2020/12/24 - 14:35
「……書き直しは10分でやってくれ」
「うええ……」
「変な声を出す暇あったら手を動かしてくれ」
「はぁい……」
辻村は不満げに頬を膨らませながらwordファイルと睨めっこをしていた。
Teamsで画面を共有する先は久留と法秤。対面にいながらにして画面共有をしているのは単に時間節約である。そして画面に映るは例の稟議書――すなわち辻村の今日のタスクだ。
14時半きっかりに戻ってきた久留に印刷した初稿を出すや否や、返す刀で赤ペンが入り乱れて舞い戻ってきた。A4両面になんとか納めた契約条件(重要な部分のみ)説明を書き記した稟議書の初稿は、要約すれば『冗長に過ぎる』と一蹴された。
赤ペンで書かれた要点に絞りながら書き直す。三十分かけて作ったものを、たった三分でほぼ全文修正されたのはいけ好かないが、指摘された内容はどれもがもっともだから苛立ちをぶつけるわけにもいかない。
(そこそこ稟議書は書いてきたつもりだったんだけどなぁ……)
――一文は二行に納めろ。
――本部長向けの稟議だから大綱を掴めるように書け。
――ビジネスに直結するリスクを把握できるようにピックアップしろ。
――法務の評価を入れ込め。二行で。
徹底的に叩き込まれた基礎が、いざとなったら使いこなせない。
体得できていないことの証左だ。
まだまだ未熟であることをこれでもかとばかりに痛感させられる。
「――、はい、その件ですが今日の17時までには修正案を提示できるようにしますので、もう少々お待ち願います。はい、では――」
稟議書一枚に四苦八苦している間に、久留は目の前で別件に着手していく。仕事の捌きっぷりが尋常ではない。辻村が一つの双六で一マス進むまでに、久留は六つの双六を六マス進める。
そして、
「そういや辻村、経理に連絡取ったか?」
「……あ」
「了解。俺のほうで連絡しとく。IT統括本部の担当は藍原さんだったか。世間話が始まると面倒だし、長電話にならないよう手短に済ませるか……ああ、あと、稟議書の”ほしょう”の漢字が間違ってるぞ。補うのほうじゃなくて保存のほうな」
「あ、すいませんっ、直しておきます!!」
「よろしく。――ああ、藍原さんですか。法務の久留です。すいません、こんな年末に。いま電話大丈夫ですか? はい、ええ。それではすみません、5分で。例のCloud Familiaの件なんですが――」
次の一歩へ踏み出すために背中を押してくれる。
そんな、八面六臂の大活躍をする久留を前にして、辻村は胸が押しつぶされそうになる。
「…………っ」
いつか自分もこんな風になれるのだろうか。
……否。
羨望のままではいけない。姿や背中は違えど、ならなければいけないのだ。
私は、私が描いた私らしく。
かつて描いたありたい自分でいるために。
そのためにいまは踏ん張って、自分らしさを強くしていかないと。
そんなことはわかっているはずなのに。
「……稟議書、できました」
予定よりほんの少しだけ早く仕上げた第二稿。出来映えは決して褒められたものではないけれど。
「……ん、大分良くなった。極上……じゃなくて、上出来だ」
「久留さん、またなんかアニメにはまってるんですか……」
「……まぁ、アニメじゃなくて小説なんだけど。ちょっとしたスパイものの作品をな」
「あー、最近やたら流行ってますもんねぇ。ジャンプでも連載してますし。というか、それ、恥ずかしいのでもうやめにしてくださいよ……。久留さんに褒められるとそれはそれで調子狂うので」
「なんだよ……珍しく評価したら要りませんって、あまのじゃくか」
「なぁっ……!? と、とにかくやめてください!! というか、早く稟議書を仕上げないと!!」
「……案ずるな、もう俺の手元で修正した」
「え、いつの間に……」
「これくらい朝飯前で出来なきゃいけねぇんだよ……、俺は主任だからな」
「…………」
どこかごちるような呟きを、辻村は聞こえなかったフリをして。
「修正、ありがとうございます」
「……おう。まだまだやることあんぞ。もう少しで嬉野も手が空くだろうから、相手先にこれで最終稿にするって連絡を入れてくれ。あと、電子サインの準備もな」
そうして叩きに叩かれた稟議書は法秤を通して堂田へと回覧されていくのであった。
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