第二章第18話 フラウに捧げる二百連(後編)

 いつも通り、妖精たちが宝箱を運んでくる。


 木箱、木箱、木箱、銅箱、銅箱、木箱、木箱、木箱、銀箱、銅箱だ。


「よし。銀箱があるな!」

『うん。楽しみだねっ』

「ああ。この銀箱をな。ふんっ! と気合を入れると金箱に――」


 残念ながら銀箱は銀箱のままだった。


「変わらないんかっ! 今の流れは絶対変わるところだっただろう! 何でだよっ!」

『ディーノ。でも銀箱だよっ! ステータス強化かもしれないよっ?』

「そ、そうだな」


 それもそうだ。フラウの言うとおりだ。


 そもそも、今までこのガチャを引いてきた感じだでは金箱が出るのは百連を引いて一回か二回くらいだった。だからそんなにポンポン出るものではないのだ。


 何しろ人生を変えるレベルの大当たりがでるのだから、たったこれだけの金額でそうポンポンと出ることなどあり得ない話なのだ。


「よーし。来い! ステータス強化!」


 銀箱が開き、箱の中からは【STR強化】が出てきた。


「よーし! いいぞ! STR 強化二回目だっ!」

『すごーいっ! おめでとう!』

「ありがとう。だが、【精霊花の蜜】を引くまでは止まれないからな」

『うん。ありがとう。ディーノ』

「ああ!」


 最後の箱を開ける。すると中から【石の矢×10】が出てきた。ショートボウをミゲルに盗まれて売り払われた俺としては何とも複雑な気分だ。


 俺はすぐに次の十連を引いていく。


 爆死だった。


 仕方ない。次だ。


 淡々と俺は次の十連を引く。爆死だった。


「まあいい。最後に【精霊花の蜜】を引けば俺の勝ちだ」

『うん。ディーノ。今日は落ち着いていていい感じだねっ』

「ああ。今日の俺は一味も二味も違うからな。今の俺はこの程度で迷ったり動揺したりなんか、するわけがない。俺は必ず【精霊花の蜜】を引けるって、信じているからな」

『一念天に通ずってやつだねっ』

「おお。何だか難しい言葉を知っているな。どういう意味なんだ?」

『えっとね。何かを成し遂げようと一生懸命に頑張ると、その思いと努力が神様に届いて必ず成功するって意味だよっ!』

「そうなんだ。そんな難しい言葉を知っているなんてすごいな。フラウは」

『えへへ。妖精は賢いのだーっ』


 そう言ってフラウは可愛らしく胸を張った。


 そのポーズと先ほどの博識ぶりのギャップに何となく笑みがこぼれそうになったが、俺は危うく踏みとどまった。


 まさにフラウの言うとおりなのだから、笑うなんて失礼だ。


 一念天に通ず。


 そう。これはまさにガチャを引く者のためにあるような言葉だ。


「よしっ!」


 俺は必ず引けるという思いを確信に変え、一心にガチャを引いていく。


 だが、そこからは☆5はおろかステータス強化も出ないという爆死が延々と続いた。


 まだマシだったのは 151 連目の【毒消しポーション】くらいだろう。盗まれてしまったショートボウも引くことができなかった。


 そうして気が付けば最後の十連となってしまった。


 ここまで出た金箱はたったの一つ。ステータス強化も序盤の二つしか引けていない。


 そう。完全に追い込まれてしまったのだ。序盤の良い流れを全く活かすことができずにずるずるとここまで来てしまった。


「まずいな……」


 焦りがこみ上げてくる。


 いったん撤退して、流れを変えるべきか?


 そんな後ろ向きな考えが頭をよぎった。


 だがそんな俺の視界の端に【精霊花の蜜】を引くと信じてくれているフラウの姿が映る。


 その瞬間俺はハッとなり、それと同時にこんな弱気なことを考えてしまっていた自分にショックを受けた。


 俺は……。俺は一体何を弱気になっているんだ!


 このバカディーノ!


 お前はフラウのために【精霊花の蜜】を引くと宣言したじゃないか!


 そうだ。ここまでずっと☆5が出なかったのは! 今っ! ここでっ! 【精霊花の蜜】を引くためじゃないかっ!


 一念天に通ず。


 そう。つまりそういうことだ。


 俺は瞼を閉じ、そして大きく深呼吸をした。


 目を開けると目の前にはいつものガチャ画面が俺を待っている。


 そうだ。フラウは俺が【精霊花の蜜】を引くのを待っているのだ。


「よし! 俺は! 【精霊花の蜜】を! 引くっ!」


 確信と共に繰り出された俺の人差し指がガチャを引くボタンをタップする。


 その指の動きは妙にスローモーションに見え、俺は自分がゾーンに入っていることを確信した。


 いける! これなら絶対にいける!


