第8話 昇格試験(前編)

「あー、くそう。チケットが中々貯まらないな」


 百十連ガチャで【水属性魔法】を引き当ててから既におよそ二週間が経過し、四月となっている。ミッションで要求される依頼の回数は増え続け、今や三十二回にまでなっている。


「もう最初のボーナス分は引いちゃったもんね。あと十八回依頼を受注して達成すればまた二十枚貰えるよ」


 そんな俺のぼやきに対してフラウが元気づけるようにそう言ってきた。


「課金はできないしなぁ」

「ディーノ、無理して課金するなんてダメだよっ。それに今の一日 8 マレのお給料じゃチケット買えないよ」

「そうだなぁ」

「うん。だから今日もお仕事頑張ろう?」

「ああ」


 こうやって安易に課金を勧めないところがフラウの好感の持てるところだ。


 俺は次にガチャを引くのを楽しみに街壁修復の仕事に精を出すのであった。


****


「はい。たしかに受領しました。ディーノさん、今日も街壁修復の仕事お疲れ様でした」

「いえ。まだ俺にはこれしかできませんからね」

「それでも、毎日頑張ってらっしゃるのはすごいことですよ」

「監督と同僚と、それとこうやっていつも笑顔で迎えてくれるセリアさんのおかげです」

「あらあら。おばさんをおだてても何も出ませんよ」


 そう言ってセリアさんはニッコリと笑顔を浮かべた。セリアさんは登録に来た時にお世話になったあの受付嬢のお姉さんで、毎日ほとんど決まった時間に顔を出す俺の事を覚えてくれいるのだ。


「あっ、そうでした。ディーノさんのその真面目なお仕事ぶりがとても評価されていてですね。もしよかったらEランクの昇格試験を受けてみませんか?」

「え? 俺がですか?」

「はい。こんなに毎日しっかりと真面目にお仕事をしてくれる人は珍しいですから」


 Eランクか。どうしようかな。やっぱり堅実に生きたいし、それに外に出るのは不安がある。


『ねぇディーノ。Eランクになればミッション達成だよ?』


 その言葉を聞いてハッとした。たしかにその通りだ。


「受けます。外に出て仕事をするのは不安ですけど、受けてみます」

「はい。皆さん最初は不安なものですから大丈夫ですよ。それに町の中での仕事よりもたくさん稼げるようになりますから頑張ってください」

「はい!」


 俺はこうしてEランクへの昇格試験を受けることになったのだった。


****


 俺が受付で待っていると、セリアさんと大柄な男性がやってきた。褐色の肌にスキンヘッド、そしてマッチョでとにかくものすごく強そうだ。


「お待たせしました。ディーノさんの昇格試験を見て下さるアントニオさんです。Aランク冒険者ですから、胸を借りるつもりで挑んでくださいね」


 俺は立ち上がるとアントニオさんに挨拶する。


「はじめまして。ディーノです。よろしくお願いいたします」

「あらぁ、カワイイ子ね。よ・ろ・し・く♡」


 なんと、この試験官はオネェだった。


 俺は一瞬固まってしまったが、何とか正気を取り戻すと元気に返事をした。


「はい。よろしくお願いいたします!」

「ふふっ。いい返事ね。それじゃあ、イキましょ」

「はい」

「ディーノさん。Eランク昇格試験はそんなに難しくありませんから、しっかりと自分の実力を出しきってくださいね」

「はい。頑張ります」


 俺がそう答えると、セリアさんはニッコリと笑ってくれた。


 しかし突然横から俺を非難する声が聞こえてきた。


「おい! ハズレ野郎! 何でお前がここにいるんだ! それにEランク昇格試験なんて、どんな汚い手を使ったんだ!」


 この声はフリオだ。最近全く会っていなかったが、どうやら冒険者になっていたらしい。そして俺の昇格試験に文句を言ってくるということはまだFランクなのだろう。


 そんなフリオに対してセリアさんが戸惑いがちに尋ねた。


「ええと、あなたは……」

「フリオです! 『戦士』のギフトを授かった期待のルーキーのフリオです。セリアさん、まさかお忘れなんですか?」

「え? あ、ああ。そうでしたね。お久しぶりです。フリオさん。それで何のご用ですか?」

「はい。俺じゃなくてこのハズレ野郎が先に昇格試験を受けるなんておかしいです。きっと俺の席をこいつが盗んだに違いないんです」

「ええと、フリオさん? 何を仰っているのかわかりませんが、ディーノさんの昇格試験の受験資格はギルド支部の幹部会議で決定されたことです。妙な言いがかりはやめて頂けますか?」

「そんな! じゃあ俺が選ばれていないのが手違いです。俺も受けさせてください!」

「ちょっと、一体何を――」

「ちょっとぉ、もう時間の無駄だからン、書類はセリアちゃんがやっておいてちょうだい。さ、ディーノちゃんとフリオちゃん。訓練場にいくわよン」

「え? アントニオさん? ああ、もうまた勝手に……」


 そう言いながらもセリアさんはぱたぱたと事務室の方へと走っていった。そして俺たちはアントニオさんの後ろをついて訓練場へと向かったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る