んだりなんかしないわ」

「まぁっ」


 メラニアさんはルイシーナさんのその様子を見て小さく微笑み、それを見た俺も思わず笑みを浮かべてしまった。


「ちょっと! ディーノくん?」


 ルイシーナさんはそれを目ざとく見つけて抗議の声を上げる。


「あっ! そうだ。今日も MP を使わなかったので妖精を召喚できますよ! 俺、戻っているときにガチャを引いて、妖精を召喚できるようになったんです」

「え? 妖精? 本当に? 誤魔化そうとしているんじゃないでしょうね?」


 ルイシーナさんはジト目で俺のことを見てくる。


「ち、違いますよ。じゃあ、召喚しますよ? えい!」


 光と共にフラウが召喚された。


「こんにちはっ! フラウだよっ!」

「わっ! カワイイ!」

「まぁ! これがディーノ様の妖精なのですね? こんにちは、フラウちゃん。わたくしはメラニアですわ。ディーノ様にはいつもお世話になっていますわ」

「こんにちは、フラウちゃん。ルイシーナよ」

「うんっ! よろしくっ! メラニアっ! ルイシーナっ!」


 挨拶されたメラニアさんとルイシーナさんは見たことがないくらいに頬が緩んでいる。セリアさんといいこの二人といい、あっという間に心を鷲掴みにしてしまった。


 別に悪いことではないが、妖精の魅力というのはすさまじいものだ。


「うわっ。ディーノ。本当に妖精いたんだな。てっきりイタイ妄想をしてるのかと思っていたぜ」

「ちょっと、リカルドさん?」

「ははは。まあ、見えないんだから仕方ないじゃないか。フラウちゃん、だね? 僕はカリスト。それからこっちは――」

「リカルドだ。ディーノには世話になってるぜ」

「うんっ! フラウだよっ! よろしくねっ! それとねっ! ディーノがいつもお世話になってますっ! カリストも、リカルドも。あと、メラニアもルイシーナもっ! いつもありがとうっ!」

「お、おう」

「すごいな。フラウ君はしっかりしているんだね」

「カワイイ! カワイイ! すっごいカワイイじゃない!」

「ええ。本当に可愛いですわ」


 リカルドさんが恥ずかしそうに頬をいていて、カリストさんは感心した様子だ。そして女性陣二人はもう完全にメロメロだ。


「あら? 急に見えなくなってしまいましたわ」

「フラウちゃん? どこにいったの?」

『ここにいるよっ!』

「あ、すみません。召喚している俺の MP が切れちゃったみたいです」

「ああ、そういうこと……」

「それでは仕方ありませんわ。ですが、MP が回復したらまたお会いしたいですわね」

「はい。MP が余っていたら召喚しますよ」

「お前、いつも使ってねぇじゃねぇか。そんなら毎日召喚できんだろ?」

「え? リカルドさん!?」

「ははは。事実だから仕方ないね。でも、そうやって MP を使っていればそのうち増えるだろうし、丁度良いんじゃないかな? 僕もフラウ君にはまた会いたいかな」

「カリストさんまで……」


 こうして和やかな雰囲気の中、俺たちは今日の迷宮攻略を終えたのだった。

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