 そんな思いとは裏腹に、妖精たちはいつもと変わらない様子で宝箱を運んでくる。


 木箱、銀箱、木箱、銀箱、木箱、木箱、銅箱、木箱、木箱、銀箱だ。


 なるほど。銀箱が多いあたりはさすがに最後の十連ということだろう。


 だが俺は知っているぞ。


 この中の銀箱の一つが金箱に変わり、そしてその中から【精霊花の蜜】が出てくるのだ。


 一念天に通ず。


 引けないはずなどないのだ!


「さぁ! 来い!」


 まずは二つ目の銀箱だ。そして銀箱はきらりと光って金箱へと変化する。


「ほら! 知ってた! どうだ! それで中から【精霊花の蜜】だ! 来いっ!」


 金箱がゆっくりと開き、中身が飛び出してくる。


 そのモーションが何故かゆっくりに感じた。


 そして……。


【☆5 召喚術(フラウ)】


「え? え? あ、あ、あ、あ……」


 思わず言葉にならない声が漏れてしまった。


 ――絶望。


 引けるはずだった【精霊花の蜜】を逃してしまった。


 この事実が俺の中に重くのしかかる。


 絶望の中、俺はちらりとフラウの姿を横目で見た。


 その表情は――。


 ・


 ・


 ・


 笑顔だった。


 こんな失敗をしたというのに、フラウは笑顔でいてくれたのだ。


『ふふっ。ありがとう。ディーノっ!』


 フラウはにこりと笑ってそう言ってくれたのだ。


『これで一緒に冒険ができるねっ』


 そう言ってくれたフラウの笑顔が眩しくて。


 そう言ってくれたフラウの声が優しくて。


 なんだか、すごく安心してしまった。


 【精霊花の蜜】を引けていないのに。


 これで安心しちゃいけないはずなのに。


『ありがとう。ディーノ』


 いや。まだだ。まだ終わっていない。


 【精霊花の蜜】を引く。ただそのためだけに俺はこのガチャを引いてきたんじゃないか。


 諦めたらそこで試合終了だ。


 俺にはあと二つも銀箱が残っている。この二つを金箱に変え、【精霊花の蜜】を引けばよいのだ。


「フラウ。まだ終わっていない。一念天に通ず、だろ? 俺はまだ【精霊花の蜜】を諦めていないぞ」

『ディーノ……。うん。うん! ありがとうっ!』

「任せておけ」


 俺はタップして箱を開けていく。次の銀箱は変わらずだったが、中からは【VIT強化】が出てきた。


『おめでとう、ディーノ』

「ああ。ありがとう。だが、まだだ。あと一つ残っている」

『うん』


 次の箱からはいつもの【馬の糞】が出てきたが、そんなことはもはや気にならない。


 俺はこの二百連最後の銀箱を金箱に変え、一点狙いの【精霊花の蜜】を引き当てる。そんな正真正銘、究極の神引きを今ここで成し遂げるのだ。


 ついに最後の銀箱の番が回ってきた。しかも、この二百連の最後でもある。


 トリもトリ。全ての締めくくりを飾る最後のひと箱だ。


 俺はもうやるべきことを全てやりきった。


 もう無駄に祈ったり気合を入れたりする必要はない。


 ただただ、静かな気持ちで奇跡を見届ければいい。


 そんな穏やかな気持ちで見守る俺の目の前で銀箱はきらりと光り、金箱へと変わった。


 何だか、もう涙が出そうだ。


 そう。ここで奇跡の神引きが起きる。


 その瞬間にこうして自分が立ち会えたことを心から嬉しく思う。


 さあ、【精霊花の蜜】よ。出てこい!


 そして。


 そして……。


 ・


 ・


 ・


【☆5 槍術】


「ああああああああっ! ちげぇよ! お前じゃねぇっ!」


────

今回のガチャの結果:

☆5:

 MGC強化(大)

 召喚術(フラウ)

 槍術

☆4

 STR強化×2

 VIT強化

 鉄の鎧(上半身)

 鉄の兜

 毒消しポーション(低)

☆3

 テント(小)×4

 堅パン×3

 石の矢十本×4

 虫よけ草×5

 鉄のスコップ

 鉄の小鍋×2

 銅の剣×2

 皮の鎧(下)×3

 皮の鎧(上)×5

 皮の盾×4

 皮の水筒×2

 皮の袋×3

 皮の帽子

 片刃のナイフ

 木の食器セット×2

 薬草×4

 旅人のマント×4

☆2:

 ただの石ころ×15

 枯れ葉×14

 糸×13

 小さな布切れ×18

 薪×9

 動物の骨×13

 馬の糞×15

 皮の紐×9

 腐った肉×14

 藁しべ×21


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 とりあえず、乱数は小説よりも奇なりといったところでしょうか(小説になったわけですが)。よくもまあこんな出目になったものだとしみじみ思います。G〇〇gle さんの乱数には空気を読む能力があるのかもしれません。

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