物置

饗庭淵

お題:架空の三話(架空の長編で世界観や設定の説明が粗方おわったタイミングに出すようなエピソード)

「状況が読めない。なぜこの星に生命がいる?」


 沼田はSekiに通信し、状況を確認する。


「やはり上空からは見えないのか?」

「はい。静止軌道上からは観測できません。ご覧になりますか?」

「頼む」


 映像を繋ぎ、サブモニターとして網膜上に映し出す。解像度は鮮明だ。沼田自身の姿がハッキリと映っている。だが。


「なぜこいつは映らない?」


 指すのは、後ろからついてくる現地の少女だ。

 外見は沼田と同じ人類種に見える。言語基幹が異なるためコミュニケーションはとれていないが、音声による言語らしきものをすでに確認している。データベースが蓄積されれば解析して翻訳もいずれ可能にはなるだろう。


「……幽霊なのか?」

「いえ。どちらかといえば、こちらのモニターが不調を来していると考える方がまだ合理的です。マスターの感覚器官をモニターしても、すべての数値が整合し彼女の実在を表しています」

「上空からでは生命の存在を捉えられない……。つまり、あれも見えてないんだな?」


 目の前に立ち塞がったのも、おそらく生命と呼べる存在だ。

 先に斃した仮称“炎の魔神”と同じく、全身が炎に覆われている。なぜその状態で生きていられるのかは彼の常識では理解できない。焼死しかけている、のではなく、どうやらそういう生命であるらしい。


「敵意、があるよな。あれは。あまり現地生命に危害は加えたくないんだが」

「サンプルが必要です。どのような接触形態であれ、調査を継続してください」

「一応、友好的と思われる現地民は確保できてる。敵対的現地民とも交流を深めるべきか」


 沼田は銃の段階制御をレベル3に切り替えた。

 仮称“炎の魔神”はレベル4で対処したが、サイズが二回りほど小さかったためレベル3が適正だと考えたのだ。それに、数も多い。


(さしずめ、魔神の“眷属”といったところか)


 五体。それぞれが大型の肉食獣に見える。四足であるにもかかわらず目線の高さが一致するほどのサイズだ。極めて獰猛で、攻撃的に見える。

 とはいえ、それは印象に過ぎない。未開文明の接触マニュアルを思い出しながら、沼田は一応、友好的に話しかけた。


「あー、こんにちわ? 言葉が通じないのに話しかけても意味はなさそうだが、“話しかけてる”ってことが伝わればいいか。そうだな、俺は遠くから来た。どのくらい遠くかっていうと、すっごい遠くて、具体的には系外から――」

「グルァァァァ!!」


 返ってきたのは唸り声だ。言葉は通じなくてもさすがにわかる。

 やはり、これは敵意だ。


(すぐには襲ってこないのは……様子を見ている? 仮に嗅覚とかで判断してるとして、俺は確実に未知の存在だろうからな)


 ただ、そうではないことがわかった。

 沼田は後頭部のカメラで「増援」の接近を捉えた。


「挟み撃ちにするつもりだったのか! なるほど、思ったより知能がある」


 そして、慎重だ。

 沼田はサイズとして明らかに小さいうえ、数ですら優位をとれているのに、さらに挟み撃ちという万全まで尽くす。油断していれば高価な機体を損傷するリスクもありうると沼田は危機意識レベルを上げた。


「マスター。サイズで判断するのは我々の常識です。この星の重力と敵性生物の推定重量から計算して、自重を支えられるだけの身体構造を想定できません」

「つまりデカいやつは強いってことじゃないのか?」

「いいえ。上空から生命が検出できないのと同様に、この星には未知の物理現象が存在します。敵性生物がマスターに対し慎重である様子から推定しても、サイズや数がすなわち優位にならない環境である可能性があります」

「なるほど?」


 沼田の脳はSekiのAIからは独立している。それでも、いわんとすることはわかる。

 仮称“炎の魔神”にはレベル4で対処できた。いま敵対している存在を沼田は“眷属”と格下であると判断したが、その予断は危ういと言いたいのだろう。

 ただ、やることは変わらない。

 結局のところ、撃ってみなければわからないのだから。


「さて」


 レベル3は「対物」想定の出力だ。サイズだけで判断すれば十分すぎる威力のはずである。

 敵性存在へのロックオンはすでに済んでいる。あとはトリガーを引くだけだ。


「まずは一体」


 結果は想定通りだった。“眷属”は粉々に弾け飛ぶ。

 沼田は、それに対して「仲間」がどう反応するのかを確認した。驚愕。動揺。恐怖。おそらくはそんなところだ。


「Seki。もういいか?」

「はい。やはり彼らは生命なのでしょう。我々の定義からも逸脱しない程度にはその兆候を示しています」

「交流の取っ掛かりは見えそうだな。“死ぬのはいや”ってのがわかれば、そっからでも」


 先ほどからついてきている少女――なにか言葉を発しているが、依然として理解はできない――も、様子から判断するに「庇護」を求めていた。そして敵性存在に対して「恐怖」らしき反応も見えた。つまり、ここで敵性存在を全滅させれば友好度は高まるだろう。今後のコミュニケーションも円滑になるはずだ。


「段階制御レベルを2に下げる。死体を残して解剖したい」

「はい。問題はないでしょう」


 前方に残り四体。後方から三体。

 全滅させるのに要した時間は六秒だった。


「……レベル2だと、急所をちゃんと撃たないと死なないか。頭部が急所に当たるというのも我々の常識とも一致するな」

「むしろ相違点は“炎に包まれている”という一点だけのように思えます」

「その一点が大きいが……死ねば炎も消えるか」


 沼田は死体の一つに接近し、腰を下ろした。


「死んでいる、よな」

「そのようです。あらゆる生命活動が確認できません。体温は低下し、外気と均衡状態へ推移し始めています」


 レーザーナイフを起動。皮膚を切り裂く。血と肉が赤く覗いた。


「そういえば、これはもう死体だから生命ではないはずだよな。やはり上空からは見えないか」

「はい。“生きているかどうか”より、構成物質の問題なのかもしれません」

「サンプルを採取してあとで送ろう」


 と、沼田は裾を少女に引っ張られる。

 そういえば、現地民にとってこの光景――敵の死体を解剖している様子はどう見えているのだろう。死体をいたぶる残虐な行為に見えていたのなら問題がある。それはそれで現地民の文化を推定する材料にはなるのだが。


「ん? 手?」


 少女がこちらに手を差し出していた。

 沼田の常識で判断すれば、それは握手を求める仕草に似ていた。予断はできないが、「おそらくそうだ」と考えて応対するしかない。想定外の事態はすでに起きている。このギャップを早く埋める必要がある。


「おう、よろしく。とはいっても言葉は通じないだろうけど」

「もう通じるよ。いや~、まさかとは思ったんだけど、あなたって……人間じゃない?」

「は?」


 またしても未知の現象が発生した。通じなかったはずの言葉が通じている。


「……どういうことだ?」

「ごめんね。勝手に魔術をかけるのも悪いかなって思ったけど……。これは〈擬人化〉――私の固有魔術。あなたを人に見立てたの。だから話せるようになったんだよ」







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