お題:ヒロインとの遭遇
銃を人に向けるのは初めてだ。あれが人だとしたらの話だが。
「こういうことがあるので外出自粛とかさせてたんですけど、意外といるものですね」
「動くな」
そいつがそこに立っていることには、なにもおかしなことはない。
駅前の、ちょっとした公園と呼べる規模の広場。休憩するのにちょうどいいベンチがあって、よくわからない現代アート風のオブジェもあり、俺もたまに待ち合わせで利用することもある。
だから、そこに女子高生が立っていることにはなにもおかしなところはない。
ただ。
「生存者がいることを喜ばしく思います。この気持ちを表すため抱擁でもさせていただけたらと思ったのですが」
「動くなっつってんだろうが!」
ぴちゃり、ぴちゃりと足音をたててそいつが歩いてくる。
ただおかしいのは、立っているのはその女だけだということだ。
「すみません。えっと……足音が不快だったのでしょうか?」
女子高生――で、間違いないはずだ。記憶を辿る。紺のブレザー、ベージュのベスト、カッターシャツ、赤のリボンタイ。たしかこのあたりの××高校、あの制服だ。何度か補導したこともある。
だからといって、あれが本物の女子高生だとは思えない。ただ、擬態が完璧だというだけだ。俺はそう直感している。荒唐無稽な発想だが、今ならば自然と受け入れられた。
荒唐無稽な出来事は、すでに起こってしまったのだから。
「それ……えっと……。あ、思い出しました。たしか火薬で――火薬でしたっけ? なにか飛び出してくるんですよね」
銃を構える手が痺れてきた。汗で滑りそうだ。そして酷く頼りない。
こんなものを構える意味などまるでないと気づいているはずなのに、今の俺にはこんなものに頼るほかない。
「なんだ、お前は……」
頭に花の生えた牛。俺の貧弱な語彙力ではこのレベルが限界だが、きっと生物学の教授だって首を180度捻って折るに違いない。脚だって六本生えてる。しかも肉食だ。特に好物は人間らしい。
そんな怪物の死体が倒れて、その口からゲロのように吐き出されているのは人間の一部だ。肉片が引き千切られて現代アートのオブジェに組み込まれたやつもいる。鼻をつく鉄のにおいに吐きそうになる。駅前にごった返していた人々は全員がそうなった。駆けつけた警察も、俺を残してそうなった。
怪物をそうしたのは、その女だ。
「私ですか? えーっと、確か身分証明になるものが……鞄の中だったかな」
「そうじゃない」
闇のように深い髪を風に靡かせ、張り付いたように絶えぬ微笑みは、俺の心臓を握り潰そうというばかりだった。こんな悲惨な光景の中でも、その女は美しかった。
脊椎を痺れさせるほどに、美しかったのだ。
「お前は、人間なのか……?」
「え。人間ですよ人間! あれ、もしかしてどこか間違えてます? ちゃんと人間の格好できてると思うんですけど」
わずかに降り始めた雪は、まだ生温い血だまりに解けて消えていく。
「あ、すみません。お食事に来ていただいたようなので、ちょっと動きますね」
「……なに」
影が落ちた。
もとよりどんより曇り空だったというのに、より厚い雲が陽を遮ったのかと、そう思った。本当は真相を知っているくせに、そう思いたかったのだ。
「ぁ……」
もはや声も出ない。
人々を食い散らかしていた怪物の親とでもいうべき、アフリカゾウほどのサイズの怪物が背後にいた。見上げたところで顎の裏しか見えない。
七本足の怪物である。
「では」
目を離した一瞬、女は背骨から縦に割れた。そして裏返っていく。
みるみるうちに体積を肥大化させ、巨大な肉の塊へと変質していく。
イソギンチャクが大急ぎで触手を伸ばして増殖していくように。
そしてそのまま、まるごと「アフリカゾウ」を喰らってしまった。
「このような事態になってしまったのも、私の受肉が遅れてしまったことに原因があります。よって、速やかな出動のためできれば
人の姿に戻って、女は話を続けていた。
俺は銃を下ろしていた。というより落としていた。こんな豆鉄砲になにができる。
「というわけで、生存者であるあなたにお願いがあります。えっと、そうですね。親子あたりが適正でしょうか。これからよろしくお願いしますね、お父様」
「……俺はまだそんな歳じゃない」
憎まれ口を返したのは、事態を理解する思考能力が失われていたため、単語を拾って反射的に言葉が出たに過ぎない。
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