第3話 ガチャの妖精は天使か悪魔か

「ううっ。頭が痛い。それとなんだか臭いぞ……」


 俺がベッドの上で目を覚ますと、猛烈な頭痛と吐き気、そして謎の異臭が襲い掛かってきた。


 ええと? 昨日はどうしたんだっけ?


 たしか完工祝いで現場監督が俺たちを安酒場に連れて行ってくれて、ああ、そうだ。記憶が無くなるまで飲んだのか。


 という事は俺は二日酔いなのか。


 どうやら俺は随分と酒に弱いようだ。あまり飲みすぎないように気を付けないと危険だな。


 ん? この異臭は一体なんだ? 寝ゲロしたわけでも漏らしたわけでもなさそうだが……。


「あ、起きたのね。おはよー」


 ふいに女の声が聞こえてきたので俺は首をひねってそちらを見やると、そこにはなんと 10 cm くらいの小さな女の子の姿があった。


 そう、見慣れない妖精らしき女の子が俺の枕の上に座っているのだ。


 俺はあまりの事に思考がフリーズし、そのまままじまじとその妖精を見つめる。


「やん。そんなに見つめたら恥ずかしいっ。でもダーリン♡ 昨日は激しかったわね」

「???」


 ダー……リン……? 激しかった?


 待て! 待て待て! 昨日の俺は一体何をした?


 俺は慌てて自分の股間に手を当てるが特に変わった様子はない。


「やーん。覚えてないのぉー? ダーリンはぁ、昨日あたしに告白をしてぇ、一生あたしだけを愛してくれるからずっとそばにいて欲しいって熱烈にプロポーズしてくれたのよぉ?」


 な……いや、そんなはずは……。


「え? じゃあ昨日のプロポーズは嘘だったの? そんな……あたしもうお嫁にいけない!」


 彼女は両手で顔を覆うとさめざめと泣き出してしまった。


「あ、いや、そういうわけじゃ……」


 俺はしどろもどろになりながらもおぼろげな記憶を何とか呼び覚まそうとしてみる。


 ええと、たしか、そうだ。マルコさんと一緒に途中まで帰った、ような気がする。それで、フリオに絡まれた、よな?


 それで殴られて、家に帰ってきて……。


 よし、少しずつだが昨日の夜の事を思い出してきたぞ。

 

 俺は水を飲んでスッキリしようと思い、ベッドから出ようと上半身を起こしたところで床に転がっている異臭を放つ汚物の存在に気が付いた。


「あれは……馬の糞? ……あー! ガチャ!」


 ようやく記憶が繋がった。


 そうだ! 昨日、酒の勢いもあってフリオに絡まれて殴られた鬱憤うっぷんを晴らそうと絶対に手を出さないと決めていたガチャに手を出してしまったのだ。


「やっと思い出したのね。昨日はずいぶんと酔っぱらってたもんね。あたしの名前は覚えてる?」

「ええと、フラウ、だったよな?」

「そうだよっ」

「ちょっと待て。ダーリンとか昨日は激しかったとか何だ。俺は何もしてないはずだぞ?」

「あはは。ダーリンは面白そうだったからちょっとからかっただけだよっ。それと、激しかったのはガチャだよ? 何を想像したのかな?」


 そう言ってフラウはぺろりと自分の唇を舐めた。


「ぐっ」


 こいつ……妖精はいたずら好きとか、そういうアレか?


「とりあえずさ。その汚物を片付けてくれない? あたし、さっきから臭くて仕方ないの」


 そう言われて毒気の抜けた俺はひとまず床に転がる汚物を処分し、掃除をすると水を飲んでひと心地ついたのだった。


****


「いただきまーす!」


 フラウは小さな体で俺の作ったオートミールのミルクリゾットをパクパクと食べている。いくら俺が二日酔いで体調が悪いとはいえ、一体あの小さな体のどこにあれだけの量の食事が入るのだろうか?


「おかわりっ!」


 いやいやいや。今食った量で自分の体の半分くらいはあるよね?


