第2話 理性は酒に勝てぬもの

 エレナが王都へと旅だって以来、同年代の連中とは一切口をきかなくなった。正確に言えばあいつらの鬱憤うっぷんが溜まっているらしい時に罵声を浴びせられたりする事はあるのだが俺は無視している。


 そうなった理由はおそらく俺がエレナへのパイプ役にもならないため利用価値がないと判断されたからだと思うが、俺としては心底どうでもいい。


 ガチャを引いて人生をかけるなら別かもしれないが、そうでもなければ俺があいつらを見返すなんてことはできないだろうからな。


 そしてガチャを引いたら俺は前世の二の舞になってしまうだろう。だから世の中諦めというものも必要なのだと思う。


 俺はハズレでエレナやフリオは当たりの側なのだ。ハズレの俺が一発逆転を狙っても良いことなどあるわけがない。


 ならば、堅実に建設作業員でもしているのが一番だと思う。


 それに街壁工事の現場でなら境遇が似ている奴が多い分妙な気遣いをしなくても良いので楽だったりもする。


「よーし。みんなよくやった。これで、この区画の修復は完了だ。打ち上げをするぞ!」


 現場監督の指示で俺たちは片付けを終えると俺たちはぞろぞろと安酒場にやってきた。成人の儀からおよそひと月が経ち今は二月の中旬、ついに俺たちが長年担当してきた区画の修復工事が完了したのでそのお祝いというわけだ。


 日本人の感覚では「十三歳の子供が酒場なんて!」と思うかもしれないがこの世界の成人年齢は十三歳で、もちろん飲酒も十三歳から許可されている。


「じゃあ、みんなエールは持ったか? それじゃあ、工事完了を祝して、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 何十人といる建設作業員達が一斉にジョッキを掲げるとごくごくと飲み始めた。俺もジョッキを傾ける。


 この世界に生まれ変わってはじめての酒ということで楽しみにしていたのだが、あまり美味くない。ビールではあるのだが、前世のそれと比べると妙に薄いうえ温いのでキンキンに冷えたビール特有のあののど越しもない。


 冷蔵庫もあるにはあるらしいが高価な魔道具だと聞いているので庶民向けの安酒場では難しいのかもしれない。


「そういえばよう、ディーノ。お前、この前たしか同じような年齢のやつらに罵声を浴びせられてたじゃねぇか。あれ、何なんだ?」


 俺の向かいに座っている四十歳のベテラン作業員であるマルコさんがそう尋ねてきた。


 なるほど。どこかで見られていたらしい。


「ほら。俺のギフトはハズレでしたからね。それでうっぷん晴らしに利用されているんですよ。どうせそのうち飽きて何もしてこなくなりますよ」

「そうか? だがなぁ……」


 取り留めのない話をしながらもジョッキがどんどん空いていき、次々とお代わりが運ばれてくる。


 この打ち上げは現場監督のおごりらしく、日頃は現場監督の命令を聞いている作業員たちもここぞとばかりに遠慮なくエールを注文していっている。


 そして俺もジョッキ二杯目を半分ほど飲んだあたりで目の前がぐるぐると回りはじめた。


「おおぃ、聞いてるかぁ? ディーニョー」

「きーてますよぉー、マルコしゃん」


 ろれつの回らなくなった俺たちはその後も何かの話をしていた気はするが、その内容については全く記憶がない。


 それから多分店を出た俺はマルコさんと肩を組んでフラフラとになりながら家に向かっていたんだと思う。そしてそこから先はよく覚えている。


「おい。まだ日も沈んでないうちに酔っ払いか? ハズレの底辺は気楽だな。ああ、そうか。もう人生諦めたんだな」


 そう言って侮辱してきたのはフリオだ。それに対してマルコさんが激怒した。


「んーだとぉー? こっちだって汗水たらひて働いてりゅんだー! もらいもんの力でえらそうにしてんじゃねーよ」


 そう言い返されたフリオはサッと顔を真っ赤にするとマルコさんを思い切り殴りつけ、そして何故か俺まで殴られた。


 『戦士』のギフトを持つフリオに理不尽に殴られた俺たちはその一撃で地面に突っ伏した。


「うるせーよ。この酒浸りの酔っ払いが!」


 そう吐き捨ててマルコさんの顔面に唾を吐くとそのまま不機嫌そうに立ち去って行った。


「くそぅ。ハズレギフトで悪かったな! 何でこんなギフトなんかに俺の人生を決められなきゃいけねぇーんだよ! くそぅ。くそぅ」


 マルコは地面に突っ伏したままそう言って嗚咽を漏らした。


「マルコさん……」

「おぉい、ディーニョー。お前のギフトは誰も知らにぇギフトなんだろ?」


 俺は小さく頷いた。


「ならよぉー、諦めねぇーで試せよぉ」


 そう言って立ち上がったマルコさんは一人、千鳥足でフラフラと歩いて行ったのだった。


****


 その後、俺もフラフラになりながら何とか家まで戻ってきた。フリオに殴られた顔面がずきずきと痛む。


「くそっ。何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。だったらいっそのこと」


 酒の勢いとはこの事だったのだろう。ガチャになど手を出さずに堅実に生きるという自制心はどこかにお出かけをしてしまい、今日理不尽に殴られたことに対する怒りがふつふつとわいてきて抑えがきかなくなってしまったのだ。


