クリスマスに何も予定が無いからサンタになる

常世田健人

クリスマスに何も予定が無いからサンタになる

 十二月二十四日と十二月二十五日に何も予定がない。

 世間はそんな人物のことを『クリぼっち』とポップに称しているが、実際にこの状態に居る人物にとっては蔑称でしかなかった。

 御年二十六歳の俺は、今年もクリぼっちだった。

 社会人になって四年目というところもあり友人の中には結婚までたどり着いている面々も居る。

 けれども、俺は、クリぼっち。

「どういうことなんだ……」

 十二月二十五日の朝――起きた後の第一声がこれだった。

 どうにもこうにもならない。平日故仕事があればまだよかったのだが、良くも悪くもこの日が有休奨励日となっていたため休まざるを得なかった。

 結果、十二月二十五日に何も予定が無い独り身男性の完成である。

 サンタは気楽で良いよなと思う。

 クリスマスの日に絶対に仕事があるから、独り身で寂しいなんて感情が沸き上がらないだろう。

 一人暮らしの枕元には、当然、サンタからのプレゼントなんてあるはずがない。

「やるせねえな」

 枕元を見ながら、一人、ぽつりとつぶやく。

 本当に何も予定が無かった。

 何をするにも気力がわかないというところが正しいかもしれない。

 枕元をじっと眺めながら――気が狂いそうになりながら――唐突にこんなことを思い立った。

「サンタが来ないなら、サンタになれば良いじゃないか」

 思い立ったがクリスマス、プレゼント配りは急げ。

 ということで、寝間着のままド●キに向かった。

 流石ド●キ、サンタのコスプレ衣装がそろっている。

 ド●キで色々購入をした後、一度家に帰りコスプレ衣装に着替えた。ド●キで買いまくったプレゼントは大きな白い袋に全て積み込んだ。トナカイが居ればと思ったが、残念ながらド●キで売っていなかったため、単身で街へと繰り出した。

 午前中ではあるものの街にはカップルや家族連れがはびこっていた。

 道行く人たちが俺を二度見していく。

 ふと目が合ったカップルに走り寄っていき、プレゼントを渡そうとする。

「サンタです! プレゼント、何が欲しいですか?」

「え、マジ? 撮影してんの?」

 男が笑いながら聞いてくる。

「サンタは撮影しません」

「こんな素っ頓狂なこと、撮影でもしてないとやんねえだろ。じゃなけりゃマジでやべえやつじゃん」

 カップルがきょろきょろと辺りを見渡すが、当然、カメラマンなんて存在しない。

「プレゼント、何がほしいですか?」

 徐々に状況を把握したカップルは、逃げるようにその場を去って行った。

 恐怖をプレゼントしてしまった。

 クリスマスで幸せそうな表情を浮かべていた人物の表情が曇る瞬間を見た。

 正直なところ、爽快感など欠片も無く、ただただ申し訳なかった。

 俺は純粋にサンタとしてプレゼントを渡したかったんだ。

 俺よりも幸せな人たちを、より幸せにしたかった。

 その気持ちに嘘偽りはない。

 でも――ああ――何故だろう。

 あの表情を、もっと見たいと思ってしまった。

 それから俺は片っ端から声をかけまくった。見向きもされない時もある。それでも良かった。少しでも曇った表情を浮かべているのならばそれで良い。白い袋に入っているプレゼントは全く減らない。それでも、俺の心は、満たされていく。

 我ながら最低だと思いながらも、これ以上ないほどの高揚感に満たされていた。

 これほどまでに充実しているクリスマスは無いかもしれない。クリぼっちではない人達よりも満ち溢れているクリスマスを過ごせている気さえする。昼食の時間になりサンタの格好のままファーストフード店に立ち寄り、数多の視線を受けた。チラリと見返すと嘲笑もれば引いている表情もあった。嘲笑は無視して、引いている表情だけを受け取って美味をかみしめていた。

 午後からもサンタとしての活動を再開する。

 俺を見た人たちの、全員の、表情が曇る。

 これ以上ないほど幸せだった――その時だった。 

「最低ですね」

 そういう女性の声が後ろから聞こえた。

 勢いよく振り返ると――そこにはミニスカサンタが居た。

 モデル体型の美女がサンタのコスプレをしている。侮蔑のまなざしを容赦なく向ける彼女は――俺と同じように大きな白い袋を持っており、袋の半分程度に何かが入っているように見えた。

「貴女もサンタを?」

「貴方と同じにしないでください」

 そういう彼女は俺を心底軽蔑している様だった。

「私は純粋にサンタとして、道行く人にプレゼントを配っているんです」

「え、本物のサンタなの? 普段は何しているの?」

「普段は事務をしてますが何か?」

「何でサンタの格好でプレゼントを配っているの?」

「私の分まで、色んな人に幸せを与えたいんです。それで、突如思い立って、この格好をしています」

「俺と同じだね」

「貴方とは真逆です。なぜなら貴方は、街中で異様な行動をしている自身を振りかざし、楽しい雰囲気を台無しにしている。サンタの風上にもおけません」

「…………」

 彼女はどうやら本気でサンタとして活動しているらしい。

 まあ、この外見で露出度が高い格好をしているならだれかしらはプレゼントを受け取るだろう。俺がサンタをしていなかった時に彼女から声をかけられたら舞い上がってしまうかもしれない。

 素晴らしいサンタ根性だった。

 色んな人を幸せにしている――つもりなのだろう。

 それでも、残念ながら、俺は何のダメージも負っていなかった。

「何で笑っているんですか」

「こんなの、笑うしかないじゃないか」

「何を言って――!」

 恐らく彼女も気づいていないのだろう。

 可哀そうだから、言ってあげることにした。

「貴女、口が笑ってますよ」

「……ハァ?」

 ようやくここで笑いが無くなった。

 ああ、もう、駄目だ。

 笑いをこらえられない。

「アハハハハ、良かったね、自分より残念な輩を見付けられて。散々高尚ぶった説教をかましていたけれど、結局のところ、下の人間を見て喜んでしまう低俗な人間なんだね。俺と同じだぁ」

「そ、そんなこと……!」

「言い返しきれないからねぇ!」

 ――誰がどうみても俺の方が低俗なのは間違いない。

 けれども、残念ながら、俺は彼女にとっての弱みを指摘してしまったようだった。

 彼女は涙目になった後――大股でこちらに近づいてくる。

「この街中で一番かわいそうなのが私なんて、許せません」

「でも事実だからしょうがないよねぇ」

「貴方のせいです! 責任をとってください!」

「責任? どうやって?」

 彼女は唐突に白い袋を地面に叩き付け、俺の右手を両手で握ると――こんなことを言いだした。

「私たちよりも残念な人たちを見付けましょう!」

「え、な、は?」

 突然の提案と右手を覆う両手のぬくもりに戸惑うしかなかった。

 俺がうろたえた瞬間を彼女は鼻で笑いつつ、提案を続ける。

「貴方も見付けたいでしょう、自分よりも残念な人を。貴方と――悔しいですが私も――そういう人種です」

「決めつけないで欲しいなぁ」

「貴方がそれを言いますか!」

 鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで彼女は近寄ってくると、彼女はこう宣言した。

「良いですか。私たちよりも残念な人が見つかれば、素直に帰りましょう。それまで私たちは運命共同体です!」

 

 ――と、いう訳で。

 長々と綴ってしまい申し訳なかったのですが――

 これが、俺と、生涯を共にする妻との馴れ初めです。

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