「ねー、おかわりー!」

「あーはいはい」


 俺は鍋に残っていたオートミールをよそって差し出すとまたパクパクと食べ始めた。


「一体その小さい体のどこにそんな量の飯が入るんだ?」


 そんな疑問が思わず俺の口を突いて出たが、フラウはこてんと首を傾げる。


「んー、おなか?」


 まあ、それはそうなんだろうが……。


 それからしばらくしてフラウと俺は食事を終えた。


「あーお腹いっぱい。それじゃあ、ディーノ。あたしはナビゲーターのフラウだよっ。改めてよろしくねっ」

「あ、ああ。それで、ナビゲーターのフラウは何をしてくれるんだ?」

「『ガチャ』でわからないことがあったら答えられる範囲で質問に答えるよ。それとね。んーと、そうだ。お話ができるよ。あ、あとあたしがご機嫌だとサービスがあるかも?」

「サービスって?」

「ふふっ、ヒ・ミ・ツ♡」


 どうやら色っぽい仕草をしようとしたつもりなのだろうが、十三歳の性欲をもってしてもさすがにこれだけ小さな妖精相手には興奮はしない。


「わかった。じゃあ期待しないでおくよ」

「えー? いけずー」


 そう言って不満げな表情を浮かべつつもフラウはふわりと宙に浮かんだ。


「それじゃあ早速、ガチャについて説明するよ。ガチャはね。引くと色々なものがランダムで貰える素敵な遊びだよ。昨日は酔っぱらって引いていたから覚えていないかもしれないけど、スキルが貰えたりステータスが強化されたり、それに武器防具から何の役にも立たないものまで色々あるけど、何が出るかは引いてみてのお楽しみっ!」


 フラウが一人でババンという効果音が聞こえてきそうなキメポーズをすると、勝手に俺のガチャのスクリーンが目の前に現れた。


────

10 連で 1 回のオマケつき!「冒険者ガチャ」開催中!


☆5提供内容:

【火属性魔法】【土属性魔法】【水属性魔法】【風属性魔法】【剣術】【体術】【弓術】【槍術】【杖術】【警戒】


[ガチャを引く][10連ガチャを引く( 1 回オマケつき)]


保有チケット:0 枚[チケットを購入する]


・提供割合

・提供元:アコギカンパニー

────

注)提供割合と提供元は非常に小さな文字で書かれている


「今開催中のガチャはこの『冒険者ガチャ』だけね。冒険者になるために必要なスキルやアイテム、それにステータスアップまで入っているお得な詰め合わせセットだから、このガチャを引いていればディーノは冒険者になれるよ!」

「10 連で 11 連とかもやってるのか」

「オマケつきのガチャもあるし、そうじゃないのもあるよ。後は、期間限定でピックアップ有りのガチャもあるから期待していてね。ピックアップは確率がアップするから、欲しい時は一点狙いとかするときっと楽しいよ!」


 う、ピックアップ一点狙い……。


 ピックアップが出ずにずるずると何十万もぎ込んだ前世の苦い思い出が脳裏をよぎる。


「そ、それは追々考えるよ。それより、どうやってチケットを増やすんだ?」

「えっとね。お金で買えるよ。そこの[チケットを購入する]をタップしてみて」


 俺はフラウに言われたとおりにタップしてみると購入画面が開いた。


────

〇チケット購入


・冒険者ガチャチケット × 1 枚:300 マレ [購入する]

・冒険者ガチャチケット × 10 枚: 2,900 マレ [購入する]

・冒険者ガチャチケット × 100 枚: 27,000 マレ [購入する]


保有チケット:

 ・冒険者ガチャ:0 枚

────


 ちなみにこのマレというのはこの国の通貨の単位だ。この国はサンマーレ王国という名前なのできっとそこから取られているんだと思う。


 通貨の価値は物価が全く違うので日本と比べるのは難しいが、強引に比べるなら金貨一枚が 100 マレなので、 1 マレで 100 円くらいの価値になるだろう。


 ちなみに建設作業員の月収は大体 200 マレだ。


「おい、高すぎるだろ!」


 ガチャ一回 300 マレはいくら何でも暴利ではないだろうか?