 俺は頭の中で『ガチャ』の画面を開くように念じると、目の前に透明なスクリーンが出現した。


 そこには「ナビゲーターガチャ開催中」と表記がある。説明文を読む限り、どうやらこのガチャの使い方を案内していくれるナビゲーターを選ぶようなのだが、これもガチャで選ぶらしい。


 しかもガチャから輩出されるのは全員女の子で、人間だけでなくエルフや天使、女神、さらに悪魔っ娘やサキュバス、ケモ耳娘など選び放題だ。しかも、みんな俺好みの美女ぞろいで、しかも何と今オプションをオンにしておけば仲良くなった時に夜の相手までしてくれるらしい。


 むはっ! 素晴らしい!


 妄想だけで気分が良くなった俺は夜のオプションをオンにすると早速ガチャを引くボタンをタップしてガチャを引く。


 すると目の前のスクリーンが発光したかと思うと次の瞬間、ポンという音と共に目の前に小さな可愛い女の子が姿を現した。


 えーと、身長は 10 cm くらいだろうか? 緑色の髪に金色の瞳で背中に透明の羽が生えている。


 ああ、これはあれだ。妖精というやつだ。


「こんにちは。あたしはフラウだよっ。あなた、お名前は?」

「え? あ、ああ。ディーノだ」

「はーい。ディーノ、よろしくっ」


 フラウと名乗ったこの妖精は元気にそう言ったが、俺はあまりの事態に呆然自失してしまった。


 いや、落ち着け。これはチェンジだ。


 このサイズにこの幼女の外見はいくらなんでも無理だ。


 どうにかしてガチャを引き直せないだろうか?


 そう思ってスクリーンを確認したが、残念ながら表示は既に新しいものに切り替わってしまっている。


 だが俺はその画面を見て目を見開いた。


────

「初回限定! ☆5確定 1 枠 10 連冒険者ガチャ」開催中!


☆5提供内容:

【火属性魔法】【土属性魔法】【水属性魔法】【風属性魔法】【剣術】【体術】【弓術】【槍術】【杖術】【警戒】


[ガチャを引く]


保有チケット:0 枚


・提供割合

・提供元:アコギカンパニー

────

 注)提供割合と提供元は非常に小さな文字で書かれている


 すごい! こんなスキルがガチャで引ければ一気に成り上がれるんじゃないか?


 しかも☆5確定がある。よし、早速引いてみよう。


 そう思って[ガチャを引く]をタップしたが、「チケットが不足しています」とエラーメッセージが出て引くことができない。


「くそっ!」


 俺が思わず悪態をつく。


「あれれ? ディーノはどうしてガチャの使い方が分かるのー? まいっか。それじゃあ早速、そのお試しガチャを引いてみようよ。見事にあたしを引き当ててくれたディーノには、特別にガチャチケット 10 連分をプレゼントしてあげるね!」


 そう言ってフラウが俺のスクリーンに触るとガチャチケットの残高が 0 枚から 10 枚に増加した。


「おお、ありがとう! よし、これで引ける」


 俺はすぐさま[ガチャを引く]をタップした。するとすぐにスクリーンが切り替わる。


 どうやらガチャの演出がきちんと用意されているらしい。


「ディーノの初ガチャだねっ。ワクワクするね」


 全くその通りだ。このスクリーンの演出が始まるだけでもドキドキしてくる。


 そしてスクリーンの奥からフラウによく似た十人の妖精たちがあたかも「うんしょ、うんしょ」といった掛け声を出しているかのような表情で宝箱をぶら下げながら飛んできた。


 だがよく見ると抱えている宝箱の種類がそれぞれ違うようだ。


 先頭から順に木箱、木箱、木箱、木箱、銀の箱、銀の箱、木箱、木箱、木箱、金の箱だ。


 そしてまず先頭の妖精が大写しになり、スクリーンの真ん中に木箱を置いた。木箱を置いた場所は祭壇になっていて、妖精が何かのパワーを送っているようだ。


 すると次の瞬間、木箱がきらりと光ると銅の箱に変化した。


 おおっ! これはアツい!


