お題:現代舞台の怪奇小説

【探しています】

追川みなみ 16歳

身長154cm ××高校一年生


令和×年×月×日より消息が途絶えています。

下校中に失踪しているため服装はおそらく制服姿だと思われます。

鞄にはアイドルグループ××の缶バッチを複数つけていました。


連絡先

×××-×××-××××

××町×丁目×番地×号 追川泰恵まで


または最寄りの警察署までご連絡ください。


 ***


「追川泰恵さん、ですね。このポスターについてお伺いしたいのですが」


 黒スーツに身を包んだ調査官の女性は追川さんの自宅を訪ねた。

 応対した追川さんは、四十~五十台ほどの中年女性だった。


「えっと……」

「警察です」


 調査官は警察手帳を提示した。

 これは決して偽造ではない。彼女には警察官としての身分と権限が与えられている。

 ただ、警察庁には属していないというだけである。


「失礼しました。ああ、まだ残っていたのですか……」

「他にも込み入った話がありまして……お宅に上がってもよろしいでしょうか」

「ええ。どうぞ」


 調査官は玄関で靴を揃え、居間に通された。

 六畳ほどの和室で、中央には炬燵があり、その上にはみかん。テレビがあり、棚がある。床には今日の朝刊が転がっていた。特に変哲のない民家である。


「それで、なにかわかったのでしょうか。実害はないとはいえ、不気味で……」

「追川さんは一人暮らしなのですか?」


 調査官は追川さんに答えるではなく、一方的に質問を浴びせた。


「ええ。夫にはずいぶん前に先立たれてしまいまして」

「なるほど。女手一つで、というわけですね」

「あの……」


 他愛のない世間話めいた言葉に、追川さんは不愉快そうに眉をしかめた。


「冗談でもやめていただけませんか。その、まるで私に……一人娘がいたかのような言動は」


 尋ね人。追川みなみ。

 ポスターから得られる情報を見るかぎり、彼女は追川泰恵の娘なのだろう。

 だが、事実は異なる。追川さんは彼女のことを知らない。にもかかわらず、そのようなポスターが町の至る所に貼られている。

 それだけなら質の悪い悪戯で済むだろう。異質なのは、このポスターが明らかに警察署の認可を受けているということだ。捜索願いが受理された形跡すらある。


「失礼しました。ただ……本当にそうなのか、と思いまして」

「やめてください。私が嘘をついていると? なんの意味があるんですか」

「いえ。この件はあなたが嘘をついているというだけでは説明がつかない。あなた以外にも、捜索願いを受理したはずの警察も、近所の住民も、××高校も――誰一人、彼女のことを知らないのですから」

「では、なんだというんですか」

「ありますよね。アルバム。あるいは……部屋があるんじゃないですか」


 追川さんの表情が変わった。

 後ろめたさと、わずかな希望と、複雑に配合された微妙な表情だった。


「あります。あるんです。なぜか……! わ、私は……なにも知らないのに……!」


 感極まり、涙ぐみながら追川さんは調査官を二階へと案内した。

 その部屋は、中年女性の一人暮らしには決して必要のない部屋。追川さんが一人暮らしと聞いても「ああ、娘のいた部屋をそのままにしてるのだな」と納得するほかない部屋だ。

 小学校のことから使っているであろう勉強机と、その上に積み重ねられ、あるいは棚に並んだ教科書。可愛らしいぬいぐるみの数々。好きだったのだろうと思われるアイドルグループのポスター。ベッドの上に散らかった漫画。制服と私服の混在するクローゼット。コンセントに刺さったままのスマホの充電器。

 女子高生の部屋というほかなかった。

 どれもが、追川みなみという女子高生がそこにいたことを示している。


「はじめは……私の頭がおかしくなったのだと思いました。自分でも気づかないうちに、頭をぶつけて、記憶喪失にでもなったのかと……。不安に駆られ、近所の友達に話をしました。さりげなく、“みなみ”という名前を出して……。それから親戚に電話をかけました。××高校にも連絡しました。町中に貼られていたポスターで、さらに不安は大きくなりました。ですが、いないんです。追川みなみなんていう子は。誰の記憶にも。私にも。こんなに実在感があるのに、いないんです。こんな悪戯が、本当にあるっていうんですか」


 追川さんは泣き崩れた。

 娘を失った悲しみからではない。あるはずのないが日常を浸蝕する恐怖のためだ。彼女にとって、「追川みなみ」はどこにも存在しないはずの女子高生だからだ。

 それからアルバムも見せてもらった。

 追川さんとその娘。仲の良い親子。そうとしか解釈できない写真がいくつも並んでいる。

 古いものでは産まれたばかりの赤子の写真。七五三。小学校の入学と卒業。中学校の入学と卒業。巨大なパフェを二人で突いている写真。テーマパークで着ぐるみと共に撮った写真。二人は笑い、ピースポーズをとっている。美しい思い出に見える光景に、追川さんは一切覚えがない。


「ありがとうございました。おつらいでしょうが、よく話していただけました。今後とも調査は続けさせていただきます。なにかわかればご連絡いたします」


 どちらにせよあり得ない話だ。

 この事件には二通りの解釈が存在するが、それゆえにどちらかであるかを特定することはできない。


①追川みなみは実在したが、すべての人からその記憶が抜けている。

②追川みなみは存在せず、突如として存在していた痕跡だけが現れた。




 


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