第5話

 昨夜の出来事のせいで、腫れぼったくなった目の周りを化粧で誤魔化すのに苦心した。

 恐らく部長は今日、なんらかの辞令が出るのだろう。決定を聞いても泣かないで済むように、今から心の準備をしておかなければいけない。かと言ってまったく自信はないけど。

 せめて送別会くらい企画してみようか。いや、部内の皆んながいる前で失態を晒したくない。送別会なんてしたら、絶対に泣く自信はあるのだ。だから昨夜の事を送別会として心の整理をつけよう。

 昨日の帰宅後、私は押し入れを探ってなんとか “あのクッキー缶” を見つけた。中には私の細やかな幸せが眠っていた。『笑ってろ。幸せになれるから』の二つのお守りを持って行く事にした。良い歳をした女が笑けてくるけど、部長を笑って送り出せるように。

 準備に時間がかかり過ぎて、遅刻ギリギリだ。会社に着くと、皆んながざわついていた。何かあったのか聞いてみる。

「なんか緊急の株主総会が開かれるんだって」

「社外の大株主が来社されて緊急召集なんだとか」えっ!緊急株主総会?緊急召集?なんの事だろう。

 企画営業部の部屋は整理され、プロジェクターが降ろされた。

「えーっ、ただ今より緊急株主総会を開催いたします。ここに提出されました緊急動議についての決を取りたいと思います」進行役が挨拶を済ませると、画面は一人のおじいさんを写し出した。

「ワシはこの会社の大株主で三田さんだ 九郎くろうと申す者じゃ」何?おじいさん?

「先日の “くりすますふぇあぁ” の件で大層な機転を利かせた者を背任行為があったとして左遷させると言う話しを聞いた。会社の売り上げに大きく貢献した者を左遷させるとは、それこそが背任行為じゃ。のぅ、院坊いんぼう次長」取締役次長はあたふたしながら言い訳を始めた。

「私はですね、彼の案は中々良いものだと言ったんでありますよ。しかし他の者がどうかと言いましてですね。多数決と言いますかですね……」

「だまらっしゃい。ワシが何も知らんと思うとったら大間違いじゃ。ちゃんとワシの腹心を潜入させとるんじゃ。その者からちゃんと報告を受けとる」おじいさんの一言で次長はすっかり小さくなってしまった。

「赤石君。見とるか。この男は地方の直営店に飛ばして勉強させ直すから、君が代わりに次長になりなされ」おじいさんはにっこりと笑った。そして私たちの部屋は、赤石部長改め次長を称賛する満場の拍手が送られていた。

「それから名前は知らんがあの時のお嬢ちゃん。あんたは経営対策室室長になって、産休育休制度の骨子をまとめなさい」今度は私にも期待と称賛を込めた拍手が。

 あのね、これは後で知った事なんだけど、おじいさんは社外大株主とは名ばかりで、本当は前社長で現会長なんですって。会長はきっと会社の為に頑張ってきた私たちにプレゼントを贈ってくれるサンタさんなんだろうね。

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