第二章第13話 王都の剣姫

2021/02/28 誤字を修正しました

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 ここはサンマーレ王国の王都ツナールの高等学園に併設された円形闘技場。七月も中ごろになろうかというある日、その観客席は大勢の観客たちで埋めつくされ、立ち見まで出るほどの盛況ぶりである。


 観客はこの学園の生徒や教師だけでなく、軍服を着た貴族や騎士と思われる者たちの姿も数多く見受けられる。


 そんな彼らが見つめるこの舞台に立っているのはブレザーにスカートという制服を身に纏い、細身の剣を右手に持つ十四歳の少女エレナだ。


 そんな彼女に相対するのはいかにも貴公子然とした背の高い青年で、こちらは騎士が使うような両手持ちのロングソードを構えている。


「エレナ君。一年生ながら決勝まで勝ち上がってきた君の実力は認めよう。だが、君はこの場で敗れる。生徒会長にして学園最強の剣士であるこの私が、上には上がいるということを教えてあげよう」


 そう宣言した彼の名はロレンソ・アルヴァレス。サンマーレ王国の騎士団を束ねるアルヴァレス将軍の次男である。


「……弱そうね」


 エレナはボソッとそう呟いた。しかし、その呟きはロレンソの耳にしっかり届いてしまう。


「剣を合わせる前から弱い、だと? 侮辱をするのも大概にしろ!」


 そう言って怒りあらわにするロレンソに対し、エレナに悪びれた様子はない。


「ごめんなさい。会長さん。つい本音がこぼれちゃっただけなんです。気を悪くしないでください。ちゃんと戦ってあげますから」

「こ、この……ッ!」


 自分よりも年下の少女から放たれた、まるで自身を見下す様なその発言を聞いたロレンソはあまりの怒りに体を震わせる。


 そのままロレンソが言い返そうとしたところで審判役であろう男が大きな声でアナウンスを始めた。


「これより学園最強決定トーナメントの決勝を行う! レッドサイド! ツナーレ出身の三回生、ロレンソ・アルヴァレス君!」


 紹介されたロレンソは一歩前に出ると審判の男に騎士らしくビシッと礼を取った。


「ブルーサイド! サバンテ出身の一回生、エレナ君!」


 一方のエレナはまるで貴族令嬢のように優雅な所作で礼を取った。


「両者! 正々堂々と日頃の訓練の成果を見せるように! はじめ!」


 審判の男は天高く手を掲げ、そしてさっと下に振り下ろした。


「その生意気な態度と暴言、反省してもらおう!」


 ロレンソはロングソードを構えるとそのまま一気にエレナへと突撃した。先ほどのエレナのセリフがよほど頭に来ていたのだろう。まるでエレナを殺さんばかりの迫力である。


 だがエレナはその突撃を冷静に見切って右に躱すと、体が入れ替わった瞬間にロレンソの左足のかかとをトンと軽く右側に向けて蹴った。


 するとその左足はロレンソの右側に流れ、右足に引っ掛かる。左足を前に出して体を支えようとしていたロレンソは足がもつれてしまい、そのまま顔面から闘技場の地面にダイブした。


 あまりに見事なこけっぷりに観客席からは悲鳴が上がる。


「ほら、早く立ってください。挑発して勝った卑怯者、なんて言い訳は聞きたくありませんから」


 地面に這いつくばったロレンソへ、エレナは淡々とした様子で声を掛けた。


「ぐっ。い、今のは油断しただけだ」


 ロレンソは立ち上がると剣を正眼に構えた。顔面からはダラダラと血が流れ、その端正なマスクが朱に染まっている。


「ほら、どうぞ。先に攻めてきていいですよ」

「言われなくても!」


 ロレンソは慎重に距離を詰めると見事な連撃を放ち続けるが、彼女はほとんど動かずにその攻撃を全て躱している。


 しかも驚いたことに、彼女は剣で受けることすらしていないのだ。


「このっ! ちょこまかと!」


 ロレンソはそう叫ぶと横薙ぎの一撃を放った。

 スピードもあり、タイミングも完璧でパワーの乗った強烈な一撃だ。

 観客の誰もがロレンソの一撃が彼女の体を捉えたと思った次の瞬間、少女の姿は忽然と消えた。


「な? ど、どこへ!?」


 驚愕の表情を浮かべ、ロレンソはキョロキョロと辺りを見回す。


「後ろですよ」


 いつの間にか後ろに回りこんだエレナがロレンソの首筋に細剣を薄く差し当てていた。


「どうしますか? まだやりますか?」

「……ま、参った」


 ロレンソはがっくりとうな垂れた。ガラン、という音と共に彼のロングソードが地面に転がる。


「しょ、勝者、エレナ!」


 審判は高らかにそう宣言した。だが会場から歓声が上がることはなく、驚きと戸惑いが会場を包み込んでいる。


 そんな彼らを尻目にエレナは剣を鞘に収めると優雅に一礼し、会場を後にした。


「王都の高等学園って、全然大したことなかったわね。さっさと辞めて冒険者にでもなったほうがいいかしら」


 そんなエレナの小さな呟きは誰にも聞かれることなく、ざわめく闘技場の空へと消えていったのだった。


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次回更新は、2021/03/01 21:00 を予定しております。

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