クリスマスに奇跡なんて起きない

岡上 山羊

第1話

 クリスマス。わざわざ十二月のせわしない時期に、偉人だか何だか知らないけど、外国人の誕生日を祝う日。それで幸せを感じられるというのだから、人々のなんと楽観的な事か。

 私はクリスマスなんて大っ嫌い。どこの誰だか知らない偉人と同じ誕生日に生まれたばかりに、プレゼントをもらうはずの日が、何故だかプレゼントを交換する日に変わる。本当になんて日だ!って言いたくなる。

 私の両親は、私が小学四年生の時に離婚した。別れた日はクリスマスの十日前。だからその年のクリスマスは、当然のように、家族で幸せに迎えるはずだった予定が、引き取られた母親の嗚咽おえつを聞く事で終えた。

 かく言う私も、ちょうど一年前に離婚したのだけれど、皮肉なもので、両親の離婚記念日と同じ日に別れた。私は小学四年生の娘の前では嗚咽を漏らさなかったけれど。

 そんな訳で、私にクリスマスの良い思い出はない。って言いたいんだけど、一つだけ薄っすらとした幸せな思い出がある。それは両親が離婚して、転校を余儀なくされた私に、二学期の終わり、クリスマスイブに、クラスメイトの忠義ただよし君に、河原に呼び出された。

 忠義君はお別れの記念に、その河原で見つけた赤い石と緑がかった石をくれた。

『なんかクリスマスカラーみたいだろ?お前……笑ってろ。そしたら幸せになれるから。元気でいろよ』そう言って不思議な色の石をくれた。

 私の事に誰も関心を示してくれなかった中、唯一そうやって気に掛けてくれた忠義君の気持ちが嬉しくて、昔から大切な物を入れているクッキーの缶の中に入れていた。

 でもそんな事は、すっかり忘れていた。子供の頃の思い出なんてそんなものだし、大人になって、そんな綺麗事は通用しない現実に晒され、いつの間にか人々はそうやって純粋な心を無くしていくのに違いない。


 私の現在の仕事は、大手スーパーの企画開発営業。聞こえは良いが、所謂いわゆる何でも屋。お客様を呼び込む為の色んな仕掛けを考える仕掛け人だ。企画開発は前職でしていたのだけれど、わざわざスーパーと言うジャンルを選んだのには理由がある。

 スーパーと言う場所は、一年三百六十五日、常に仕事に追われる。仕事に追われる事で、娘には悪いのだけれど、嫌な事を忘れて仕事に没頭出来る。そんなだから私にとっての仕事というものは、生きる為の手段というよりは、現実逃避の為の道具なのかもしれない。

 そんな職場には気になる存在がいる。同じ部の赤石部長だ。年の頃は、分からないけど多分、私と同年代。中途採用の私を気に掛けてくれて、私が初めて提案した企画をプッシュしてくれ、補填案まで出して通してくれた。お陰で私は職場での居場所ができ、仕事に没頭出来るようになった。

 赤石部長はどこか忠義君に似ている。優しい時に、わざとツッケンドンにするところとか、周りの空気を読んで、人がしたがらないような事を率先してするところとか。またに横顔が忠義君に見える時があるけど、やっぱり別人だよね。

 だって忠義君の名字は黒沢だし、赤石部長の名前は誠司だ。男の人だって名字が変わる事はあるかもしれないけど、姓名共に変わる事はないだろうから、やっぱり別人だろう。

 大体、仮に忠義君だとしたら、離婚して旧姓に戻った私の事に気付かないはずがない。なんて自意識過剰かな。

 そんな事言ってるけど、実は赤石部長がシングルなのかは知らない。知りたいかどうかで言ったら知りたいんだけど、そんな勇気はない。こっそりと左手の薬指を見てみたけど、光る物はなかった。だけど結婚指輪をしていない男性なんて珍しくもなんともない。だから真相は分からないままだ。

 もし聞いたとして、なんでそんな事聞くの?何目的?ってなったら困るし、そもそも妻帯者の可能性の方が高い。そうなると望みも何もなくなっちゃう。だから妄想の中で、はたから見てるだけ。それだけで良い。

 でも不思議だよね。そんな人間にこそ、知りたくない情報は耳に入って来るものだ。他の部下との赤石部長のやり取り。

『部長。息子さんの忠一ただかず君に上げるクリスマスプレゼントは決まりましたか』

『いや、難しいよなぁ。普段は余り会話もないし、何に興味があるのかも知らないんだよ。白木さんトコはどうなの?』

 そうだよね。奥さんも子供もいて当たり前だ。カッコ良いもん、部長。誰にだって優しいし、仕事だって出来るし、女が放っとくはずがない。私は莉奈りなささやかなパーティを開く。それだけで幸せなんだ。

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