第3話

 時は十二月。世の中はいよいよクリスマス商戦に突入した。もちろんウチの会社だって、それを勝ち抜く為に、ありとあらゆる情報を仕入れて、ユーザーのニーズに応えて、売り上げを伸ばす為の労苦を惜しもうとはしない。私の理想型だ。

 だって嫌いなクリスマスを、下手なプライベートで埋める事を考える必要がなくなるから。

 企画会議は白熱したものの、結局はメイン商品として、ローストチキンにするのか、フライドチキンにするのかの、傍またピザにするのかの三択が議題の争いに。正直、辟易した。

 だって想像して欲しいんだけど、チキンが食べたいなら、某有名ファストフード店があるし、ピザに至っては、選択肢なんて無数にある。スーパーの売りはお手頃感とコストパフォーマンスだけ。議題の論点がズレているようにしか感じられなかった。

 私は意を決して発言した。

「論点をどれにするのかではなく、少しスライドして考えてみませんか。例えばこんなご時世ですし、お一人様向け商品を出すとか、少人数用の商品を用意するとか、目線を変えればいくらでも案はあると思うんですが」この私の発言に、異を唱える人物が。

 最近になって就任した、企画開発営業部付け取締役次長とやらが、若いお嬢ちゃんの貴重な意見はそれとしてマーケティング的にはどうなのかね、なんてまるで闘牛士マタドールが闘牛の戦意を削ぐような旗遣い。

 それに同調した太鼓持ちたちの発言で、私の意見はなかったものになった。組織なんてそんなもの。ピラミッドの頂点だけで物事を決めるんだったら、それを支える底辺なんていらないじゃん。何の為の組織なんだろう。

「売り上げを上げる前に、目の前のお客様の事を考えませんか。眼前の利益を追う者に真の利益は生まれません」イキりたって赤石部長が発言した。しかし赤石部長の発言さえもいなされ、責任は取れるのか、と問われた。

 だけど赤石部長は毅然とした態度で、私のクビを掛けます、なんて凄んで言った。でも執行部連中は、その決意ある発言を鼻で笑い、君のクビなんかで責任が取れるなんておこがましいよ、と一蹴した。

 結局はローストチキン押しで行こうと結論は出て、会議は閉じられた。

「なぁ緑川。気にするな。結果はお客様が出す。俺はそう思ってるから」そう言いながら先を行く赤石部長の肩は、小刻みに震えていた。余程悔しかったんだろう。私も悔しい。

 実は運動会の後、私は怖くて赤石部長の大活躍について話す事も聞く事も出来なかった。やっぱお子さんがあの学校に通っているのだろうか。それとも他人の空似だったのかなぁ。

 クリスマス商戦が始まって、執行部が出した答えは “凶” と出た。そもそもが外出を自粛して、友人知人たちとの交流を避けようとする世の中にあって、ローストチキンやフライドポテトなどを盛り込んだセットを、積極的に買おうなどとする人がいるはずがない。食品ロスを減らす傾向にもあるご時世にあって、そんなに沢山のご馳走を盛り込んだところで、購買意欲は減退するだけだ。

 事実、私が莉奈とパーティーをするとして、最低でも三人前のパーティーセットが売っていても、買う気になんてとてもならない。一つづつ食べたローストチキンを食べ終えて、残った一つをどうするのだ。関西の人たちが良く言う、"遠慮の塊" っていう奴が出来上がるだけだ。

 そうして、後から考えると運命のクリスマスセールがやってきた。

 本部に一本の電話が。とある店舗でお客様のクレームに困り果てて連絡が入った。生憎あいにく、赤石部長は不在で、私が一人で行く事に。店舗に着いた私さえも絶句してしまった。何故ならお客様がおっしゃる事が、私たちが考える正論だったからだ。

「私はね、一人暮らしをしとる独居老人だよ。そんなジジィはクリスマスを楽しむなという事かね。チキンが食べたくても、ピザが食べたくても、我慢しろと君たちは言うんだね」店員たちはただただ平謝りをするしかない状況にあった。

「申し訳ございません。私どもの不手際で、お客様に不愉快な想いをさせてしまっています。気にいらなければ、他のお店に……」私が平身低頭に頭まで下げて謝っている時、後ろから気配がした。

「お客様。申し訳ございませんでした。私は責任者です。お客様のご要望通りに、一人前でご希望のお料理をお詰めさせていただきます」私の右後ろには、私同様に平身低頭に謝罪する赤石部長がいた。

「ふっ、中々話しの分かる人間がいるじゃないか、この店には。じゃあローストチキンを一本とピザを一切れいただこうか」初老のお客様はニッコリと笑って言った。

 赤石部長は店長に耳打ちした後、両手でメガホンを作って叫んだ。

「ただ今よりクリスマス料理のバイキングフェスティバルを行ないます。レジにて三品以上で三パーセント引き、五品以上で五パーセント引きします。こぞってお買い求め下さい」赤石部長の呼びかけにより、惣菜売り場には、一気に人混みが出来た。

「おい、緑川。エリアマネージャーに連絡しろ。今、俺が言った事を、各店舗に通達するんだ」仕事だ。仕事が始まった。私が望んでいた、没頭出来る仕事。お客様に喜んでいただける仕事。

 私は張り切ってエリアマネージャーたちに通達の電話をしていった。そして私の考えは見事に的中して、結果を残した。

 その結果は執行部連中にとったら気にいらないものだったんだろう。赤石部長は翌日、執行部に呼び出されたのだ。

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