第2話

 五月と言えば母の日。一応は私も母親だから、娘の莉奈の学校では、当然のように母の日参観が開催される。だけど莉奈には申し訳ないんだけど、私は嫌いだ。

 母の日は日曜日。だからなのか、これみ余暇よがしに夫婦揃って参加する家族も少なくない。そうなると、何故だか決まって莉奈も私も居心地が悪くなる。単身母シンマの宿命ってやつか。

 六月になれば、もっと最悪のイベントが。父の日参観だ。これはもはや、私が足を踏み入れて良い場所などではない。そんな事で、私は莉奈を幸せに出来ているんだろうか。自己嫌悪に陥る。

 帰宅すると、莉奈は嬉しそうにその日の出来事を話してくれた。

「忠一君のね、お父さんがとってもカッコ良かったんだよ」仲の良い男の子の父親の事をあれこれ身振り手振りで話した。聞いていると、なんだか自分の子供の頃を思い出す。

 忠義君はどんな大人になってるのかな。どんな仕事をしてるんだろう。缶ビールを飲みながらノスタルジックにふけってしまった。

 月日は流れて十月。運動会の季節だ。正直なところ心配だ。だって私は運動音痴。別離わかれた旦那も決して得意だったとは言えない。運動音痴ウンチにとってのスポーツイベントは針のむしろ以外の何ものでもない。

 ところがどっこい!誰に似たのだか、莉奈は素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。いや、決して親バカなどではない。

 ダンスでは前列センターの位置で華麗に舞って見せた。騎馬戦では騎手役で最期まで残り、帽子を三つも取った。そしてリレーでは、アンカーとして二人を抜き去り、トップでテープを切ったのだ。

 午前の部が終わり、私はお腹いっぱい、胸いっぱいで、せっかく早起きして作ったお弁当も、ろくに喉を通らなかった。

 午後の部は、莉奈たち六年生の出番は少なく、低学年のお遊戯や可愛らしいダンスの後、父兄参加のリレーを挟んで、トリで組体操があるだけだ。お弁当の時間に莉奈に聞いたのだが、どうやら最期のピラミッドの頂点に立つらしい。なんだかウズウズしてきた。

 短い手足を必死に振り回したり、小さな身体をピョンピョン飛び跳ねさせて一所懸命に演技をする低学年の子供たち。莉奈も数年前はあんなだったなぁ。心が癒やされると共に、なんだか泣けてきた。

 そして私には無関係の父兄リレーが始まった。と思ってたのに。

 父兄リレーは、どうやら学年関係なしの、偶数組と奇数組に分かれての対抗戦らしい。一応は莉奈は二組なので、私としては偶数組を応援するしかなかろう。まぁ、横浜出身だからベイスターズを応援しておこう的なとこだけど。

 リレーは思いの外白熱した。放送部の子供たちの実況もそれを後押ししただろうが、実際に、勝敗が最後まで分からないところまできた時、アンカーの一つ前の、偶数組の走者が、第四コーナーで滑って転けてしまった。

 会場全体が諦めムードのため息に包まれた時、なんとかアンカーにバトンを渡した転けたランナーだったが、そのアンカーの走者が、前を行く奇数組のアンカーに差し迫り、見事に第四コーナーで抜き去り、ゴールテープを切ったのだ。

 そんな勇姿は私の中の記憶では、忠義君しかいなかった。だけどそれを今、演じているのは、私の知る人物。赤石部長だった。

 会場は子供たちの演目を忘れたように、興奮に包まれた。分かる。分かりますとも。そうなってしまうのは。

 子供の頃って、私たち女子の間で噂になったり人気になるのって、スポーツに秀でた男子なんですよね。だけど大人になると、なればなるほど、意識するのは経済力のある男性。そんなの自然の摂理って言うか、当たり前ですよね。

 だけどふと、同窓会とか、こう言った子供に関するイベントが行われると、不意に子供心に引き戻されて、昔の記憶と共に、若い熱狂が顔を覗かせる。そんな事だよね。

 だけど今の私にとっては違う。目の前のヒーローは私が慕っている人なのだから。熱狂でもなんでもない。

 私は今日のヒーロー、赤石部長に近付こうと試みた。だけど周りの熱狂の渦に弾かれて、近付く事は許されず、更に次のクライマックスの始まりを告げるアナウンスが流れ、私は踵を返してビデオカメラ片手に撮影スポットへと向かった。

 撮影スポットはとりわけベストポジションだった訳ではないが、流石に我が娘が十人もの同級生の上で、大の字に立つ姿は、誇らしい以外の何者でもなく、画面もなまの姿も、にじんで見えなかった。

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