「えー? そんなことないよぉ。だって、冒険者ガチャは☆5ならスキル、☆4でも鉄の装備にステータスアップ、あとポーションも入ってるよ? ディーノは昨日☆5を二つも引いたでしょ?」

「う……そういえば……」


 俺はガチャのスクリーンを閉じると念じて目の前に自分のステータスを開いた。ちなみにこの世界でステータスはギフトを授かった人間は全員開いて確認することができるが、このスクリーンは他人には見えないという特徴がある。


────

名前:ディーノ

種族:人族

性別:男性

職業:建設作業員

年齢:13

ギフト:ガチャ


ステータス:

HP:0/0

MP:0/0

STR:0

VIT体力:0

MGC魔力:0

MND精神力:0

AGI素早さ:0

DEX器用さ:0


スキル:

剣術:1

体術:1

────


 たしかに昨日脳汁を出しながら引いた【剣術】と【体術】のスキルが追加されている。これは昨日までは無かったものだ。


 ステータスは全てゼロな点に違和感があるかもしれないが、これはこれで正しい。ステータスというのは肉体の素の状態にプラスされるものなので、戦闘系のギフト持っていたり特別な訓練をしていない人は基本的に全てゼロだ。


 それぞれ説明していくと、HP は攻撃を受けた時にこれを消費してダメージを肩代わりしてくれるものだ。


 MP はスキルに付随して使える魔法やら技やらを発動する時に消費するものだ。0 になると魔法や技が発動できなくなる。


 STR は物理攻撃力、VIT は物理防御力、MGC は魔法の威力、MND は魔法に対する抵抗力、AGI はそのまま素早さに、DEX は命中率やら成功率やら影響すると言われている。


「あー、ディーノのステータスが全部ゼロだ! 修行をサボってたでしょ?」


 俺のステータスをのぞき見してきたフラウが茶々を入れてきた。


「ちょっと待て! 何で俺のステータスが見えてるんだ?」

「んー? だってナビゲーターだし?」


 さも当然、という表情をしてこてんと首をかしげている。


 はあ。どうやら聞くだけ野暮だったのかもしれない。


「俺は元々ガチャなんてせずに建設作業員として堅実に生きようと思っていたんだから仕方ないだろ?」

「えー? でも、これからガチャをいっぱい引いたらステータスも上げ放題だよ?」


 それは……。


 一瞬その甘い誘惑に屈しそうになるが俺はなんとか理性で踏み留まる。


「いやいや。こんな高いガチャを引く金なんてないから」


 そう、こんなに高いガチャを引いたら確実に俺は破産するのが目に見えている。


「えー? でも昨日は楽しかったでしょ? また神引きしたくないの?」

「う……」


 そう言われた瞬間、俺は昨日の興奮を思い出す。


 いや、ダメだ。ダメだダメだダメだ。


 前世はそれで破産したんだ。


 そう、今世こそはちゃんと真面目に、堅実に生きるんだ。


「しょうがないなぁ。それじゃあ、このフラウちゃんがミッションをあげよう」


 フラウはそういって平らな胸を張って、いかにもエッヘンと言わんばかりの表情になる。


「ミッション?」

「そう。ミッションというのはね。あたしの出したお題をクリアすることでいろんな報酬が貰えるの」


 そう言ってフラウは自分で自分に拍手を送った。


「おおー、すごい」


 とりあえず適当に合わせて返事をしてみたが、ミッションとは何だかますます普通のソシャゲみたいになってきたぞ。


「今回のミッションはこれだよっ」


 そう言ってフラウはスクリーンを出すと俺に見せてきた。


 ええと、なになに。『冒険初心者ミッション1:冒険者ギルドに登録しよう』だと?


 そしてクリア報酬は、冒険者ガチャチケット十枚!?


「ほら、これならタダだよ? それにまだまだミッションの追加もあるよ?」

「タダ……」


 そう、だな。タダ、なら良い、よな?


 別に損はしないし、冒険者登録だって誰でもできる。


 それにガチャチケットが十枚ということは 3,000 マレ、日本円に無理矢理換算すると 30 万円分の価値があるってことだよな?


 ゴクリ。


 俺は生唾を飲み込んだ。


 よ、よし、タダだ。タダなんだ。俺が金を払うわけじゃないんだから問題ない。


 問題ない、よな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る