 そして蓋が開くと中から袋が飛び出してきた。そこの説明書きにはこう書かれていた。


 『☆3 皮の袋』


 なるほど。理解した。要するに木箱が☆2、銅の箱が☆3、銀の箱が☆4、金の箱が☆5ということだろう。


 それから次の箱を妖精が置いたが今回は変化しなかった。そして中から出てきたアイテムはこれだ。


 『☆2 馬の糞』


「おいっ! こんなもん何に使うんだ!」

「んー? それは外れじゃないかなー」


 俺の隣でスクリーンを覗いていたフラウが事もなげにそう言った。


 なるほど。確かにスキルばかりが出るほど甘くはないってことか。


 そして次の箱は銅の箱に変化して出てきたのは『☆3 鉄の小鍋』、さらにその次の箱も銅の箱に変化してなんと『☆3 皮の鎧(上半身)』が出てきた。


 って、おい! これ、鎧の上下が別売りなのかよ! ひでぇ……。


 いや、それより次だ。次は銀の箱だから☆4が出てくるはずだ。そう思ってスクリーンを眺めていると、妖精が頑張って銀の箱を金の箱に変化させた。


「おおっ! これはもしや!」


 そして金の箱の中から出てきたのは何と『☆5 【体術】』だった。スクリーンからはファンファーレが鳴り響き、それに伴って俺のテンションは爆上がりしていく。酔っぱらっていることも相まってか俺の脳内には大量の脳汁が分泌されているのだ。


「よし! やった! やった!」


 俺が思わずそう叫んだ瞬間、スクリーンから淡い光が放たれると俺の体に吸い込まれた。その瞬間、体術など習ったことが無いはずなのにどうすれば良いのかが自然に浮かんできた。


 ああ、これがスキルを覚えたという感覚なのか。こういう感覚になれば確かにフリオが突然強くなったことも頷ける。


「すごーい! 大当たりだねー」


 フラウも俺のガチャ結果を喜んでくれているようだ。ガチャは他人が引いているのを見ているだけでも楽しいからな。


 そして次は銀の箱だ。さすがに今回は変化しなかったがその箱から出てきたのは『☆4 鉄の鎧(上半身)』だった。


 おい! 鎧の上半身ばっかりこんなにいらねーよ!


 となると皮の鎧はお蔵入りか?


 いや、でもそもそも鉄の鎧を着て動けるかもわからないし両方あっても良いのかもしれない。


 いやいや、その前に鎧の下半身がないとダメだろう。上だけ鎧を着ているとか、どう考えても変態だ。


 そこから続く三つの木箱は全て変化せず、『☆2 皮の紐』『☆2 枯れ葉』『☆2 ただの石ころ』だった。


 枯れ葉、多いな。いや、馬の糞が被るよりはマシか。


 さあ、最後は金の箱だ。金の箱からは☆5が出てくるのだ。


 金の箱を最後の妖精がドンと祭壇に置いた。この子はなにやらものすごいドヤ顔でこちらに向かってサムズアップしている。


 よしよし、可愛いやつだ。


 そしてファンファーレと共にその箱から出てきたのは『☆5 【剣術】』だった。


「よーし! いいぞ!」


 持っていないスキルを手に入れられて脳汁があふれまくった俺は一人きりの家の中で興奮して大声をあげてしまう。


「おー、ディーノ良かったねー。満足した?」

「ああ。最高の結果だった」


 こうして今世初のガチャの結果に満足した俺は満ち足りた気分で眠りについたのだった。


────

提供割合:

☆5:1.00%

☆4:4.00%

☆3:25.00%

☆2:70.00%


☆5提供内容(各 0.10%)

【火属性魔法】【土属性魔法】【水属性魔法】【風属性魔法】【剣術】【体術】【弓術】【槍術】【杖術】【警戒】


☆4提供内容(各 0.20%)

HP強化、MP強化、STR強化、VIT強化、AGI強化、MGC強化、MND強化、DEX強化、

ショートボウ、鉄の剣、鉄の鎧(上半身)、鉄の鎧(下半身)、鉄の盾、鉄の兜、鉄の槍、魔術師の杖、魔術師のローブ、魔術師の帽子、

治癒のポーション(低品質)、毒消しポーション(低品質)


☆3提供内容(各 1.25%)

銅の剣、石の矢×10、皮の鎧(上半身)、皮の鎧(下半身)、皮の盾、皮の帽子、皮のブーツ、旅人のマント、

薬草、虫よけ草、

鉄の小鍋、テント(小)、片刃のナイフ、皮の水筒、

木の食器セット、火打石、皮の袋、

鉄のスコップ、

干し肉、堅パン


☆2提供内容(各 7.00%)

薪、小さな布切れ、藁しべ、枯れ葉、腐った肉、皮の紐、糸、動物の骨、ただの石ころ、馬の糞

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